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2012.01.03 (Tue)

初春の客 下


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「おや、あれは何?」
和やかなお茶の時間を過ごしながら、ワッターは部屋の片隅に積まれた紙の束に目を止めた。
「それは今年の目標なんです。」
ワッターにお茶のお代りを注いでいたコトリーナが説明する。
(ちなみにそのコトリーナの胸に手を伸ばしかけた男爵の頭をナオキヴィッチがまた殴っていた。)
「皆で書いてみたんですよ。」
「そんなことをしていたのか。」
ナオキヴィッチが驚いた。
どうやらナオキヴィッチが宮殿へ出かけている間に書かれたものらしい。
「先生も後で書いてね。」
そう言いながら、コトリーナはワッターに紙の束を渡す。
「どれどれ?」
ワッターは一枚目を見た。

『今年こそ身も女になれますように』

「…え?」
顔を上げたワッターは首を動かした。するとモッティと目が合った。
「…そういう人なの?」
ワッターはナオキヴィッチを見る。ナオキヴィッチは黙って頷く。
「ワッター様、どこかいい国をご存じじゃありません?」
モッティに訊ねられワッターは、
「うーん…モロッコかな?」
と苦しそうに答えた。
「モロッコか…。」
渡航費用と手術費用の合計は給料何か月分だろうとブツブツと呟くモッティをよそに、ワッターは二枚目を見た。

『国一番の執事になれますように』

「これはシップくんだね。」
普通の目標であることに安堵しながら、ワッターはシップを見た。
「今年こそ、一番になりますとも!!」
胸を張るシップ。
「そうだね。ナオキヴィッチの家はシゲキスキーも一番で執事学校を卒業しているし、ああ、確かユウキスキーも一番を維持しているんだろ?そうそう、忘れちゃならない、ナオキヴィッチ本人が大学を一番で卒業しているもんな。そっか、君もそれじゃあ一番で卒業したんだろうね。」
ワッターが何気なく口にした途端、シップの顔色が変わった。

「…二番です。」
「え?」
「どうせ僕は二番だ!!シップ・セカンドなんて名前が悪いんだあ!!」
シップは壁に頭をぶつけ始める。
「シップさん、そこは年末に大掃除をしたばかりなのよ!」
コトリーナがなぐさめにもならない言葉をシップにかけると、さらにシップはエスカレートする。
「どうせ、どうせ僕は今年も二番だあ!!」
ゴツン、ゴツンと壁に頭を打ち付けるシップを、コトリーナとモッティが何とかやめさせようとする。

「俺…何か悪いこと言った?」
シップが壁に頭を打ち付ける音に怯えながら、ワッターがナオキヴィッチに訊ねた。
「気にしないでくれ。うちでは日常茶飯事なんだ。」
「日常茶飯事っていっても。」
ワッターは傍のベビーベッドに寝ているジュゲムを見た。
「ばぶう。」
ジュゲムはシップの叫び声に泣きもせず、機嫌よく笑っている。
「本当に日常茶飯事なんだ…。」
ジュゲムをあやしながら、ワッターはなるべくシップの方は見ないようにする。

気を取り直して、ワッターは次の紙をめくった。

『年子歓迎』

「ジュゲムちゃんに続いての赤ちゃんが見たいわ!」
鼻息荒くしているのはノーリー夫人であった。
「指揮者に続いて、そうね…トランペットとか!目指せマーチングバンド!」
「ま、マーチングバンドって一体何人…。」
ワッターは記憶にあるマーチングバンドを確認する。

続いての目標は、

『良妻賢母』
とあった。

「これは誰だかすぐにわかったぞ。」
ワッターはニンマリとコトリーナを見た。コトリーナはポッと頬を染めた。
「んまあ、コトリーナちゃんはもう立派な良妻賢母よ!!」
ノーリー夫人がコトリーナを抱きしめた。
「こんなに可愛くて赤ちゃんも可愛くて。それでもまだ上を目指すなんてどれだけ素晴らしのかしら!」
「…料理の腕を磨いてくれれば、尚よろしい。」
口にしたサンドウィッチに卵の殻が入っていたのか、ジャリジャリという音を立てながらナオキヴィッチが渋い顔をした。

「そういえば、ナオキヴィッチとコトリーナの出会いってまだ聞いてなかったな。」
ナオキヴィッチからの手紙には結婚するとしか書いていなかった。
「先生との出会いですか?」
コトリーナが両手を胸に当てて、うっとりとした表情を浮かべた。
「お花を売っていた私の美しさを先生が見初めて。」
「…ていうか、お前のあまりの訛りに俺は驚いたのが最初だろうが。」
「私があまりに美しいから、それじゃあお花は売れないだろうって先生が。」
「へえ、ナオキヴィッチもやるもんだ。」
「…その訛りじゃ何を言っているか伝わらないからと言ったはずだが。」
「だから家に来て一緒に暮らそうって先生が言ってくれたんです。」
「…だったら治してくれってお前が家に押しかけてきたんだろうが。」
「すごいな、ナオキヴィッチ!お前がそんな積極的だなんて知らなかったよ!」
ワッターがナオキヴィッチの背中をバンバンと叩いた。
「一緒に暮らすうちに、私なしではもう生きていられないって言われたんです。」
「…お前の野生ぶりに腰を抜かして、俺は生きた心地がしなかった。」
「すごいなあ。ドラマチックだったんだね。」
和気藹々としているコトリーナとワッターの傍で、小声でナオキヴィッチは突っ込みを入れているのだが、二人に聞こえてはいなかった。

「新年早々、奥様のポジティブシンキングに磨きがかかっていますね。」
「というか、あの出会いをあれだけ美化できるコトリーナの想像力に僕は驚いている。」
「お母様になられても、あの性格は治らないんですわねえ。」
シップ、男爵、モッティは楽しくしゃべっているコトリーナたちを眺めていた。

「もう一枚あった。」
最後の紙をワッターが広げた。

『コトリーナと一夜のアバンチュールを過ごせるように』

「…え?」
目が点になったワッターから、ナオキヴィッチは素早く紙を奪った。
そしてそれをすぐに暖炉に放り込む。
パチパチと音を立てて、紙はあっという間に燃え尽きた。

「ちょっと!!ひどいじゃないか!!」
男爵が抗議の声を上げた。
「ふざけたことを書くからです!」
「だってコトリーナの胸を見ろよ!今がチャンスじゃないか!」
そして男爵はコトリーナの肩に手を置くと、
「こんな乱暴な亭主に愛想を尽かしたら、すぐに僕の所へおいで。」
と優しく声をかける。
その手をパーンと勢いよく、ナオキヴィッチが払いのけた。



「オギャア!!オギャア!!」
それまでおとなしくしていたジュゲムが、突然火が付いたように泣き始めた。
「ほうら、馬鹿なことを言うから。」
ナオキヴィッチが冷たい目を男爵へ向けた。
「先生、ジュゲムちゃんはおねむかもしれないわ。」
コトリーナがジュゲムをベッドから抱き上げた。
「どれ、俺が寝かせてこよう。」
ナオキヴィッチがジュゲムを抱き取る。
そして足りなくなったサンドウィッチを作るため、ノーリー夫人とモッティがキッチンへと向かった。
シップはナオキヴィッチに命じられ、男爵を居間から引っ張って行った。

居間に残されたのは、コトリーナとワッターの二人だけとなった。


「…ワッター様。」
コトリーナがワッターに話しかけた。
「ん?どうかした?」
眼鏡の奥からワッターが優しいまなざしをコトリーナに向ける。
「私、全然良妻になんてなれそうもないんです。」
先程までのテンションの高さはどこかへ消えたかのように、コトリーナはしょんぼりしてしまっていた。
「何で?そんなことないよ。」
「いいえ。」
コトリーナは首を横に振る。

「だって、先生のことが心配でたまらないんですもの。」
「心配?」
「今日だって、先生はとても素敵だったわ。」
「ああ、確かに。」
ワッターはナオキヴィッチの正装姿を思い出した。
男でも惚れ惚れとしてしまうくらいである。

「あんなに素敵だったら、きっと女性は放っておかないでしょう?」
「うーん、そうかも。」
大学時代もナオキヴィッチが歩くと女性は皆振り返っていた。あの時よりも男ぶりが上がっているとワッターは思う。
「でしょう?私、それが心配で。でもこんなヤキモチを焼くのって良妻じゃありませんよね?」
コトリーナは真面目な顔でワッターに訊ねる。
ワッターは噴出しそうになるのを堪えた。
「もし先生にすごい美人が近寄ってきたら、私のことなんて忘れてしまうんじゃないかって不安なんです。おかしいですよね。もう母親になったのにこんなことを考えているなんて大人気ないでしょう?」
「そんなことないよ、コトリーナ。」
ワッターは懐から何かを取り出した。
「これ、特別に見せてあげるよ。」
「何でしょう?」
「ナオキヴィッチからの手紙。」
「え!それは読んだらまずいんじゃ…。」
コトリーナは手紙をワッターへ返そうとする。その手をワッターが押しとどめた。
「大丈夫。俺がいいって言ってるんだし、それにナオキヴィッチにばれても怒りはしないさ。」
「でも…。」
「大丈夫だって、読んでごらん。」
コトリーナは少し迷った末に、手紙を開いた。


「分かった?」
コトリーナが手紙を読み終えた時、ワッターが笑いかけた。
「…はい。」
コトリーナの表情に不安の色はもうなかった。頬がピンク色に輝いている。
「この家、すごく賑やかだよね。」
ワッターは手紙を受け取りながら、部屋を見回した。
「俺が最後に訪れた時と何一つ変わっていないんだけど、空気が全然違うよ。」
コトリーナも一緒に部屋を見回した。
「…だんご虫と仲良くしていたナオキヴィッチを知る身としてはね。」
「まあ、ワッター様もご存じなんですね。」
ナオキヴィッチとダンゴ虫の関係を知っているということは、本当にワッターは良き友人に違いない。

「モッティやシップ、何よりあんな可愛い赤ちゃんまで増えて。それも全部コトリーナのおかげだろうね。」
「そんなことありません!」
コトリーナは手を振って否定した。
「あるよ。コトリーナがナオキヴィッチの世界を広げたんだ。」
ワッターは力強く言った。
「そんなコトリーナが良妻じゃないなんてありえないだろう?」
「ワッター様。」
「それにジュゲムちゃんはあんなにすくすくと育っている。コトリーナは良妻賢母だよ。もっと自信持って。」
「…ありがとうございます。」
コトリーナは晴れ晴れとした笑顔をワッターへ向けたのだった。



「…そして源氏の君はとうとう藤壺に思いを遂げてしまったのである。」
ナオキヴィッチの静かな声がそこで止まった。
「え!今日はそこで終わり?」
「そう。」
ナオキヴィッチは本を閉じた。
「そんなあ、これからどうなるってところだったのに!」
コトリーナはぷうっと頬を膨らませたが、すぐに母親の顔に戻りジュゲムの寝顔をのぞきこんだ。
「ジュゲムちゃん、とってもよく寝ているわ。」
ベビーベッドに寝ているジュゲムに布団をコトリーナはかけ直して笑った。
「先生の声はやっぱりどんな子守歌もかなわないわね。」
コトリーナはそう言いながら、ナオキヴィッチの隣に潜り込んだ。
「でも源氏物語って長いのね。」
「まあな。」
最近、ナオキヴィッチがコトリーナとジュゲムに読み聞かせているのは『源氏物語』だった。
「源氏の君と藤壺はどうなるのかしら?心配だわ。」
「さあな。」
続きを知っているナオキヴィッチは笑っているだけである。

「ねえ、先生。」
「何?」
「今年はもっとお料理上手になるわね。先生のお仕事がはかどるように頑張る。」
張り切るコトリーナの頬に、ナオキヴィッチはキスを落とした。
「…あんまり頑張りすぎないようにな。」
「はあい。」
コトリーナもナオキヴィッチにお返しのキスを落とした。
その枕元には、ナオキヴィッチの今年の目標が置かれていた。
「先生、目標見せて?」
「だあめ。これは内緒。」
「んもう!」
そこにはこう書かれている。

『もっとコトリーナが自分を愛してくれますように』



「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
ナオキヴィッチの腕に頭を預けコトリーナは、ワッターに読ませてもらった手紙を思い出していた。



『…コトリーナという名前のせいか分からないが、とにかく小鳥のようにピーチクパーチクと賑やかだ。だけど俺はその賑やかさは嫌いじゃない。むしろ今ではそれがないと耐えられなくなってしまったようだ。

信じられないと思うだろうが、俺はコトリーナに膝をついて結婚を申し込んだ。それくらいコトリーナを俺は必要としている。

コトリーナと一緒にいると勉強だの家柄だのといったことにこだわることはバカバカしくなるくらいだ。こんなに人の心を明るくさせる人間は他にはいないに違いない。

帰国したあかつきには、ぜひ賑やかになった我が家に遊びに来てくれ。俺とコトリーナが築いている居心地最高な家庭を見てほしい。』





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*Comment

★明けましておめでとうございます

新しい年にナオキヴィッチとコトリーナとジュゲムちゃんの幸せなお話を読めてこちらまで幸せな気持ちになったです(*^o^*) 賑やか過ぎるのが玉にきず?だけど(笑)寂しい幼少時代を過ごしてきたナオキヴィッチが自分の家族と心から楽しく過ごせる幸せを手に入れられて本当に良かった♪ 私ったらおバカさんなので つい最近になってやっとシップが船津君だと気付いたんですよ(-.-;)成績が常に2番とか船だからシップとかすごく分かりやすいヒントがあるのに本当に気付かなかったです… こんなド鈍な私ですが今年よろしくでございます(笑)今年も一生懸命水玉さんとイリコトを応援しますわ\(^-^)/
あやみくママ |  2012.01.04(Wed) 09:02 |  URL |  【コメント編集】

★☆明けましておめでとうございます☆

ジュゲムちゃん何かこの名前可愛く感じてきました。

皆に可愛がられて幸せ赤ちゃんですよね!

今年も沢山の水玉さんの新作、続編、番外編のイリコト楽しみにしています。





kobuta |  2012.01.05(Thu) 23:49 |  URL |  【コメント編集】

★力強い愛

    こんにちは
 賑やかなお屋敷・・・いつもの懲りてない おバカなお方も居て・・・ナオキヴィッチに かまって欲しくてあえて やってたりしてぇ・・・

 最後のお手紙・・・素敵です 短冊も含めて ナオキヴィッチの力強い愛ですねぇ。 ほんとにナオキヴィッチはコトリーナと知り合って変わったもんねぇ。
吉キチ |  2012.01.13(Fri) 19:58 |  URL |  【コメント編集】

★水玉さんへ

水玉さんのお話も水玉さんも大好きだから 早く元気になって戻って来て下さいね!! それまで今までのお話を読んでずっと待ってますから! \(^ー^)/ 水玉さん 元気出してね~ 愛してるよ~♪
あやみくママ |  2012.01.24(Tue) 08:24 |  URL |  【コメント編集】

水玉さんがどんな事を言われてどんなに辛い想いをしたのか私にはわからないけど…水玉さんが少でも元気になってくれるなら毎日でも大好きって伝えにくるわ私っっ!!←ストーカーではないですよ(┳◇┳)
あやみくママ |  2012.01.25(Wed) 16:59 |  URL |  【コメント編集】

★こんばんは

寒いですけどお身体大丈夫ですか?今日も過去に書かれたお話読んでます!元気出して下さいね~♪ずっと待ってますから(*^o^*)
あやみくママ |  2012.01.29(Sun) 19:49 |  URL |  【コメント編集】

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