日々草子 初春の客 上

2012.01.03 (Tue)

初春の客 上

あけましておめでとうございます。
年末に『一輪の花』を書き上げて、ホッとしておりました。
コメント等、本当にありがとうございました。
楽しんでいただけたようで、とてもうれしかったです。

今年も相変わらず変てこな話ばかり書いているかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。





【More】






「奥様のお好きな桃缶とあんぱんはこちらに。」
モッティが桃缶とあんぱんをテーブルに並べた。
「もちろん、あんぱんはつぶあんでOKと。」
「モッティさん、サンドウィッチはここでいいでしょうか?」
シップが大皿を抱えてフラフラとしている。
「ええ、そちらに。ちゃんと旦那様のお嫌いなキュウリは抜いておきましたから。」
シップが大皿をテーブルに置くと、モッティは頷く。

「これで準備はできましたね。後は旦那様のお戻りを待つのみ。」
「旦那様はもう宮殿を出られたころでしょうか?」
シップが懐中時計を確認する。
「大変ですよね、新年早々宮殿へお出ましなんて。」
「仕方ないわ。うちの旦那様はこの国一番の大貴族でいらっしゃるんですもの。」
この家の当主であるナオキヴィッチ・イーリエはこの国の公爵である。
何でも新年早々に、宮殿で女王に拝謁しなければいけないのだという。

「モッティさん、奥様は?」
「ジュゲムちゃんのお腹が空いたらしくて二階に。ノーリー夫人も一緒です。」
モッティは上を指さした。
「本当は旦那様とご一緒に宮殿で女王陛下に拝謁されるはずでしたけどね。」
ナオキヴィッチの愛妻コトリーナは一か月と少し前に出産したばかりだった。
コトリーナは宮殿へ行ってみたかったのだが、ナオキヴィッチが産後の体を心配してうんと言わなかったのである。

そんな会話を交わしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「旦那様でしょうか?」
いそいそと玄関に二人は向かった。
「ハッピーニューイヤー!!」
立っていたのはガッキー・ウェスト男爵だった。
「ナオキヴィッチは?」
勝手知ったる何とやらで、男爵は家の中へ上り込む。
「まだ宮殿からお戻りではありませんの。」
「あ、そうなんだ。あいつくそまじめだからなあ、婆さんの話し相手を延々としているんじゃないの?」
「婆さんって…。」
仮にも女王を「婆さん」と呼んでいいのか。
「ところで男爵様も宮殿にいらしたのでは?」
一応、この人も貴族だったことをモッティとシップは思い出した。
「え?僕が?行くわけないじゃん!」
ケタケタと男爵は笑った。
「だって女王の孫はまだ小さいんだもん。さすがに僕もそこまで手を出せないよ。」
「いえ、手を出すとかじゃなくて。」
普通に貴族として拝謁する気はないのかと突っ込みたい気持ちをモッティとシップは堪えた。

「そうか、コトリーナは授乳中か。」
そこを覗いてみたいと相変わらずふざけたことを言う男爵。
「だってさ、今のコトリーナの胸はCカップだよ?一度くらいは…。」
その時、鈍い音が居間に響いた。

「旦那様!!」
「…あなたは今年もその路線ですか。」
正装のナオキヴィッチが、スリッパを象った石膏のついたステッキを片手に男爵を睨んでいた。
「お前、今年こそ口より先に手が出る性格を治せ!」
男爵は頭を摩る。
「だったら手を出されないようにすればいいでしょう。」
「冗談の分からないやつ。」
後ろを向いたナオキヴィッチに舌を出す男爵。

そこにまた、玄関の呼び鈴が聞こえた。

「あら?どなたかしらね?」
モッティが首を傾げる。来客の予定は特にないはずである。
だから家族だけで和やかな新年の宴を催すつもりだった…邪魔者が一人いるが。

シップが玄関のドアを開けた。
「こんにちは。」
そこに立っていたのは、「好青年」という呼び方が見事に似合っている、ナオキヴィッチと同じくらいの年齢の男性だった。
フロックコートに帽子という出で立ちの眼鏡をかけたその男性は、シップに笑いかけた。
「イーリエ公はご在宅でしょうか?」
「どちら様でいらっしゃいますか?」
「失礼しました。僕はワッター・ナベールといいます。」
「ナベール様?」
聞き覚えのない名前を不思議がるシップの後ろから、
「まあ、ワッター様じゃございませんか!」
というノーリー夫人の声が聞こえた。

「ノーリー夫人!」
ワッターの顔が輝いた。
「すっかりご無沙汰しております。」
「まあまあ、お久しぶりでございますこと!」
二人は手を取り合って喜んでいる。
「さあ、中へどうぞ!ナオキヴィッチ様も大喜びされますわ!」



「ワッター!!」
「ナオキヴィッチ、久しぶり!!」
居間に通されたワッターを見ると、ナオキヴィッチが駆け寄った。
「すまない、君の結婚式に出られなくて。」
「仕方ないさ。外国を回っていたんだから。」

そこへジュゲムを抱いたコトリーナが戻ってきた。
「もしかして、こちらが?」
ワッターの顔に笑みが広がった。
「ああ、妻のコトリーナだ。コトリーナ、こちらはワッター・ナベール。俺のパブリックスクールからの友人だ。」
「まあ、先生の?」
コトリーナの顔もほころんだ。
「はじめまして、コトリーナです。」
「はじめまして、ワッター・ナベールです。父について外国を回っていたのでご挨拶が遅れました。」
ワッターは礼儀正しくコトリーナにあいさつをした。


「ワッターは弁護士なんだ。」
ナオキヴィッチが紹介を続けていた。
「ここ数年は父上のナベール伯爵と共に外国を回っていたんだ。」
「外国の法律とこの国の法律を比べることができて、いい勉強になったよ。」
ナオキヴィッチとワッターは話に花を咲かせている。

「名前はちょっと変わっておいでですね。」
シップが呟くと、
「そうそう、ワッターってちょっとどころか、かなり変わっているよね。」
と、男爵が話に乗った。
「…シップ・セカンドとガッキー・ウェストなんていう名前の人間には言われたくないでしょうねえ。」
シップと男爵に聞こえないよう、モッティがボソッと呟いた。


「男爵、お久しぶりです!」
ワッターが男爵の傍に寄ってきた。
「やあ、ワッターも変わらないね。」
男爵とワッターはにこやかに握手を交わす。
「お知り合いなのですか?」
モッティが二人に訊ねた。
「だって、僕はこの二人の先輩だから。」
「あ、そっか。」
そういえば、この男爵もパブリックスクールを出ていたのだ。そして驚くことに三人とも同じ大学を卒業していることをモッティとシップは知った。
一体、どこで男爵の人生は狂ってしまったのだろうか。

「ずいぶん賑やかな家になったんだね。」
モッティとシップにもワッターは笑いかけた。
「執事のシップに、メイドのモッティだ。」
ナオキヴィッチが二人のことも紹介してくれた。
「よろしく、シップとモッティ。」
ワッターの爽やかな笑顔に、シップとモッティはすっかり魅了されてしまった。

「旦那様にこんな常識的なご友人がおいでだったとは。」
「こんな爽やかな方とご友人なのに、どうして…。」
モッティとシップは男爵をチラリと見ずにいられない。

「先生、ジュゲムちゃんのことも紹介して。」
コトリーナの言葉に、ナオキヴィッチが頷いた。
「ワッター、一番新しいうちの家族だ。」
「うわあ!!」
ワッターはジュゲムを見るなり歓声を上げた。
「可愛いなあ!」
「よかったら抱いてあげてくださいませ。」
「いいのかい?」
コトリーナからワッターはジュゲムを抱き取った。

「壊れそうだな。」
そう言いながらも、ワッターは上手にジュゲムを抱いている。
「ジュゲムちゃんはナオキヴィッチ様が取り上げられたんですのよ。」
お茶を運んできたノーリー夫人がワッターに教えた。
「取り上げた!?」
「ええ。」
「ナオキヴィッチ、お前ってやつは!できないことはないと思っていたけれど赤ちゃんまで取り上げるなんて!」
ワッターの言葉に、ナオキヴィッチは笑っているだけである。
「ジュゲムちゃんはママ似だね。」
ジュゲムの顔を覗きこみながら、ワッターがコトリーナに言った。
「そうでしょう!お目目ぱっちりなところがコトリーナちゃんそっくりなんです!」
ジュゲムがコトリーナに似ていると言われると、ノーリー夫人は大喜びするのである。


ナオキヴィッチやコトリーナと楽しそうに話すワッターを見ながら、モッティとシップはボソボソと話す。
「本当に素晴らしい方だわ。奥様の期間限定Cカップを見ても何とも思わないんですもの。」
「どこかの誰かさんとは全然違いますね。」
モッティとシップは首を動かした。
「こうやって指を器用に動かしたら、コトリーナの胸にタッチできる気がするんだけどなあ。」
人差し指を「えい、えい」と動かしている男爵を見て、モッティたちは「はあ…」と大きなため息をついた。


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