日々草子 一輪の花 25(最終話)

一輪の花 25(最終話)





そして、直樹が琴子の全てをはっきりと見られるようになったのは、それから一か月後のことだった。

「…往生際の悪い奴。」
「だって…恥ずかしいんだもの!」
両手で顔を覆いかくそうとする琴子。
直樹はその手を両手で広げ、しっかりとベッドの上に押さえつけた。

「ちょっと!」
顔どころか体まで直樹の目にさらされてしまうことになった琴子は、顔を真っ赤にしている。
直樹の目にもそれはしっかりと見えている。

「お願い…。」
「だめ。」
目を潤ませて懇願する妻の唇を直樹は奪った。

「大体、今更恥ずかしがるのはおかしくないか?」
「だって…。」
直樹に体を押さえつけられている琴子は、顎を動かした。その視線の先を直樹は辿る。
「お前の胸はもう、隅々まで分かってる。」
「でも大きさは詳しく知らないでしょう?」
自分の胸の小ささも気になるが、貧相な体を目にして直樹に愛想を尽かされないか琴子は心配でたまらない。
あの時はいつか全てを見てほしいと思ったが、そうできるようになった今はやはり恥ずかしかった。

「観念しろよ。」
直樹はその小さな胸に口をつけた。
琴子の体に言いようもない感覚が走る。

「…お前の体はもう俺の手垢でまみれているんだから。」
「手垢って!」
もっときれいな言い方をしてほしいと思った琴子の耳に、あの時と同じように直樹が囁いた。
「やっぱり思った通りだ。」
「え?」
「真珠みたいに輝いているよ、お前の体。」
そして直樹はもう一度琴子にキスをすると、言った。
「身も心も全て俺のものだからな。」
それを聞いた瞬間、琴子の中から不安が消え去った。
「…直樹さんのも。」
「ん?」
「直樹さんの身も心も、全部私のものよ?」
「…ああ。」
そして二人はしっかりと体を重ね合わせた――。



「またドレスを作られるんですね。」
女主人がニッコリと琴子に笑いかける。
「こちらのデザインはいかがでしょう?」
デザインを決めあぐねていた琴子の前に、女主人は一枚のデザイン画を出してきた。
「まあ、なんて素敵なんでしょう!」
一緒にいる紀子が歓声を上げた。
「本当、とっても素敵。」
琴子も目を奪われる。
「きっと琴子ちゃんにとっても似合うわ。このウェディングドレス!」
紀子が叫んだ。

直樹の目が完治し、二人は結婚式を挙げることになったのである。
琴子のウェディングドレスを選ぶため、紀子と共に洋裁店を訪れていた。
女主人が示したデザインは、あのイブニングドレスと似ているデザインだった。
あまり肌を露出もせず、極めてシンプルなデザインだった。
派手な物は遠慮したいと思っていた琴子は一目で気に入り、それを選んだ。



その後、琴子は直樹とホテルでお茶を飲んでいた。
「たまには二人でゆっくりしていらっしゃい。」
仕事に復帰した直樹は忙しい日々を過ごしている。紀子が気を利かせて直樹を呼んでくれたのだった。

二人が結婚式の話など楽しくしていた時だった。
「直樹さん?」
目の前の直樹の顔色が変わったことに琴子は気が付いた。
「…目が治ったという噂は本当だったんだな。」
その声に、琴子は振り返った。

そこには大泉子爵が立っていた。しかも恐ろしい形相で。
父親の力で大事にならなかいという直樹の予想は当たったらしい。
伯爵の目が光っているので、華族社会の間でもこの件については触れられていないという噂を直樹は耳にしている。

子爵は琴子に目をやった。
その眼光に琴子は怯える。それに気がついた直樹が琴子と子爵の間に体を割り込ませた。

「琴子。」
直樹は琴子を立たせると、
「紹介します。俺の妻の琴子です。」
と、堂々と子爵に紹介した。
「結婚したってわけか。」
子爵の言葉に、
「ええ。」
と直樹は答える。
「フン。」
子爵は直樹の後ろにいる琴子をもう一度見た。
「入江財閥も愚かな真似をしたものだ。どこの馬の骨か分からない血を入れるなんて!」
あまりの言われ様に琴子は顔を伏せた。
その時、直樹が言い放った。
「犯罪者の血を入れるよりましでしょう。」
「何だと!」
「あなたのような犯罪者の血を引いた人間を家に入れずに済んでよかったと、申し上げています。」
「お前は…!」
ブルブルと震える子爵とは対照的に、直樹は平然としている。

「直樹さん…。」
心配する琴子に、
「お前は黙ってろ。」
と、直樹は言った。

「そんな家柄も財産もない女と結婚して、周囲から非難されるがいい。」
それでも、子爵はまだ琴子を傷つけることをやめなかった。
「だったら、家柄と財産のある女を迎えましょうか?」
「あ?」
直樹の言葉に子爵だけではなく、琴子も驚いた。
「何だ?うちの娘がやっぱりいいのか?土下座するなら考え直しても…。」
得意気な子爵に、直樹は続けた。
「ええ、妾でもよければ。」
「何だと!」
直樹の口元は笑っているが、目は全く笑っていなかった。

「何を怒っておいでなのですか?妻の他に妾を囲うことはこの世界では当然だと言ったのはあなたでしょう?」
以前琴子を妾として囲えばいいと提案したことを、直樹は今も忘れていなかった。
「伯爵家の娘を妾にするだと?貴様、ふざけるのも大概にしろっ!!」
「安心して下さい、俺にはそのつもりはありませんから。」
今にも自分に掴みかかろうとしている子爵を直樹は冷たく見据えた。

「俺の妻は琴子だけです。琴子以外に女なんて必要ない。」

きっぱりとした直樹に、子爵は何も言い返せなかった。
「いつか絶対後悔するからな!この世界にいられなくなっても知らないからな!」
子爵は何とかそう言い残し、去って行った。

「直樹さん…。」
黙って二人を見ていた琴子が、直樹の腕を掴んだ。
「心配するな。負け犬の遠吠えってやつだ。」
直樹は琴子を安心させるように、その肩に手を回す。
「私は平気。でも直樹さんが私のために…。」
「あんな奴に何もできやしない。それに何があっても俺が絶対にお前を守るから。」
その言葉に琴子の気持ちも落ち着いてきた。
直樹がそう言うのなら大丈夫な気がする。二人一緒にいれば何でも越えることができる気がする。
琴子は直樹の腰に両手を回すと、直樹も琴子の背中に手を回したのだった。



二人の結婚式は思い出の場所で行われることになっていた。
それは、あの別荘の近くの教会だった。
琴子が別荘を見つける目印にしていたあの教会である。
そこで家族だけの式が厳かに執り行われた。

神父の前で向かい合った時、琴子が直樹にブーケを向けた。
ブーケの中央に、薄紅色の花を直樹は見つけた。
それは直樹が炎の中から探し出した、琴子が作った紙細工の花だった。
直樹が琴子を見ると、茶目っけたっぷりに琴子は笑いかけている。
「まいった…。」
神父に聞こえぬよう直樹は呟いた。が、言葉とは裏腹に心は喜びにあふれていた。
自分の気持ちを大事にしてくれた琴子がますます愛おしく感じられた。

重樹と紀子、裕樹が見守る中、直樹と琴子は永遠の愛を誓い合った。



二人が教会を出た時だった。
「まあ!」
気付いた琴子が声を上げた。
そこには別荘の馬の飼育を任されている吾作が、直樹の愛馬を連れて待っていたのである。
「俺が頼んでおいたんだ。」
直樹がヒラリと馬にまたがった。
そして琴子に手を差し伸べる。琴子はその手を取った――。



「ねえ?」
直樹の前に座っている琴子が直樹を仰ぎ見る。
「何?」
琴子の体が落ちないよう、しっかりと支えながら直樹は琴子を見た。
「このドレスって直樹さんがデザインしたって本当?」
直樹は思わず手綱を離しそうになった。

「…誰から聞いた?」
それは肯定したも同様だった。
「裕樹くん。」
「裕樹が?」
「直樹さんの部屋に入った時に、本の下に置いてあったデザイン画が目に入ったんですって。仕事の書類の一つかと思ったらしいんだけど、今日のこのドレスを見て分かったって。」
琴子は純白のドレスを見ながら話した。
「迂闊だったな。」
もっと隠しておくべきだったと直樹は思ったがもう遅い。
女主人は今回も秘密を守ってくれたが、思わぬところから明らかになってしまった。
「ありがとう。」
琴子は直樹の胸に頭を預けた。
「パーティーの時のドレスもデザインしてくれたんでしょう?」
デザイン画の雰囲気も同じだったことから、琴子は両方とも直樹の作品であることが分かったのだった。
「まるでお姫様になったみたい。すごく幸せ。」
「お気に召したのなら何より。」
馬に揺られながら、琴子は直樹に笑顔を向けた。
自分ほど愛されている花嫁は他にいるだろうか。それを考えるだけで琴子は幸福に包まれる。

一目でそれと分かる花婿と花嫁には、自然と視線が集まって来た。
道行く人が皆、馬に揺られている二人を見つめている。

「うふふ。」
ブーケを口元へ運び、琴子は笑った。
「みんな、直樹さんに見とれているのね。」
フロックコートに身を包み、見事な手綱さばきを見せる直樹に見とれない女性はいないだろう。
そんな立派な男性が自分を愛している、そして自分も愛していることを琴子は誇りに思う。

「お前はとことん馬鹿だな。」
「なっ!」
せっかく褒めたというのに、なぜ馬鹿呼ばわりをされなければいけないのか。
琴子は直樹を見た。
「結婚式の主役は花嫁に決まっているだろうが。」
直樹は琴子に笑いかけた。
「誰も俺なんて見てねえよ。耳をすませてみろ。」
言われた通り、琴子は耳をすませる。

「綺麗な花嫁さん。」
「ドレスが似合ってとても素敵。」
女性たちが褒めているのは自分のことだったのである。

「そんな…だって私なんて…。」
「もっと自信持てよ。」
直樹は馬を止め、琴子を見つめ、言った。
「俺の花嫁ほど見た目も心も美しい人間はいない。」
琴子の目にまた涙が浮かぶ。

「せっかく見てくれているんだから、サービスするか。」
琴子の涙を手袋をはめた手で拭いながら、直樹が耳元で囁いた。
「サービス?」
きょとんとしている琴子に、直樹がキスをする。
途端に歓声が湧きあがり、やがて拍手が沸き起こった。


別荘に到着し、先に直樹が馬から下りた。
そして琴子を下ろし、その体を抱える。
「愛しているよ、琴子。」
直樹は琴子の頬に優しく唇をつけた。
「こんなに幸せすぎて怖いくらい。」
「幸せすぎて?」
直樹は笑った。
「まだまだ足りないくらいだ。これからもっと幸せにしてやるよ。世界中の幸せを全て集めて琴子に注いでやるからな。」

もう既に世界中の幸福を浴びているかのように笑いながら、二人は別荘の中へと入って行ったのだった。

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水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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