日々草子 臆病な後輩 4

臆病な後輩 4






色々あった一日だった。
もう何が起きても驚くことはない。
僕はそう思いながら、ロビーで新聞を広げていた。

あれ?
見慣れた長い髪が今そこを横切ったような…。

「琴子ちゃん!」
「西垣先生!」
やっぱりそうだ。
琴子ちゃんだった。

「何、もう今日の勤務は終わり?」
「はい。」
琴子ちゃんはしっかりと手提げの紙袋を抱えていた。
「入江に届け物?」
「そうなんです。あたしってドジだから大事な物を間違えて入れてしまって。」

チェッ、何だよ、あいつ。
出張の準備くらい自分でしろっていうの。
琴子ちゃんに何から何までしてもらってるのかよ。
しかも、このホテルにわざわざ届けさせるって、一体何を忘れたんだ?
まさか今度は、ロケットを突き通すメスとか言わないだろうな?

「急いでますから、これで。」
「ああ、ごめんね。呼び止めちゃって。」
琴子ちゃんがエレベーターに飛び乗るのを、僕は眺めていた。

よかった。
琴子ちゃんは僕を無視しなかった…ホッ。



************



ピンポーン。

チャイムの音を合図に、俺は覗き窓から廊下を見た。

「入江くん!」
「いいから入れ。」
俺は琴子を部屋の中に入れた。

「ごめんね、入江くん!あたしとしたことがお義父さんのものと間違えるなんて!!」
手提げの紙袋を抱えたまま、琴子は涙目になりながら何度も謝る。
「分かったから、それを寄こせ。」
「あ、うん。」
琴子はやっと紙袋を俺に渡した。
俺は中身を確認する。

「あたしとしたことが…あたしとしたことが…。」
「わかったから、あっち。」
俺は顎でバスルームを示した。
琴子は何も言わずに、中に入った。



「…大事な手術の前にはそれが必要だって分かってたのに。」
ベッドの中から、けだるそうな声を出す琴子。
「これじゃないと力を出し切れないんだよ。」
「そっかあ。」
そして琴子はフフフと笑った。

俺はカーテンを開ける。

「いやん。」
琴子はシーツの中に頭まですっぽりもぐった。
「…見られちゃう。」
「何を馬鹿な。」
ここはホテルの最上階、しかも26階だぞ?
前には同じ高さのビルもないし、一体誰に見られるっていうんだか。

窓の向こうには東京スカイツリーが見える。
俺はその景色に満足を覚えながら、水を喉に流し込んだ。



************



ああ…入江くんって、どうしてか知らないけど、一段落した後はああやってカーテンを全開にして窓辺に立つのよね。
文字通りの仁王立ち。
そりゃあ入江くんはどんな格好でもかっこいいわ。

…それが白いブリーフ一丁の姿でもね。

でもどうして手術前は必ず白いブリーフなんだろ?
ゲン担ぎかなあとも思うんだけど、理由を聞けない。
というか聞かない方がいい気がして。

さっきも言ってたけど、白いブリーフじゃないと全力を尽くせないんだって。
でもそんな風に、いつもどんな時も患者さんに全力を尽くす入江くんって大好き。

それなのに、あたしときたら間違えてお義父さんのハデハデなトランクスを間違えて荷物に入れちゃったんだ。
あーあ、奥さん失格だなあ。

それなのに、こうやって優しくしてくれる入江くん。
ダメ奥さんのあたしを大事にしてくれる入江くんが大好き。

白ブリーフ一丁で、腰に手を当てて窓から景色を眺める入江くん…。
これがあたしの旦那様なんて信じられないなあ。



そんなことを考えていたら、シーツがめくられた。
気がついたら、入江くんが隣に入っていた。

手術前なのに、そんなに体力使っていいのって思うんだけど。
これもきっと聞かない方がいいんだよね?

でもいつもは入江くん、汗一つかかないんだけど。
さっきはちょっと汗が浮かんでいた。
そんな入江くんに胸がキュンとなった、あたしだったりする…。



************



いよいよ手術当日となった。

「おはようございます。」
朝食を取るためにレストランに入ろうとしたら、そこの入り口でばったりと自称臆病な後輩に出くわした。

「おはよう。」
だが、僕が入ろうとしても、奴はそうしない。
何だよ、また僕を先に店に入れて危険がないか確認するってか?
ああ、勝手にどうぞ。
もうお前の変な行動にはすっかり慣れたよ。

「俺はルームサービスで済ませました。」
「ルームサービス?」
「ええ。琴子が一緒だったから。」

ちょっと待て。
お前、あのまんま琴子ちゃんと一夜を?

いや、それは別に構わないさ。
夫婦なんだからな。

でもさ、手術の前にそんな体力を使ったらまずいんじゃないの?
どうせお前の事だ。
朝まで琴子ちゃんを寝かせなかったんだろうし。
だから今ここに、琴子ちゃんがいないわけだろ?

と、僕は思いの丈を(心の中で)ぶちまけた。

すると入江は、僕の考えていることを見通したかのような、あの侮蔑の笑みを浮かべた。

「…何だよ?」
さすがにムカッとなる。

「大事な仕事の前に女を抱く。これは常識でしょう?」

「はあ!?」

何が常識!?
それが常識!?
お前の常識、明らかにどこかおかしいっての!!

「西垣先生はそうしないんですか?」
「しねえよ!!」

いや、する時も…あるよ?
でもさ、自宅じゃない場所に寝泊まりして手術に臨むとなると、やっぱり気は遣う。
これが普通じゃないのか?

ああ、そうか、そうだった。
こいつに常識は通用しないんだった。

だめだ、手術前にもう疲れを感じ始めた。
こいつ、これを自慢するためにここに陣取っていたに違いない。
くそっ、本当にいけすかない野郎だ!!



「ところでさ、入江。」
「何ですか?」
「琴子ちゃんに昨日会ったんだけど、お前に忘れ物を届けないといけないって、すげえ慌てていたけど?何を忘れたのさ?」
僕がこの質問を出したら、入江の眉間に皺が何本も刻まれた。

「…西垣先生に関係ないことです。」
「あ、そ。」

はいはい。
どうせくだらない代物なんだろ?
全くそんな代物のために、こき使われている琴子ちゃんが可哀想だよ。
しかもこんなホテルにまで呼びつけられてさ。






ゴルゴ13の習性

1.常に下着は白いブリーフ
2.任務の前には必ず女性(ほとんどは娼婦)と…♪
3.上記2の場合、よほど夢中になった時以外、汗をかくことはない
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水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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