日々草子 一輪の花 22

一輪の花 22

21話と22話、時間をあまり開けないで更新したので、21話ではコメント欄を省略させていただきました~。







「…驚いただろ?」
クスッと笑いながら、直樹は琴子へ話しかける。
「火事のせいで?」
直樹の前に座って琴子が訊ねると、直樹は頷いた。

「火事は今から三か月前に起きたんだ。」
「三か月前って…。」
それは直樹が沙穂子と結婚式を挙げた頃ではないかと、琴子は驚く。
「そうだよ。結婚式の夜に起きたんだ。」
直樹はゆっくりと話し始めた――。



あの晩――。
直樹が、沙穂子の体に覆いかぶさろうとした時だった。
「火事だ!!」
執事の声に、直樹は起き上がった。
そして脱いだばかりのパジャマを羽織ると、廊下に出た。

入江家の屋敷はコの字型に建てられている。
廊下の窓から見える反対側の窓に炎が見えた。

「逃げろ!!」
直樹は寝室に戻り、沙穂子へ叫んだ。沙穂子もすぐに寝間着に着替える。
「直樹さんは?」
「俺は皆を避難させなければ!」
「でしたら私も…。」
「あなたは早く逃げた方がいい。」
二人がそうこうしていると、沙穂子の乳母が「お嬢様!」と駆けつけてくる。
「さあ早く!」
沙穂子は乳母に手を引かれ、走って行った。

直樹は両親の部屋、裕樹の部屋へと走る。その合間も「火事だ!」「逃げろ!」と叫び続けていた。
「直樹!!」
両親が部屋から出てくる。裕樹もやってきた。
「あちらはまだ安全です!」
直樹はまだ煙が届いていない通路を示す。
「お前は?」
「俺は逃げ遅れていない人間がいないか確認します。」
「お兄様!」
泣き叫ぶ裕樹に直樹は、
「親父たちを頼んだぞ。」
と肩に手を置いた。
「大丈夫だ、俺もすぐに行くから。」
そして直樹は執事たちに両親と裕樹を頼み、逃げ遅れている者がいないか探し歩いた。

「直樹様も早く!」
「直樹様が逃げなければ、私も!」
古くから仕えてくれている使用人たちはそう言ったが、直樹が逃げるようきつく命じると何度も振り返りながら逃げて行った。

「直樹様!」
最後の一人が煤で黒くなった顔でやってきた。
「お前で最後か?」
「はい!」
「よし、じゃあ一緒に…。」
直樹は最後の一人となった使用人と逃げようとした。
その時、大事な物を直樹は思い出した。

「直樹様!?」
「大丈夫だ、すぐに追いつく!お前は先に逃げろ!」
突然引き返した直樹に使用人は叫んだが、直樹は振り返らなかった。
大事な物を…あれだけは燃やすわけにはいかない。

幸い、書斎にはまだ火は回っていなかった。
煙にむせながら、直樹は机の引き出しから目当ての物を探し出した。
それを手に逃げようとしたとき、直樹の前に天井が崩れ落ちた――。



「それから先のことは覚えていない。」
気が付いたらベッドの上だった。
「真っ暗で夜かと思ったら朝の9時だって言われて、俺はその時初めて視力を失ったことを知ったんだ。」
「そんな…。」
琴子は言葉を失う。ただただ、目から涙が溢れ出す。

「頭を打ったわけではないらしい。詳しく検査もしたが異常はなかった。目も神経がやられているわけではない。」
「それじゃあ?」
「…心因性のものだろうって。。治るかもしれないし、治らないかもしれないってさ。」
まるで他人のことのように、直樹は淡々と話す。
琴子への恋が実らなかったこと、大泉家との付き合い、沙穂子への態度、財閥の仕事と色々なことが直樹の心に影響を及ぼした結果だろうと、直樹は思っていた。

「火事の原因は、放火だった。」
「放火!」
何て恐ろしいことをと、琴子は青ざめる。

「犯人はあいつだった。」
それは、琴子を襲おうとしたあの落ちぶれ男爵だと直樹は話した。

「大泉子爵は、あの男がお前の体を奪ったら借金を立て替えてやると約束をしていた。ところがそれはできなかった。しかし男は子爵に金を出すよう要求した。子爵は拒否しそんな話は知らないと突っぱねた。」
直樹は静かに話し続ける。
「金はない。借金取りは押しかけてくる。そうやってどんどん追い詰められていった時に、あの男は子爵の娘が入江財閥へ嫁ぐという話を聞きつけたらしいんだ。」
子爵のやり方に、男爵は怒りを募らせた。

「男の大泉家への恨みはうちにも向けられた。それで…。」
華やかな結婚式を男爵は憎々しく見ていたのだという。
花婿と花嫁が最も幸せの絶頂にいるその日の夜に、邸に火を放ったのだと、警察に捕まった男は白状したのだという。



「どうりで。」
そう言いかけた琴子はハッとなった。
「どうりでって、お前もしかして…沙穂子さんに会ったのか?」
琴子は迷ったが隠してもしょうがないと「ええ」と答えた。

「酷いことを言われただろう?」
「大丈夫。」
そのような目に遭ったのだから、あのように性格が変わってしまうのは無理もないだろう。
子爵と沙穂子の怒りの理由が琴子には分かった気がした。



「悪かった。それも全部俺のせいだ。」
直樹は琴子に謝った。
琴子は言わないが、おそらく沙穂子は琴子にありったけの憎しみをぶつけたに違いない。
「沙穂子さんは一時的に実家にいらっしゃるだけでしょう?」
琴子は直樹に訊いた。
まさか別れたというわけではあるまい。
自分に対する憎しみは、あくまで恐ろしい目に遭ったうえ、新婚早々直樹と引き離されてしまったことから来たものだと琴子は思う。
いや、そう信じたかった。そうでなければあまりに直樹と沙穂子が気の毒すぎる。


「俺の傍にいるって言っていたんだ。」
直樹は口を開いた。。
「だけど、大泉の伯爵や子爵、乳母たちが実家に連れ戻した。」

直樹が視力を失った後も、沙穂子は妻として傍にいると主張した。
直樹の世話をすることが妻としての役目だと言い張っていたのだという。
しかし――。

「俺の目がこのようなことになって、もう財閥を背負っていくことは無理だと思ったんだろうな。そうなると大泉家にとって俺は厄介者以外の何者でもない。そんな用無しの男と結婚している意味なんてないというわけで、彼女は連れ戻された。」
そんな利用価値のなくなった男の世話を一生していくようなこと、大事な娘にさせられないといったところだろうと直樹は笑っている。
「そんな、ひどい!!」
一体直樹を何だと、人間を何だと思っているのだろうか。
琴子もさすがに大泉家への怒りが込み上げてきた。

「…結婚式の夜に火事が起きたことは、大泉にとっても不幸中の幸いだったんだ。」
しかし直樹は大して傷ついた様子もなく、相変わらず淡々と話していた。
「俺たちは翌日から新婚旅行に出ることになっていた。夫婦になった届は帰ってから出すことにしていたんだ。」
つまり、まだ直樹と沙穂子は夫婦ではなかったのであった。

「そして俺と彼女は肉体的にも、夫婦関係を結んでいなかった。」
初夜の途中、いやまだ始まってもいなかった時に火事が起きた。

「おかげで彼女はいわゆる“きずもの”にはならずに済んだってわけだ。」
今後もっと良縁が沙穂子に訪れた時、何の憂いもなくに嫁ぐことができると大泉家は喜んでいるのだと直樹は話した。

琴子は考えた。
先程会った沙穂子は、まだ直樹に愛情があるようだった。
それならば、どうして自分から戻ろうとしないのだろうか。
自分だったら、たとえどんなに家族に反対をされても戻ると思う。

「…確かに彼女は俺を愛していたよ。」
目が見えない分、直樹は勘が鋭くなっているようである。琴子の考えていることが分かっていた。
「だが、家や全てを捨ててまでその愛を貫く覚悟はないんだろう。」
沙穂子にとって、所詮愛は家を超えるものではなかったのだ。
家、親、祖父を全て捨ててまで、直樹を愛しぬくことは沙穂子にはできないことなのであろう。


「ごめんなさい!!」
話を聞き終えた琴子は謝った。
「私が…私があの時あの人と結婚していれば…そうすればこんなことにならなかったのに!!」
あの時、あの男に素直に身を任せていればこんなことにはならなかった。
入江家も火事にならなかったし、沙穂子が直樹の元を去ることもなかった。
「私が皆さんを不幸にしてしまったんです!!ごめんなさい!!」
沙穂子とその父が自分を疫病神と罵ったのも当然だ。
自分が原因なのである。そのせいで皆がこのような辛い目に遭うことになってしまった。
直樹は視力まで奪われてしまった。
どんなに償っても、償うことができないことをしでかしてしまったのである。

「琴子。」
泣きじゃくる琴子に、直樹が声をかけた。
「…俺が家に取りに戻った物、何だと思う?」
その声は優しかった。
「…分からない。」
直樹は椅子から立ち上がった。
直樹の体を支えようと琴子が手を伸ばしたが、
「大丈夫。この部屋の中はもう隅々まで分かっているから。」
と、直樹はまるで目が見えているかのように机へと歩いて行った。
そして引き出しを開け、中から取り出したのは…。

「それは…。」
琴子は机にゆっくりと向かった。

「そう、これだよ。」
直樹が手にしていたのは、紙細工の花だった。
琴子が裕樹の誕生日パーティーの飾りつけのために作っていた花である。

「あのパーティーの時、偶然拾ったんだ。」
暗闇で琴子と話をしていた時、落ちていた物を直樹は拾った。
そして気が付いたら部屋まで持ってきていたのだった。

「お前が出て行った後も捨てることができなかった。」
その不器用に作られた花に、直樹は琴子の面影を見ていた。
「お前が傍にいてくれるような気がしたんだ。」
沙穂子と結婚しても、これだけは絶対に捨てずにいようと決心していたのだと直樹は話す。

直樹はこの紙細工の、たった一輪の花のために燃えさかる家の中へ飛び込んでいったのだった。

「…誰にも見せてないんだけれど、焦げているのか?」
琴子は震える手で、直樹から花を受け取る。
薄紅色の花びらの端が少し焦げているが、後は無事だった。
「そうか、それならよかった。」
琴子の返事を聞くと直樹はホッとした顔をして、その花を受け取った。そして愛おしそうに花びらを撫でながら、ゆっくりと言った。

「俺はお前をずっと忘れることができなかった。この花は俺にとってお前の化身なんだ。だからそのために視力を失ったことを、俺は後悔していない。」

琴子は声を上げそうになるのを、何とか堪える。
そうでもないと、今すぐ泣き叫びそうだった。

直樹は、こんなに自分を愛してくれていた。
あの時言ってくれたことは本物の直樹の気持ちだったのだ。それを同情だと思い込んでいた自分を琴子は恥じた。

「お前は悪くない。お前のせいで俺たちが不幸になったなんて、誰も思ってはいない。」
直樹はきっぱりと琴子に告げた。

「…あの時、俺はお前に愛していると言う前に他に言うべきことがあった。」
花を手にしたまま、直樹は琴子へ言った。
「あの時、俺はお前を守ると言うべきだったんだ。」
「直樹さん…。」
「何があっても俺が絶対にお前を守る。自分の気持ちをぶつける前にそう言うべきだった。一人で世間の荒波にもまれて生きてきたお前に必要だったのは、その言葉だったことをあの時の俺は気づかなかった。」
「そんな…。」
「それなのに、俺は自分の気持ちだけを押し付けていた。お前が逃げるのも無理はなかった。」
「そんな…もうやめて…。」
琴子は涙で頬を濡らして、首を振る。しかしその姿は直樹には見えていない。

「お前が去った後に、俺はやっと気が付いたんだ。今でもその思いは変わらない。けれど…。」
直樹は花を机の上にそっと置いた。
「…今の俺にはお前を守ることは、もうできない。」

「直樹さん。」
琴子は直樹の手をそっと取った。それに直樹が驚いた顔をする。
もう誰にも遠慮することはないのである。琴子は口を開いた。
「許してもらえるのならば、私を傍に置いて下さい。」

「…いいよ、気を遣わなくて。」
琴子の手を、直樹はゆっくりと解いた。
「琴子、もういいんだ。」
「直樹さん?」
「お前は人のことばかり考えている奴だ。俺が間違えていた。」
「間違えていた?」
「あんな話をして、お前が俺に責任を感じるのは当たり前だ。お前の性格を知っているのに気付かなかった俺が馬鹿だった。
「直樹さん、何を?」
「もういいんだ。俺が悪かった。お前は…。」
琴子は直樹を見つめ、次の言葉を待った。

「お前はもう、自分の幸せだけを考えて生きていくべきだ。」
直樹は告げた。
「お前を守ってくれる男と一緒になって、幸せになってくれ。」



直樹は元の椅子に再び腰を下ろした。
そして琴子に背を向けた。

しばらくその様子を見ていた琴子だったが、直樹の前に戻り膝をついた。
そしてまた、直樹の手を取った。

「直樹さん。」
琴子は直樹の手に、自分の顔を付けた。琴子の涙で手が濡れるのを直樹は感じた。

「私はあなたを愛しています。」
琴子の告白に、直樹は驚いた。が、すぐにその顔から手を外そうとした。
「それはお前が責任を感じているだけで…。」
「違うわ。」
琴子は直樹の言葉を遮った。そして直樹の手から顔を離すことはしない。

「自分の幸せを考えろと言ったわよね?だったらずっと傍にいることを許して下さい。」
「琴子…。」
「直樹さんに沙穂子さんがいると知った時から、愛してはいけないと思っても愛していました。私は沙穂子さんにずっとなりたかった。」
琴子は正直に全てを打ち明け始めた。
「直樹さんの傍にいたかった。何の迷いもなく愛していると言いたかったの。」
そして琴子は、直樹の頬に手を置いた。

「直樹さんが許してくれるのならば、私は傍にいて、一生愛していると言い続けたい。」

直樹は頬から琴子の手を下した。そして、琴子の肩に手を回し抱き寄せた。
琴子も直樹の首に手を回す。

「俺の目はずっとこのままかもしれない。それでもいいのか?」
琴子は頷いた。その顎が直樹の肩に当たった。
「もしそうだったら、私が直樹さんの目になるわ。」
「本当に?」
「ええ。私の幸せはただ一つだけ。愛する人の傍にいられればそれだけでいいの。」
そして琴子は続けた。
「私を守れない?そんなことはないわ。だって一緒にいてくれるだけで私は守られているって実感できるもの。」
「琴子…。」
「毎日直樹さんの顔を見られれば、それだけで幸せ。直樹さんを愛することができることが私には一番の幸せよ。他には何もいらない。」

直樹は少し顔を離した。そして琴子の唇に自分の唇を恐る恐る近づける。
一度で二人の唇は重なった。

「…見えていないのに、一度で成功したな。」
「…本当。」
二人は笑い合うと、またしっかりと抱き合った。

「ずっとずっと会いたくて、琴子の名前を呼んでいたんだ。」
「知ってるわ。」
直樹が驚く。
「だって聞こえていたもの。私を呼ぶ声が。」
あの時の琴子、琴子と呼ぶ声はやはり直樹が呼んでいたのだ。

「愛している、琴子。ずっと傍にいてくれ。もう離れないでくれ。」
「何があっても、もう離れないわ。」

そして二人はもう一度キスを交わしたのだった。




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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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