日々草子 一輪の花 20

一輪の花 20

久々にあの方が登場しますよ~。





それはまるで物語かと思うくらいの話だった。

「アンタが…入江財閥の御曹司と?」
包み隠さず話した琴子を前に、桔梗尼と啓太は顔を見合わせた。
何か理由があってここまで行き着いたとは思っていたが、まさか大財閥の御曹司と恋愛沙汰があったとは。

「でも、あちら様が琴子を望んでいたのに…そりゃあ許嫁がいるとはいえ…。」
「そんなの本気かどうか分からないだろ。」
桔梗尼の言葉を遮ったのは啓太だった。

「大金持ちの気まぐれ坊ちゃんの言うことなんて、当てになるか!」
啓太は腕を組み、怖い顔をして琴子の話を聞いていた。
「ちょっと、相手をよく知りもしないで…。」
琴子の手前もあり、桔梗尼は啓太をたしなめようとする。
「琴子を愛しているだ?んなセリフ、そういう男は平気で言えるさ!」
「啓太!」
「大体、許嫁がいながら他の女にうつつを抜かすってことが許せない!男の風上にも置けないぜ!」
「うつつなんて抜かしていません!」
それまで黙っていた琴子が声を上げた。その迫力に桔梗尼と啓太が驚くくらいだった。

「あの方は…そういう方じゃありません!」
「お前は騙されているんだ!」
啓太も負けじと言い返す。
「いいか?お前が身よりがないことをいいことに、弄ぶ気だったんだよ!結婚前のお遊びにな!」
琴子を想うあまりに、啓太の語気が強まる。
「世間知らずのお前をからかっていただけだ!」
「そんな方じゃないわ!!」
琴子が叫んだ。

「確かに…私を好きだと言ってくれたことは気の迷いだったかもしれない。でも遊びで女性と付き合うような方じゃないわ!」
忘れようと思っていた思い出が、次から次へと琴子の中に蘇る。
口は悪かったが、自分を蔑視するようなことは絶対言わなかった直樹が次から次へと琴子の中へ蘇ってきた。



「それでアンタはどうしたいの?琴子?」
桔梗尼が静かに琴子に訊ねた。
「入江家のお屋敷が火事に遭ったと聞いて…アンタはどうしたいの?」
「私は…。」
琴子は膝の上で着物を掴んだ。

「私は皆様が…あの優しかった方たちがご無事かどうかを知りたいんです。」
直樹、裕樹、そして沙穂子…皆が無事なのかを知りたかった。
それだけが気がかりである。

「御曹司様に会いたい?」
桔梗尼の問いかけに琴子は、
「…会いたくないと言えば嘘になります。」
と答える。
「でも、あの方はもう奥様がいらっしゃいます。そのようなところへ私が姿を見せても気分を悪くされるだけです。私は物陰からでもいい、ご無事な姿を一目見られたらそれで充分です。」
自分から直樹の差し出してくれた手を振り払った琴子だった。
それ以上、何を望めるというのか。

「それじゃあ、東京へお行きなさい。」
桔梗尼が言った。
「おい!」
啓太が桔梗尼の顔を見る。
勿論、桔梗尼だって啓太の琴子への気持ちは分かっている。だが琴子がここまで思い詰めている。その気持ちが一番大事だと桔梗尼は思っていた。

「琴子がしたいようにしてくればいいわ。そうしないとアンタ、倒れちゃうもの。」
「庵主様…。」
「俺は知らないからな!!お前なんて弄ばれてズタズタに捨てられちまえ!!」
啓太は怒鳴ると、寺を出て行ってしまった。

「…啓太のことは気にしなくていいわ。」
心配する琴子に桔梗尼は笑いかける。
「あいつも優しいからあそこまで怒ってしまうの。でも琴子を嫌いになったわけじゃないから。」
失恋の傷は時間しか癒すことはできないだろうと思いながら、桔梗尼は琴子に優しく話した。



そして唯一残された洋服に身を包み、琴子が東京へ向かう日がやってきた。
啓太はやはり姿を見せなかった。
「琴子。」
寺の前まで見送りに出てくれた桔梗尼が、琴子の手を取った。
「アンタに言いたいことがあるの。」
「何でしょうか?」
「アンタは今まで人のことばかり考えて生きてきたんでしょう?」
生い立ち、育ち方を考えるとそうなるのも無理はないと桔梗尼は分かっていた。
「だから自分の幸せより、あちら様の幸せを選んだ。違う?」
「そんなことは…。」
「ううん、きっとそうよ。アタシには分かるの。」
桔梗尼はフフフと笑った。
「でもね、一生に一度くらい、自分のことだけを考えていい時があってもいいんじゃないかしら?」
琴子は桔梗尼を見つめる。
「もしアンタが考えているようなことが起きてなかったら。」
「私が考えていることが起きていなかったら?」
それは一体どういう意味だろうか。訊ねようとした琴子より先に桔梗尼が言った。
「その時は、思い切り飛び込んでごらんなさい。」
「飛び込む…。」
「そう。それでだめだったらここへ戻っておいでなさい。」
「庵主様。」
「いい?必ずここへ戻ってくるのよ?どこかでまた行き倒れになんてなったら許さないわよ?」
琴子は笑って「はい」と答えた。



「…見送ってあげればよかったのに。」
桔梗尼の声に、木蔭に隠れていた啓太が姿を見せた。
「失恋の傷はまだ癒えてねえんだよ。」
不機嫌に答える啓太に、桔梗尼はまた笑った。

「なあ、琴子さあ…もしここへ戻ってきたら…。」
「その時は、あの子の希望を聞いてあげるつもりよ。」
「希望?」
「ええ。尼になりたいってまた言ったら、もう止めない。」
琴子がここへ戻ってきて、尼になることを希望した時は、もう心身ともにズタズタになっている状態に違いない。
だったら本人の望み通りにさせるつもりである。

「…また、いい友人にはなれるかな?」
啓太が独り言かどちらかわからない様子で言った。
「ええ、大丈夫よ。」
遠ざかる琴子の後ろ姿を見守りながら、桔梗尼ははっきりと答えたのだった。



久しぶりの東京はやはり人が多かった。
列車を乗り継ぎ、入江邸へと琴子はゆっくりと歩く。

「嘘…。」
琴子は愕然となった。
目の前にそびえているはずの邸がそこにはなかった。

琴子は形ばかりの門の中に少し入った。中では大工たちがせわしなく働いている。
少しずつ再建しているらしい。

「あんたは?」
大工の一人が琴子に気が付いて、声をかけてくれた。
「あの、このお家の方にお世話になった者なのですが。」
「ああ、そうなんだ。」
大工は琴子のことを何も疑った様子はなかった。
「こんなに…焼けてしまったのですか?」
「ん?ああ、もう見事にね。」
大工と共に琴子は建てている最中の建物を見る。
どれだけの大火事だったのだろうか。
そしてこれだけ何もなくなるくらいである。中にいた人たちは一体どうなっているのだろうか。

「こちらの皆様はご無事だったのでしょうか?」
琴子は大工に訊ねた。
「俺もよく分からないけれど、死人は出なかったって話だぜ?」
大工の言葉に、琴子は胸を撫で下ろした。
それでは皆、無事だったということだ。
「お怪我した人とかは?」
「さあな?そこまでは俺も分からねえや。」
「今はどこにいらっしゃるかは?」
「だから俺はただの大工だから、詳しくは知らねえよ。」
「そうですか…そうですよね。」
大工がそこまで知るわけがない。
琴子は仕事の邪魔をしたことを詫び、門を出た。



一体、皆はどこにいるのだろうか?
もしかしたら沙穂子の実家に避難したのかもしれない。
直樹が沙穂子と結婚したことで、入江家と大泉家は親戚となったのである。

「だったら私は行けないわ…。」
大泉家に嫌われている身である。そこへ顔を出すことなどできない。
どうしたものかと考えながら歩いている琴子の前に、黒塗りの高級車が止まった。

開いた窓の向こうにある顔を見て、琴子は驚く。
「沙穂子さん!!」
その車に乗っていたのは、直樹の妻となった沙穂子だった。



大泉伯爵邸はかつての入江邸ほどではないが、それでも豪邸と呼べる洋風の邸であった。

「…私がお邪魔してもいいのでしょうか?」
応接間に通された琴子は、周囲に飾られた調度品に目を奪われながらも沙穂子に訊ねる。
「仕方ないでしょう。」
沙穂子はどこか冷たかった。
「それとも、華族の令嬢にその辺の食堂へ入れとでも仰るの?」
「…すみません。」
結婚したことで元の優しい沙穂子に戻ったかと思っていたが、やはり自分を前にすると態度が硬化してしまうのだろうか。

「どうぞ。」
女中に運ばせたお茶を沙穂子は琴子に勧めた。
「沙穂子さん、ご無事でよかったです。」
琴子はお茶に手を付けず、まずは沙穂子の無事を心から喜んだ。
「火傷とか…。」
「別に。おかげさまでこの通りです。」
沙穂子はやはり冷たかった。

「琴子さん。」
今度は沙穂子が琴子に話しかける。
「あなた、生きていらっしゃったのね。」
「え…。」
「でもよかったわ。あなたに何かあったら、私や父、祖父がいい気分じゃありませんもの。」
「…。」
琴子はスカートを握りしめて、耐えた。
「…相変わらず、その恰好なのね。」
「これしか持っていませんので。」
沙穂子は何も言わず、お茶に口をつけた。


それにしても、入江家の人々はここにいるのだろうか?
これだけ大きい邸なのだから、客が一人来たくらいでは気が付かないのも無理はない。
しかしどうも様子が違う気がする。

「…直樹さんのことが心配でのこのこやってきたんでしょう?」
その琴子の気持ちを見透かすように、沙穂子が訊ねた。
「いえ。直樹さん、沙穂子さん、裕樹くん…執事さんとか皆さんが心配で。」
「嘘おっしゃい!」
沙穂子が大声を出した。思わず琴子の身が震える。

「はっきり言えばよろしいじゃないの!直樹さんが心配だって!」
「そんな…。」
「今だってどこにいるか、この家にいるのかって気になっているくせに!」
それは本当である。琴子は呆然となって沙穂子を見つめていた。

「いいわよ?この家をすべて探し回っても?」
沙穂子は美しいがどこか冷たい笑顔を琴子に見せた。
「大声を出すことがはしたないことだと教えられた私と違って、あなたは平気でしょう?大声で“直樹さん、どこ?”って探し回れば?退屈しのぎのいい見物になるわ。」
「そんなこと!」
沙穂子のこの言い方であると、直樹たちはこの家にいないらしい。
ならばどうして沙穂子だけがこの家にいるのだろうか。
もしかしたら…ふと浮かんだ考えを琴子は振り払った。
そんな人の不幸を考えるような真似はしたくない。
きっと、入江家の負担になるからと遠慮して沙穂子だけが実家に戻っているに違いない。



その時、ドアが開いた。

「貴様…ここで何をしている!!」

現れたのは、沙穂子の父の大泉子爵だった。
子爵はツカツカと琴子の傍へ歩いてくる。怒りに髪を逆立てているかのような勢いで。

「お前がこの家の敷居をまたげる人間じゃないことが、わからんのか!!」

「お父様、私がお連れしたのです。」
沙穂子の答えに、子爵は驚く。
「沙穂子!お前は何を考えている!」
「私がお連れしたんですわ。お話があったから。」
口ではそう言っているが、沙穂子が自分を庇ってそう言っているわけではないことは、琴子にもわかった。

「馬鹿なことをするのではない!こいつのせいで我々がどんな目に遭ったか、まだ分からんのか!!」
「分かっていますとも!だからお連れしたんです!」
「わしには分からん!」
子爵は琴子の腕を引っ張り、立ち上がらせる。
琴子は悲鳴を上げることもできなかった。

そして子爵はそのまま、琴子を玄関へと引きずって行った。
玄関を開けさせると、まるでごみを放り投げるように琴子を放り投げた。
「きゃあ!!」
琴子が持っていた鞄も投げられ、その足元へと転がった。

「お前は本当に、この家の疫病神だ!!」
殺されるのではないかと、琴子は思った。
それくらい子爵の形相は人間のものとは思えなかった。

そこへ女中がやってきて、何かを子爵へ耳打ちした。
「くそっ!!それもこいつのせいだ!!」
舌打ちをすると子爵は屋敷の中へと戻って行った。

起き上がることもできずに、ただただ呆然としている琴子の前に沙穂子が進み出る。

「…あなたのせいよ。」
沙穂子は目に涙をためて、琴子にぶつけた。
「優しかったお父様があのような方になったのは、あなたのせいなんだから!!」
琴子は何も言えず、黙って沙穂子を見上げている。
「お父様の言うとおり、あなたは疫病神だわ!あなたが現れなければ何も悩むことなく直樹さんと結婚できたのに。火事になったものあなたのせいよ!」
琴子は泣くこともできなかった。
「あなたは入江と大泉、両家にとっての疫病神なのよ!!」
琴子は立つことができず、俯いた。

「入江家の皆さん、直樹さんがどこにいるか知りたくて?」
少し間を置いた後、沙穂子が琴子に話しかけた。
「…はい。」
琴子は頷いた。

「教えてあげてもいいわよ。」
「本当ですか?」
「ええ。あなたが土下座して頼むのだったら。」
「え…?」
沙穂子が何を言ったか、一瞬琴子は分からなかった。
しかし、沙穂子の怒っている顔を見つめた後、琴子は体を動かした。

直樹に会えるためなら、何だってできる。
琴子が地面の上に正座をし、手を付こうとした時だった。

「やめて!!」
沙穂子が叫んだ。琴子はそのまま顔を上げた。
「やめてよ!そんなことしたら、私が余計みじめになるじゃないの!」
「沙穂子さん…。」
「愛しているのならば、自分で探せばいいんだわ!」
沙穂子はそう言い捨てると、邸の中へと入って行った。



よろよろと大泉家を出た後、琴子は体中の力が抜けてしまった。
その場に座りこんでしまった琴子を、道行く人が不思議そうに見ていく。

「ひっく…っく…。」
次から次へと涙があふれていく。
よく事情は分からないままだが、沙穂子は今幸せではない。
そしてその原因を作ったのは自分なのである。
「疫病神」と言われた声が、今でも琴子の耳に残っている。

そんな疫病神な自分が直樹に会えるわけがない。
このまま、桔梗尼の元へ戻ろう。
泣きながら琴子は何とか立ち上がる。
桔梗尼の元へ戻り、今度こそ尼になろう。
そして不幸にしてしまった人々に償って生きていこう。

琴子がそう決心した時だった。

――琴子。

また直樹が自分を呼ぶ声が聞こえた。
直樹がそこにいるのかと思い、見回す。しかしその姿はない。

幻聴かと思うとまた、

――琴子。

と、呼ぶ声が聞こえた。

「直樹さんが…呼んでいるの?」
そんなはずはないと思う。
だが、この声が気になる。



琴子は駅へと着いた。どこへ行こうか、まだ迷い続けている。
「お客さん?切符、どこまで?」
駅員が怪訝な顔で琴子を見た。
琴子はある場所を告げた。

それは…直樹と出会ったあの別荘のある場所だった。



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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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