日々草子 一輪の花 19

一輪の花 19

改めて。
コメントやメールで励まして下さったことにお礼を申し上げます。
そして『私のせいで』とおっしゃっておられた方々へ。
そんなことはありません。どうかご自分を責めずにまた遊びに来てお気軽にコメントを残していただけると嬉しいです♪
いつでもお待ちしております♪








花屋でいつもと同じ花を受け取ると、琴子はその香りに酔いしれる。
その琴子の肩が叩かれた。
「啓太さん!」
「持とうか?」
啓太は琴子が両手に抱えている花を持とうとした。
「大丈夫です。重い物ではありませんし。」
琴子は笑った。

「仏様へ供える花だろ?」
「はい。」
桔梗尼が供える花を買いに行くことが、琴子の仕事となっていた。

琴子が桔梗尼の元に世話になってから、早三か月が経とうとしていた。
痩せ細っていた体は大分ふっくらしてきた。
今では寺に遊びに来る子供たちにも慕われて、穏やかな日々を過ごしている。
桔梗尼と幼馴染だという啓太も、こうして琴子のことを気遣ってくれている。



「あら、二人一緒だったのね。」
客を見送っていた桔梗尼が、二人を見て美しい笑顔を見せた。
桔梗尼は若く美しい。時折、琴子と一緒に出掛けることがあるのだが道行く男性が振り返ってしまうくらいである。

琴子は啓太へお茶を淹れるために台所へ行き、啓太は桔梗尼の部屋へと通された。
「琴子のことなんだけど。」
すっかり親しくなった啓太は「琴子」と呼び捨てをするまでになっている。
「…何か話したか?」
「何も話してないわよ。」
琴子が買ってきた花を生ける準備をしながら、桔梗尼は答えた。
「そうか。」
何かあったからこそ、行き倒れになってしまったのだろうと二人は思っている。
だがそれを根掘り葉掘り聞くことは躊躇われた。

「ねえ、啓太。」
桔梗尼は、パチンと花ばさみで切った。
「アンタ、琴子のこと好きなんでしょ?」
「なっ!」
顔を真っ赤にする啓太を、桔梗尼は見ることもせずに花を生ける。

「俺はそんな…ただあいつが心配で…。」
「もう顔が語っているわよ。」
「嘘!」
啓太が自分の顔を両手で触る様子を見ながら、クスクスと桔梗尼が笑った。

「…あの子ねえ。」
美しく生けられた花に満足しながら、桔梗尼が口を開いた。
「尼になることは難しいかって聞いてきたわよ。」
「それって!」
「ええ。できたら尼になって仏様にお仕えしたいって。」
「それはあんまりだろ!」
啓太は桔梗尼に詰め寄った。
「ちょっと!別にアタシが勧めたわけじゃないのよ!」
襟元を掴む啓太の手を、桔梗尼は何とか振りほどく。
「アタシだってもうちょっと考えろって言ったわよ。」
「そうか。」
ホッとした啓太が手を離した。

「まったくもう。大体ね、アタシだって機会があれば還俗する気満々なんだから。いい男が見つかったらすぐにでもね。」
桔梗尼は頭のかぶりものを触りながら話す。
「お前を見ていると、“破戒坊主”って言葉を思い出すぜ。」
「なんですってえ…?」
今度は桔梗尼が啓太の襟を掴んだ。
「アンタ、今何て言った?坊主って言わなかった?」
「…ぐ、ぐるじい。」
「アタシはね、尼僧。尼さんなの!間違えるんじゃないわよ!」
「…はい、ずびばぜん。」
啓太が謝ると、桔梗尼は襟から手を離した。
実は桔梗尼は“男”なのである…。



「でも余程のことを経験したんじゃないかしらねえ。」
桔梗尼は溜息をついた。
「あんなに若いのにもう髪を下ろしたいなんて…。」
礼儀正しいし、働き者である。寺の雑用も嫌な顔一つせずに琴子は引き受けてくれる。
それにどことなく、身のこなしが上品な感じがする。

「もしかしたら、どこかいい家のお嬢さんなんじゃないかしら?」
「お嬢さんがどうして石を投げられながら行き倒れになっているわけだよ?」
「だから何かあったんでしょうって言いたいの!」
「何かって…。」
啓太は考えた。
「…犯罪?」
「それはないわ!」
桔梗尼がきっぱりと否定した。
「俺もそう思う。」
自分で口にしておきながら、それはないと啓太も確信している。
「でしょう?犯罪をしでかして逃げている人間がよ?お地蔵様のお供え物をいただいてしまったって、あんなに謝ったりしないわよ。」
「だよな。」
それでは一体、何が琴子の身に起きたのだろうと二人は考えた。
が、考えても分からないのでやめる。
いつか話してくれる日も来るかもしれない。
その時、琴子がお茶を運んできたので話はそこまでになった。



一方、琴子はいつまで桔梗尼の世話になっていていいのかと悩んでいた。
もう三か月もこの状態である。そろそろここを出なければいけない。

「琴子。」
悩んでいた時に、ちょうど桔梗尼がやってきた。
「これ、そこの酒屋さんの娘さんのお下がりだけどいただいたわ。」
桔梗尼が持ってきたのは、着物だった。
「ごめんなさいね。アタシのものはほら、こんなのしかないから。」
桔梗尼は衣を引っ張って見せた。そのお茶目な様子に思わず琴子の頬が緩んだ。
「ありがとうございます。」
琴子は有難く着物を受け取った。

「ねえ、琴子。」
「庵主様。」
二人は同時にお互いの名前を呼んだ。

「琴子からどうぞ。」
「いえ、庵主様から。」
お互い遠慮しあったが、結局琴子から話すこととなった。

「ごめんなさい。お言葉に甘えていつまでもお世話になっていて。」
「え?」
「できるだけ早く、こちらを出ていきますので。」
「ちょ、ちょっと、どうしたの!」
突然の琴子の言葉に、桔梗尼は驚く。
そして琴子の目からはポロポロと涙がこぼれ始める。

「琴子?どうしたの?」
「ごめんなさい…何だか自分が情けなくなってしまって…。」
「情けない?」
「いつも…こうやって誰かに頼ってばかりの自分の境遇に…こうやって迷惑をかけてばかりで。」
入江家に無理を言って住まわせてもらったにもかかわらず、すでに決まっていた婚約を破談寸前までにしてしまったことで直樹と沙穂子に多大な迷惑をかけてしまった。そして今もこうして、縁もゆかりもない桔梗尼や啓太の世話になっている。
早く自立したい、一人でも生きていきたいと思っているのに、結果として人に頼ってばかりである自分に琴子は悲しくなってしまい、涙が止まらなくなったのだった。

「琴子…。」
桔梗尼は琴子の顔を上げさせた。
「アタシは琴子に頼られることを少しも嫌だとは思わないわよ。」
「庵主様。」
「こう考えたらどう?」
桔梗尼はニッコリと、琴子を安心させるように笑いかける。
「琴子は人に頼ってばかりだと自分を責めているけれど、逆に考えたら手を差し伸べてもらっているということでしょう?あなたが困っていると助けてくれる人が必ずいる。そういうことじゃなくて?」
自分の他に誰が琴子に手を差し伸べたかは知らないが、桔梗尼は続ける。
「それは、琴子の人柄がいいからよ。あなたは人に恵まれているんだわ。」
「庵主様…でも…。」
「勿論、その中にアタシも含まれていることを忘れちゃだめよ?」
桔梗尼は片目をつぶって見せた。
「うちはいつまでもいてもらっていいのよ。これも仏様のお導きですもの。」
「…ありがとうございます、庵主様。」
泣きながら琴子は笑った。

「それで、庵主様のお話は何でしょうか?」
今度は琴子が桔梗尼に訊ねる。
「ええと…。」
桔梗尼は言葉につまった。
実の所、啓太をどう思うかと聞いてみたかったのである。

「庵主様?」
小首を傾げている琴子に、桔梗尼は言った。
「…月がきれいだから、一緒に眺めようと思って。」
桔梗尼は障子を開けた。確かに美しい月が空に浮かんでいる。
「本当、とてもきれいですね。」
「でしょう?」
今ここで啓太の話を持ち出したら、それこそ追い出すような真似をすることになってしまう気がして、桔梗尼は話をすることをやめた。

幼馴染でよく知っているが、啓太は気風のいい男である。
家は材木屋を営んでおり、両親もいい人たちだ。
苦労をしてきたと思われる琴子も、啓太と一緒になれば幸せになるのではないかと思っているが、今はまだその時期じゃないことを桔梗尼は悟った。

「本当にきれい…。」
月に目を奪われていた琴子の耳に、何かが聞こえた。

――琴子。

それは懐かしい声だった。
琴子は周囲を見回した。だが庭はしんと静まりかえっており、人ひとりいない。
気のせいかと思った琴子の耳に、またその声が聞こえる。

――琴子。

「どうしたの?」
琴子の様子に気が付いた桔梗尼が訊ねた。
「いいえ、なんでもありません。」
琴子は笑って答える。

何てことだろうか。
もう忘れたはずなのに、幻聴まで聴こえるとは。
どうして今になって…直樹の声が聞こえるのか。

早く完全に忘れなければいけない。
そう自分に言い聞かせながら琴子は月を見つめていた。





寺に顔をよく見せていた啓太だったが、最近は顔を見せなくなった。
どこか具合でも悪いのかと心配になり、桔梗尼は様子を知るために琴子を啓太の家へと向かわせた。

啓太の家はかなり大きな商家だった。
そして、啓太はぴんぴんしていた。威勢のいい声で店の人間に指示を出している。
材木屋という商売柄、働いている人間も体つきのいい男が多い。
初めて目にする光景に、琴子はしばし夢中になっていた。

「琴子?」
琴子に気が付いた啓太が帳面片手にやってきた。

「どうしたんだ?」
初めて家にやってきた琴子に驚いて、啓太は尋ねた。
「最近いらっしゃらないから、庵主様が心配されていて。」
「それで様子を探りに来たってわけか。」
啓太は笑った。
「それに啓太さんが顔を見せないから子供たちが寂しそうにしているんですよ。」
琴子も元気な啓太の様子に安堵の表情を浮かべている。
「悪い、急に忙しくなっちまって。」
「みたいですね。」
琴子と話をしている間にも、啓太は店の人間に指示を出し続けている。

「…うるさくて悪いな。」
啓太は琴子に謝った。
「いいえ、とんでもないです。にぎやかで楽しいです。」
そう答える琴子の笑顔に、啓太の胸が高鳴る。
男だらけのこの場所を女性だったら嫌がるだろに、琴子は楽しいと言ってくれた。
もしかしたら…今打ち明けたら…。

「あのさ、琴子。」
啓太は帳面を握りしめ、琴子の顔を見つめた。
「はい?」
琴子は大きな目で啓太を見つめ返す。
「その…俺と…。」
啓太が気持ちを打ち明けようとする。が、いざとなると何から切り出していいのか迷ってしまった。

琴子はじっと啓太の言葉を待ち続けていた時だった。

「やれやれ、ここまで材木を注文するなんてどんだけでかい家なんだよ。」

男たちの声が琴子の耳に飛び込んできた。

「見たこともないくらいの豪邸であることは間違いねえな。東京の店だけじゃ足りないって言うんだから。」
「はあ、そんな夢みたいな家があるのか。」

男たちはうらやましいといった風に話をしている。

「お前ら、しゃべってねえで手を動かせ!」
啓太が怒鳴った。
しかし内心は、この気まずい雰囲気を壊してくれたことに感謝もしていた。


「どこかのお屋敷を建てるための材木なんですね。」
所狭しと並べられている材木に目をやりながら、琴子が口を開いた。
「ああ。なんでも大金持ちの家を建てるために材木が足りないって、東京にある知り合いの店から連絡があったんだ。」
とりあえず話題を変えようと、啓太も琴子に答えた。
「でも気の毒だよな。火事で屋敷が燃えたっていうんだから。」
「火事?」
「あれ?知らない?新聞に載っていたんだけど。」
頷く琴子に、啓太が「ああ」という顔をした。
「そうか。琴子が倒れていた時だったもんな。新聞なんて読む余裕あるわけないか。」
琴子がここで行き倒れになっていた時に、その火事は起きたのだと啓太は説明した。

「本当にお気の毒なこと…。」
琴子はその大金持ちに同情を寄せる。
「そうだよなあ。天下の入江財閥も火事には勝てねえし。」
啓太の言葉に、琴子の顔色が変わった。
「今…何て?」
「え?」
「何とか財閥って…。」
「入江財閥のこと?」
「火事で燃えたお屋敷って…。」
「入江財閥のお屋敷だぞ。銀行とかホテルとか手広くやっている大金持ちだけど…。」
啓太がそこまで話した時、琴子の姿が前から消えていた。

「琴子!?」
琴子はその場にへなへなと座り込んでいた。しかも真っ青な顔で。
「琴子、おい!具合でも悪いのか?」
驚く啓太。そしてその啓太の声に何事かと男たちが集まってくる。

しかし、琴子はその声を遠くに聞いていた。

――入江財閥のお屋敷が…燃えた…。

あの大きな屋敷が燃えてしまったなんて、琴子には信じられなかった。
そんなに大きな火事だったのなら、直樹、沙穂子、裕樹、そして直樹たちの両親は無事なのだろうか。
執事やお民たち女中たちは大丈夫なのだろうか。

琴子は呆然とその場に座り込み、動くことができなかった。


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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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