2017年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

2011.12.11 (Sun)

一輪の花 11

10話を書いた時は正直、「水玉のアホ!!」「水玉、ひどい!そんな人だとは思わなかった!」と苦情を頂戴するかと思っていましたが…よかった、なかったよ!!(笑)
ということで安心して、戻ってまいりました。







【More】



ここ最近、直樹は外に出かけることが減った。
いや、外出だけではない。
沙穂子がこの家にやって来ることも少なくなったと、琴子は思っていた。会う時は、大泉家で会っているらしい。

「最近、家にいる時間が増えた気がする。」
庭に出ていた直樹と偶然出くわした時、話題に困った琴子はそんなことを口走ってしまった。
「家にいたら悪いのかよ?」
そこは沙穂子を抱きしめていた場所でもあった。直樹は花に目を向けたまま、聞き返す。
「そんなことはないけれど、沙穂子さんとその…。」
「上手くいっているのか」などと聞いてもいいのだろうか。そのような答えは聞きたくもないのだが。

「披露宴の会場も決まったし、招待客も決まった。俺がやることはもうないよ。」
沙穂子はドレスの仮縫いに忙しいらしいが、男の自分は特に準備はいらない。
「そっか。」
何となく琴子がホッとしたのを見て、直樹は面白くなくなる。
「そうよね。あんな所で…。」
うっかり口を滑らしそうになった琴子は、慌てて口を噤んだ。
「あんな所?」
直樹が琴子を見た。
「…ああ、あれか。」
パーティーの夜のキスのことを琴子が言っていることに直樹は気づいた。

「直樹さんもああいうことをする人だったのね。」
「それだけ愛しているのね」という意味で、琴子は呟いた。
「ああいうこと?悪いか?」
「ああいうこと」をしても、いつもと態度が変わることのない琴子に直樹は腹立たしさを感じ始める。
まるで面白がって、からかっているようである。

「そうだよ、するさ。」
直樹は琴子の前に進んだ。その迫力に琴子はのけぞる。
「婚約者だし、もうすぐ結婚するんだ。何なら…。」
「何なら?」
「…キスの先まで見たいか?」
琴子は顔をサッと赤らめた。

「そんな!何てことを!」
「お望みなら覗きに来てもいいんだぜ?」
そんなこと琴子には絶対されたくないというのに、直樹は真逆のことを口走ってしまった。

「…最低。」
琴子は直樹を睨むと、逃げるように行ってしまった。
「ああ、どうせ俺は最低だよ。」
一人残された直樹は、これで完全に嫌われたと思った。



「何が覗きに、よ。のろけるのもいい加減にしてよ!」
自分の部屋に戻った琴子は、ベッドの上で突っ伏していた。
何が面白くて自分をそこまでからかうのか。
もしかして、直樹は自分の気持ちに気が付いてあのようなことを言っているのだろうか。
それは絶対にないだろう。
直樹にばれないよう、必死で隠し通している毎日である。
「…それでも嫌いになれない。」
嫌いになるどころか、ますます好きになっていく。
琴子はどうしていいか分からなくなっていた。



それから一週間が過ぎた。
相変わらず直樹は仕事に忙しい日々を送り、夜は家で過ごすことが多かった。
この夜も直樹は、書斎で書類に目を通していた。
その書斎の前で、琴子は深呼吸を一回して、ドアをノックした。
「どうぞ。」
静かな声が聞こえた。琴子はゆっくりとドアノブを回した。

入って来た自分を見て、直樹は少し驚いたようだった。
無理もない。ここしばらく直樹とは会話を交わしていなかった。

「…最低な男に何か用か?」
琴子が最低と言ったことを、直樹は根に持っているらしい。

「お願いというか、許可を頂きたくて。」
琴子は直樹の机の前に立って、口を開いた。
「許可?何の?」
「来週、裕樹くんのお誕生日なんでしょう?」
「ああ、そうだな。」
直樹はカレンダーを見た。
「それで、誕生パーティーを開きたくて。」
「パーティー?」
琴子は頷いた。

「お父様とお母様、まだお戻りにならないみたいだし。裕樹くん、一人ぼっちの誕生日だってしょげているから、この家の人たちみんなでパーティーを開いたら元気が出るんじゃないかなって。」
「成程な。」
「できれば、直樹さんにも一緒に。お兄様が一緒だったら裕樹くん、大喜びするわ。」
「来週か…。」
直樹は机の上のカレンダーにもう一度、目をやった。

「仕事、忙しい?」
無理だろうかと琴子は心配になった。
「仕事は大丈夫だけど…。」
言い淀む直樹を見て、琴子はハッとなった。
「あ、もし私がいるのが嫌だったら、私は遠慮するから。」
「え?」
「いや、ほら。私がいるから出る気にならないのかと。」
この間あのような言葉を投げつけてしまったのである。
直樹に顔も見たくないと思われていても当然かもしれない。
そうであったら、悲しいことではあるが…。

「何言ってんだ、お前。」
直樹は琴子の顔を見据えた。
「計画した本人がいねえなんて、おかしいだろ。」
「でも…。」
「来週の木曜日だな。大丈夫だ、何も予定はない。」
直樹の返事を聞き、琴子は胸を撫で下ろす。
これで裕樹も喜んでくれるだろう。

「そうだ。沙穂子さんもお呼びしてね!」
琴子は沙穂子のことも忘れてはいなかった。
「だってもうすぐ家族になる人ですもん。ね?」
「…。」
これには直樹からの返事はなかった。
琴子は最近姿を見せない沙穂子のことが、心配だった。
いくら結婚するとはいえ、直樹の顔も見たいだろう。
もしかしたら、あの夜自分に目撃されたことを恥ずかしがって、この家に来づらくなっているのではと気になっていた。

「それじゃあ。」
結局、直樹からの返事を聞くことができないまま琴子は書斎を出て行ったのだった。



そして裕樹の誕生日が明日という時になった。
それなのに、直樹は沙穂子を誘うことができずにいた。
確かに琴子の言うとおり、沙穂子を誘うべきだとは思う。
最近、沙穂ことは確かに会っていない。
いや、避けているというのが正解だろう。
琴子への気持ちを自覚した今、琴子の前で沙穂子と会うことは避けたかった。

会社にいる直樹の元に、沙穂子から電話がかかってきたのは直樹がそのようなことを考えていた時だった。

「お仕事中に申し訳ございません。」
最初に沙穂子は、仕事の邪魔をしたことを謝ってきた。
「直樹さん、明日の夜はお時間があるでしょうか?」
「明日の夜ですか?」
直樹はドキッとなった。
「もしお時間がありましたら、私の家で食事をされませんか?突然で申し訳ないのですが。」
沙穂子の祖父が久しぶりに直樹に会いたいと言っているのだという。
ここで明日は裕樹の誕生日だと話せば、沙穂子は喜んで誘いに乗って来ることは分かった。
食事は大泉家での内輪のものである。沙穂子の祖父だってもうすぐ家族となる裕樹の誕生日を優先するように言うに違いない。

「直樹さん?」
返事がない直樹を心配して、沙穂子が声をかける。
「…申し訳ありません。」
気が付いたら、直樹の口から謝罪の言葉が飛び出していた。
「明日の夜は接待が入っておりまして。」
「まあ、そうですの。」
沙穂子の声色は残念そのものであった。
「せっかくご招待いただいたのに、申し訳ありません。」
「気になさらないで下さい。突然思い立ったこちらが悪いのですから。それにお仕事は大事ですもの。」
沙穂子は気にしていない様子だった。そして直樹が嘘をついていることなど気付いてもいないだろう。

裕樹の誕生日。琴子が企画したパーティー。
そこには沙穂子は来てほしくない。直樹はそのようなことを思ってしまった。



「お前さ、鼻をかんだらちゃんとゴミ箱に捨てろよ。」
食堂のテーブルの上に散らかっているゴミを見て、直樹は顔をしかめた。
「失礼な、ゴミじゃないわよ!」
琴子が直樹を睨む。
「これは、お花。鼻じゃなくてお花。」
琴子は直樹の前に、テーブルの上に散らかっている物を一つ取りだした。
確かによく見ると、それは淡い色のついた薄紙で作った花だった。
しかし、琴子があまりに不器用なためにくしゃくしゃに丸めたゴミにしか見えない。

「壁に飾ったら綺麗かなと思って。」
明日の裕樹の誕生パーティーのために、こっそりと琴子が作っていた物である。
「ふうん。」
直樹は琴子の前に座った。

「あ、そうだ。沙穂子さんは?」
沙穂子に嘘をついたことで、直樹の良心がチクリと痛んだ。
「明日は先約があって、無理だって。」
「そう。残念ね…。」
琴子は本当に残念そうな顔をする。それを見てまた直樹の良心が痛んだ。



そして当日、直樹はパーティーのため早く帰宅した。
「さて、皆さん。」
直樹、使用人たちを前に琴子が話を始める。
「いいですか?裕樹くんには、7時にこの食堂に来るように話してあります。それまで真っ暗にしておきます。で、裕樹くんがドアを開けた瞬間に明かりをつけて、おめでとうと一斉に言って下さいね。」
「はい!」
使用人たちは、まさか自分たちまで裕樹のパーティーに参加できるとは思ってもいなかったので胸を躍らせていた。

「それじゃあ、電気を消して下さい。」
琴子の合図で、食堂は真っ暗になった。

琴子はテーブルの陰に座り込んだ。
「しまった…。」
真っ暗になって気がついたのだが、琴子は鳥目だったのである。
大体、少し時間が経てば暗闇に慣れて来るものだが琴子は無理だった。

「ちょっと心配になってきた。」
そう思った時、隣に誰かいる気配がした。
「よかった!」
琴子は手を伸ばし、その人間の足に触った。ズボンの感触が伝わる。男性のようだった。
「分かった!執事さんだ!」
「…はずれ。」
その声に琴子は驚く。

「何だよ、お前。人のズボンに勝手に手を伸ばしてきやがって。」
「違う!誰かなあと思って。鳥目だから何も見えないの。」
「へえ。」
まさか直樹と隣り合わせに座っているとは。
意識しないようにと自分に言い聞かせるが、自然と顔が火照る琴子。
幸い、この暗さでは直樹に見られないだろう。それだけが救いだった。

「お前さあ。」
小声で直樹が琴子に話しかける。
「何でここまで一生懸命なわけ?」
そもそも、琴子と裕樹は赤の他人である。家庭教師(といっても、何も教えていないが)と生徒の関係でここまでするなんて、直樹は驚いている。
しかも琴子は、物心ついた時から施設育ちだった。あまりいい施設ではなかったようであるし、
誕生日など祝ってもらったことなどないのではないだろうか。

「だって喜んでもらえると嬉しいじゃない。」
琴子からの答えに、今度は直樹が驚く。
「裕樹くんの喜ぶ顔が見られるんだもの。人の喜ぶ顔って自分も幸せになると思わない?」
直樹は琴子の顔を見た。

「私がいた施設ってね、自分のことは自分でする。他人に世話をかけるなって方針だったの。」
琴子から施設の話を持ち出すとは、これも驚きだった。
「確かにそれは正しいと思う。でも人の世話をすることもいい顔されなかったの。それっておかしくない?」
「…厳しいとは思うけどな。」
「でしょう?だから、こうやって人の世話ができるのが嬉しいのよ!」
月明かりに照らされている琴子の顔は、笑顔だった。

「…お前ってすごいな。」
「どういうこと?」
琴子は直樹を見ようとする。が、その目にやはり直樹の姿をとらえることはできなかった。
「人の喜ぶ顔が好きだなんてさ。生まれつき世話好きなんだな。」
「…褒めているの?」
「俺はそんなこと、思ったこともないから。」
琴子の問いに答えず、直樹は言った。
「でも、沙穂子さんの喜ぶ顔は見たいと思うでしょう?」
これは嫌味ではなかった。純粋に琴子はそう思って直樹に尋ねている。
「彼女が喜べば、大泉の家が喜ぶからな。」
直樹は思わず本音を漏らしてしまった。
沙穂子を喜ばせるというより、機嫌を取っているといった方が正解である。

直樹は床に手をついた。と、何かがその手に触れた。
何だろうと思い拾うと、それは琴子が作っていた紙の花だった。一応茎と葉らしきものも付いていた。上から落ちて来たらしい。

「どうかした?」
琴子の目には、直樹が何を拾ったか見えていない。
「お前って、花みたいだよな。」
「そ、それって!」
琴子は興奮する。
直樹はクスッと笑うと、紙の花をクルクルと回した。
「花は花でも、野に咲いている花だけど。」
それでも花には違いない。琴子は嬉しい。
「どんな暴風雨にあっても絶対に負けない、根を張った丈夫な花。そんな感じだよな。」
「暴風雨に負けない、丈夫…。」
花のように美しいと褒めてもらえるものだと期待していた琴子は、少しがっかりした。
「でも俺は温室で育った花より、そういう花の方が…。」
直樹が言おうとした時、
「裕樹坊ちゃん、お誕生日おめでとうございます!!」
という声が食堂に響き、明かりがパッと点いた。

「え?え?」
入って来た裕樹が目をパチクリさせて、驚いている。
「裕樹くん、おめでとう!」
立ち上がった琴子が、声を上げる。
「おめでとう、裕樹。」
直樹もその隣から声をかける。

「お兄様…嘘…。」
最愛の兄は仕事で忙しいから、誕生日は一人だと思っていた裕樹は喜びを顔に出した。
「みんなも、ありがとう。」
そして裕樹は使用人たちにも礼を述べる。



「これって琴子が考えたことなんでしょう?」
裕樹は直樹に訊ねた。
「ああ。」
直樹は琴子を見る。
直樹たちから少し離れた場所で、琴子は使用人たちと話が盛り上がっている。
すっかり打ち解けている様子を見て、本当に人に好かれる人間だと直樹は思った。
「後でお礼を言っておけ。」
「うん、分かってる。」
そして裕樹も、琴子たちの話の輪に加わりに行った。

直樹は琴子を見ながら、背広の内ポケットに何かが入っていることに気がついた。
それは先程拾った、琴子の作った花だった。思わず中に入れてしまったらしい。

――温室育ちの花よりも、俺は暴風雨に耐えて咲いている野の花の方が愛おしいと思う。

野原に咲いている一輪の花を思い浮かべながら、おそらく一生言うことはない思いを直樹は心の中で呟いた。

関連記事
00:30  |  一輪の花  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |