日々草子 一輪の花 10

一輪の花 10







直樹が招待客をにこやかに出迎えている様子を、琴子と裕樹はホールの片隅から見ていた。

「まあ、なんてお似合いなんでしょう。」
二人の耳に客の話し声が聞こえてくる。
「もうどこから見ても、奥様だこと。」
直樹の傍で沙穂子も、女主人のように招待客に挨拶をしていた。
今日の沙穂子はシャンパンゴールドのドレス。髪の毛には真珠の飾りが輝いている。
そして指にはいつものダイヤモンドの指輪。
今日がこのように美しかったら、結婚式当日はどれほど光り輝くのだろうと琴子はうらやましくなった。
が、今夜の琴子は心穏やかだった。
それはきっと、直樹から借りた紀子のアクセサリーのおかげだろう。
このアクセサリーとドレスのおかげで、琴子は背筋を伸ばして立っていることができた。



パーティーが始まった。
直樹と沙穂子は招待客と会話を交わしながら、ホールの中を歩き回っている。
「退屈…。」
ジュースを飲みながら裕樹は不機嫌になっていた。
「確かに裕樹くんにはちょっと退屈かもね。」
琴子が笑う。
「でもね、裕樹くんが一緒にいてくれるおかげで私は安心してここにいられるの。」
「あ、そ。」
裕樹がいなかったら、一人でどうしていいか分からない。

「琴子さん!」
沙穂子が琴子の姿を見つけた。
「あら、とても素敵なドレスね。」
琴子のドレスを見て、沙穂子は褒める。
「ありがとうございます。」
「ドレスをお持ちじゃなかったら、お貸しするからと直樹さんにお話していたのだけれど、その心配はありませんでしたわね。」
沙穂子の言葉に、琴子は「ん?」と思った。
そのようなこと、直樹は一言も口にしていない。
沙穂子からそのような話があったのなら、どうしてドレスを持っていないと琴子が打ち明けた時に話さなかったのだろうか。
沙穂子の好意を琴子が受け入れることが、直樹にとっての喜びのはずなのに。

「あ、そうか」と琴子は思った。
きっと沙穂子の美しいドレスを琴子が袖を通すことを、直樹は気に入らなかったのだろう。
どこの生まれか分からない怪しい女に沙穂子のドレスを汚されたくなかった。だったら新しいドレスを作らせた方がずっといいと直樹は思ったに違いない。
結局、それだけ直樹は沙穂子を大事にしているのだと琴子は思ったのだった。



「これで入江財閥も安泰ですね。」
「どうも。」
直樹は作り笑いを浮かべ続けていた。
ここにいる客は全員、「入江家と大泉家の結びつき」を口々に祝ってくれるが誰ひとり、直樹と沙穂子の結婚を心から祝福している人間はいない。
上流階級の人間はそのようなものかと直樹も納得している。
個人の愛情や結びつきよりも、家同士の結びつきの方が重要なのである。
それに、直樹自身も別に沙穂子との結婚を祝福してほしいなど思ってはいなかった。

そういえば、琴子はどこにいるのだろうか。
客から一旦解放されたことを機に、直樹は琴子の姿を探した。
そもそも、パーティーに出ることを沙穂子が言い出した時反対しなかったのは、着飾った琴子を見てみたいと思ったことからだった。
ドレスも沙穂子のお下がりより新しいもの、それも琴子に似合うとびきりのドレスを着せたいと思った。
そこで直樹は、琴子が見ていた沙穂子のウェディングドレスのデザイン帳を思い出した。
自分がいることに気付かずに「これが一番いい」と琴子が眺めていたデザインを見た時は単に、それが琴子の好みかと思っただけだった。
だが、いざドレスを作ると決まった時、だったら本人の好みのものをと考え直樹はデザインしたのである。

琴子はホールの片隅にいた。
ワインレッド色のドレスに、ダイヤモンドが慎ましく輝いている。
自分が琴子の全身を作り上げたようなものである。直樹は気分がよくなった。
しかし、すぐに直樹の眉間に皺が刻まれ始めた。



「ぜひダンスは一緒に。」
「あの、すみません。踊れないので。」
どうしてこう声をかけられるのだろうか。
若い男性が琴子の元へと近寄って来る。そしてダンスだの、飲み物だのと勧めてくる。
「余程女性が足りないのかしら?」
自分の魅力に琴子は全く気が付いていない。

「ダンスのお相手は?」
また一人、近寄って来た。
「すみません。私はここで。」
気を遣いながら断る琴子。

「裕樹は何をやってるんだ?」
男たちに囲まれている琴子を見て、直樹は苛立ちが募る。
裕樹にエスコートを頼めば琴子も安心だろうと思ったのに、いないとは。



「おい、お前のジュースも持ってきたぞ。」
「裕樹くん!」
ジュースを取りに行っていた裕樹を、琴子は笑顔で出迎えた。
裕樹が傍にいれば、きっともう声もかけられないだろう。

「お前、だらしない顔をしているからつけこまれているんだよ。」
「え!それってお金を貸せとか?」
「馬鹿か、お前は。」
「じゃあ、どうして?立っているだけなのに。」
「はあ…。」
裕樹は呆れて声も出ない。
ここまで鈍感とは。

そして裕樹が戻って来ても、琴子は男たちから話しかけられ続けている。
自分の魅力に全く気が付いていない琴子を見ながら、裕樹はジュースを一気に喉に流し込んだ。



やがてダンスが始まった。
夫婦で来ている者などが手を取り合って踊り始める。
その中には直樹と沙穂子の姿もあった。

結婚を前にした二人は、踊りの輪の中で一層輝いている。
見ている者たちの中から、溜息がもれる。

「素敵…。」
琴子もその中の一人だった。
紀子からのアクセサリーで自信をつけている今夜だが、沙穂子はその辺の宝石など足元も及ばない宝石を身につけている。
それは「直樹の愛情」という、沙穂子しか身につけることが許されない宝石であることを、琴子は知っている。
愛されているという自信が、ここまで沙穂子を美しくしているのである。

「私も…。」
直樹に愛されたいなど、大それた望みを抱こうとは思ってはいない。
だが、直樹と踊れたらどんなに…。
今沙穂子がいる位置に、自分も立つことができたら…。

しかし、それは許されないことであることも、琴子はよく分かっていた。
「裕樹くん。」
琴子は隣の裕樹に声をかけた。
「私たちも踊ろうか?」
「ええ?やだよ、お前踊れないじゃん。」
「だから、こうやって。」
琴子は裕樹の手を取った。
そしてその場でブンブンと振る。
「おい、何だよ。」
「せっかく素敵な曲が流れているんだもの。」
曲に合わせて体を軽く動かす琴子。渋々付き合う裕樹。

踊りながら、直樹はふと目を観客の中に向けた。
琴子が裕樹の手を握って楽しそうにしている姿が目に飛び込んできた。

なぜ、あそこにいるのが自分じゃないのだろうか。
踊りながらそのようなことを考える直樹。
琴子が手を取っているのが裕樹ではなく、自分だったらどんなにいいか。



「…直樹さん、やはりお疲れなのでは?」
踊り終えた後、沙穂子は直樹に訊ねた。
「足元がちょっと…。」
琴子に目を奪われ、危うく躓く所だったことを直樹は思い出した。
「少しあちらでお休みされますか?」
「いいえ、大丈夫です。」
直樹は沙穂子を安心させるように笑った。
やがて沙穂子は、知り合いとおしゃべりを始めた。

一人残った直樹は考えをめぐらせる。
どうして自分は、気が付いたら琴子を見ているのだろうか。
何故に琴子の一挙一動がこんなに気になるのか。
自分以外の男たちに囲まれている琴子を見ると、どうしてこんなに腹が立つのか。
沙穂子がどんな男と話そうが、何をしようが直樹はさして気にもならないというのに。
その時、直樹の脳裏に一つの単語が浮かんだ。
それは「嫉妬」という単語だった。
他の男たちの目を奪うために、琴子を美しく装わせたわけではない。
自分がパーティーで輝く琴子を見たいがために、一番似合うドレスをデザインし作り、アクセサリーを選んだのだ。
それでは、どうして自分はそこまで美しい琴子を見たかったのか。


evening-kotoko
♪illustration by ぴくもん様




「俺は…琴子を愛しているんだ。」
漸く、自分の本心に直樹は気がついた。
だから嫉妬をし、琴子が何をしているのか何を考えているのかが、気になるのである。



そして直樹は、ホールの隅に目をやった。
琴子がまた、若い男たちに囲まれていた。

「もう決まったお相手は?」
「いえ、そのような方は。」
「でしたら僕が立候補をしましょうか。」
「そんな。」
琴子はからかわれていると思い込んでいるが、男たちは結構本気なのである。



話している内容は直樹の耳にまで届かない。
だが、直樹の目には琴子が楽しそうにしているように映る。
それを見ている直樹の胸は痛み始めた。



直樹はそっと、テラスへと出た。
そこは誰もいなかった。

欄干にもたれ、直樹は空を見上げる。
――俺は琴子を愛していたんだ。
直樹はやっと自分の気持ちに気がついたのだった。

「だからといって、どうしようもないよな。」
直樹は自嘲気味に笑った。
沙穂子との結婚はもう目前なのである。
今、琴子への愛情を気がついたからといって何ができよう。

そもそも、琴子は自分に対して何の感情も抱いていないに違いない。
あくまで琴子は自分を雇い主としか見ていないことは、直樹にもよく分かっている。

だったら…。

「直樹さん、大丈夫ですか?」
そこまで考えていた時、沙穂子が外に出て来た。
「やはり御気分が悪いのですね。」
心配で青ざめている沙穂子を、直樹は眺める。

そう。自分が結婚するのはこの女性なのである。
もう後戻りもできなければ何もできない。進むしか道は残されていない。

だったら、今気がついた琴子への想いは誰にも気付かれるわけにはいかない。
封印するしかない。
そのためには…。

直樹は沙穂子の手を取った。ダイヤの指輪が輝いている。

「直樹さん?」
心配している沙穂子の頬に直樹は手を置いた。
そしてその赤い唇に…自分の唇を落とした。

自分が愛さなければいけないのは、この女性なのだと言い聞かせるためにキスをする。
キスをすれば、愛することができる。琴子のことなどきっと忘れる。

「…直樹さん。」
直樹が沙穂子に笑顔を作ろうとした時だった。

「あ…ご、ごめんなさい。」
沙穂子の向こうに、琴子がいたのである。
琴子も人ごみに疲れ、ここで休憩しようと思ってやって来たのだった。

「ごめんなさい…。」
もう一度謝ると、琴子はホールの中へと足早に消えた。

「…見られてしまいましたわね。恥ずかしい。」
沙穂子は顔を赤く染め、俯く。口ではそう言っているものの、嬉しさが隠せないといった様子である。
しかし直樹の目に、そんな沙穂子の姿は入っていなかった。
よりによって一番見られたくない人間に見られてしまったということしか、直樹の頭の中にはなかった。



琴子はホールを出て、薄暗い廊下に座り込んでいた。
「また…見ちゃった…。」
泣きそうになる琴子。だがまたパーティーに戻らなければいけない。
泣いた顔で戻るわけにはいかないと、必死で堪えた。

あのような場所でキスをするくらい、直樹は沙穂子を愛しているのである。
ドレスを作ってもらい、アクセサリーを見立ててもらったくらいの優しさなど、沙穂子へ対する愛情の足元にも及ばない。
「馬鹿みたい…いい気になって。」
そんなことで有頂天になっていた自分が恥ずかしい。
いっそこのまま消えてしまいたい。琴子は唇を噛みしめ涙を堪えながらそのようなことを思っていた。



ホールに戻った直樹は、琴子の姿を探す。
そして先程同様、男たちに話しかけられている琴子を見つけた。

琴子は笑っている。楽しそうに、笑顔を浮かべていた。

自分が沙穂子にキスをしていたところを見ても、琴子には何の関係もないのだ。
自分が何をしようが、琴子は気にも止めない。
琴子が必死で笑顔を作り、自分のことを忘れようとしていることなど、直樹は気付かない。
ただただ、琴子は自分に何の感情も抱いていないことを知らされ、直樹は拳を握りしめた。

自分が本当にキスをしたいのは、今笑っている琴子の唇なのである。
だがそれに気がついたとて、琴子が直樹を何とも思っていなければ意味はない。

今の直樹に出来ることは、沙穂子にキスをした唇を親指で乱暴に拭うことだけだった。









「探さないで下さい」という書置きを残して、どこかへ旅に出たい気分です…。

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

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