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2011.12.08 (Thu)

一輪の花 9


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「ったく、何で僕がこんな所まで付き合わないといけないんだよ。」
家を出てからここに来るまで、裕樹は何回同じセリフを口にしているだろうか。
「ごめんね。でも一人じゃ心細かったんだもん。」
そして琴子も同じ理由で何回謝ったことか。
「他にお願いできる人、いないし。」
「ったく…ほら、入るぞ。」
裕樹は洒落た作りのドアを押した。
「あ、待って。」
慌てて琴子が追いかける。



パーティーに出ることを一度は決めた琴子であったが、大変なことに気が付いて直樹に断りを入れたのは少し前のことだった。
「何で?」
直樹は琴子に理由を尋ねてきた。
「その…ドレスを持っていないから。」
小さくなって答える琴子。
直樹は琴子の普段の服装を思い出す。言われてみれば、琴子は今着ている服を入れて三着くらいしか持っていないかもしれない。

「だったら…。」
琴子にパーティーに出ることを勧めた翌日、沙穂子から直樹の元に電話があった。
「もしよろしければ、琴子さんにドレスをお貸ししようかと…。」
琴子がいつも似たような服を着ていることを、沙穂子も気が付いていたらしい。
琴子が望んだのならいつでも連絡をと、沙穂子は言っていた。

「そういうことで、パーティーには出られません。それでは。」
下がろうとする琴子を「待て」と直樹が呼びとめた。

「ドレスを持っていないのなら。」
琴子は振り返った。
「…作ればいいだろう。」



そういう理由で琴子は、ドレスを作る店にやって来たのだった。

「まあ、裕樹坊ちゃま!すっかり大きくおなりで!」
店に入ると、これまたおしゃれな格好の女主人が裕樹に目を細めた。
この店は直樹と裕樹の母、紀子のドレスを作っている店だということなので、裕樹のこともよく知っているらしい。

「前にお会いした時は、確かよちよち歩きの赤ちゃんでいらしたのに。」
「…だから来たくなかったんだよ。」
男の子にとって、小さい頃のことを言われるのはかなり恥ずかしいらしい。



「こちらが相原様でいらっしゃいますわね?」
直樹から連絡があったのだろう。琴子を見て主人はニッコリと笑った。
「よろしくお願いします。」
「お任せ下さい。とびきりのドレスをお作りいたしますから。」

店内に飾られているドレスはどれも素晴らしいもので、琴子は暫し目を奪われていた。

「いいのかなあ…。」
採寸をしてもらいながら、琴子は思い出していた。
勿論、直樹に作ればいいと言われた時琴子は断った。
それではドレスを作れと要求しているも同然だと思ったからである。
そう琴子が話すと直樹は、
「賞与と思えばいい。」
と答えたのである。

「私が出なかったら、沙穂子さんが変に気にするものね。」
きっと落ち込む沙穂子を見たくないためなのだろう。
自分に向けられた優しさからの行動ではないと、琴子は変な勘違いをしないよう自分に言い聞かせた。


「細身でいらっしゃいますね。」
「はあ。」
施設も学校も、「生きることができる程度」くらいしか食事が出なかったので、痩せているとは思っている。上手い褒め言葉もあるものだと琴子は苦笑した。
そのせいか、胸の方も控え目である。



「承っているのはイブニングドレスですが、お気に召したものはございましたか?」
採寸を終えた後主人に尋ねられた琴子は、
「い、いぶにんぐ?」
と目を白黒させた。
「ええ。ご覧になっていた物は丁度イブニングドレスですわ。」
「そうなのですか。」
そう言われても…琴子はマネキンを見る。
どれも素敵だが、これがいいという物は特になかった。
しかし、これは直樹の好意(理由はどうあれ、そう思うことにする)からのことである。自分がどうこう選ぶ資格はない。
おかしな格好でなければいいかと、琴子は思うことにした。

「それにしても、こんなに肩を出さなければいけないのでしょうか。」
見本のドレスはどれも肩や胸元が大きく広げられ、肌の露出面積が大きい。
「夜のパーティーはお肌を見せるドレスが正装とされておりますから。」
「ええ、そうなのですか?」
自分の体型では胸が余って困るだろうと、琴子は途方に暮れてしまった。

「もしよろしければ、こちらはいかがでしょう?」
迷っている琴子に気がついたらしく、女主人がデザイン画を出してきた。
「わあ…。」
そのデザイン画に描かれたドレスはやはり肩が出ているデザインではあるが、襟の開き具合は鎖骨が見える程度であった。
色はワインレッド、腰の部分に大きなリボンが一つ付いているシンプルなデザインであるが、そのシンプルさを琴子は気に入った。

「お色が白うございますから、このドレスの色も映えることでしょう。」
主人は店員に同じ色の生地を運ばせ、琴子の体に合わせてみる。
「やっぱり。」
「…素敵。」
その色は琴子に本当に合っていた。
琴子はこのデザインのドレスを作ってもらうことにしたのだった。

「ふああ…やっと決まったか。」
ずっと退屈そうにしていた裕樹が欠伸をした。



その晩、直樹の元に一本の電話がかかって来た。
「…思った通り、相原様はあのドレスをお気に召しました。」
それは昼間、琴子が訪れた店の主人からの電話だった。
「そうですか。」
「でも悔しいですわ。」
受話器の向こうで主人が笑う。
「私共プロがデザインしたドレスが負けるなんて。それも今までデザインをされたことのない方の作品ですもの。」
それを聞いた直樹はクスッと笑った。
「驚きましたわよ。突然デザイン画をお持ちになって店においでになった時は。」
「失礼しました。」
「でもお客様のお喜びになるものを作るのが私共の仕事ですから。きっと良くお似合いになることでしょう。」
主人はそう話すと「他言は絶対しません」と約束をして電話を切った。

琴子が気に入ったものがなかったらこれを出してみてほしいと、直樹は自分で描いたデザイン画を店主に託していたのだった――。



そしてパーティー当日となった。

「…おかしい所、ないかな?」
何度も鏡の前で確認をし、琴子は部屋を出た。
「踏まないように気をつけないと…。」
サラサラと流れるような裾のドレスをまとい、琴子はゆっくりと廊下を歩いていた。

そして直樹も支度を終え、タキシード姿で廊下を歩いていた。
「あ…。」
「え…?」
二人はばったりと出くわした。

正装姿の直樹を見るのは初めてであるが、その眩し過ぎる男ぶりに琴子は目がくらみそうになった。
そして直樹は琴子をじっと見つめていた。
まさかここまで似合うとは。
デザインした直樹本人の想像以上に、琴子のドレス姿は美しかった。

「あの…ドレス、どうもありがとう。」
そういえばお礼がまだだったかもしれないと、琴子は言った。
「ああ…。」
直樹はそれしか言わなかった。
「どこか変?何か間違ったこと、している?」
このような格好をするのは生まれて初めてなのである。何かマナー違反をしてしまっているかと、琴子は不安になった。

直樹は琴子の全身を見て、何かが足りないような気がしていた。

「アクセサリーか…。」
ふと直樹の口からそのようなことが漏れた。
「え?アクセサリー?」
琴子はいつも下ろしている髪の毛を、今日はドレスに合わせてアップにして巻きあげていた。が、そこには何も飾りはなかった。
そして美しい白い首筋にも、何も飾りはない。

「そうか…。」
ドレスは作ったものの、装飾品まで考えが及んでいなかったことに直樹は気がつく。
ドレスを持っていないのだから、アクセサリーなど持っているはずがない。

そのままでも悪くはないが、せっかく正装しているのだからと直樹は思った。

「来い。」
直樹はそう言うと、サテンの長手袋をはめた琴子の手を引っ張った。
「え?ちょ、ちょっと?」
一体どこへ連れて行かれるのかと思いながら、琴子は直樹に引っ張られて行った。

「ここは?」
連れて行かれたのは、ソファとテーブルが置かれている小さな居間のような場所だった。
「親父とお袋専用の居間。」
「ええ!?」
そのような部屋に、しかも本人たちが留守の間に他人の自分が入っていいのだろうか。
「隣が寝室。ちょっと待ってろ。」
「待ってろって、ちょっと!」
まさかパーティーを前に昼寝でもしに来たというのだろうか。それを見張らせるために自分を連れて来たとか。
そのようなことを考えているうちに、直樹はすぐに戻ってきた。
その手には箱が抱えられていた。
「すごい…。」
琴子は言葉を失う。
その中にはこれまた見事な指輪、ネックレス、ブローチなどのアクセサリーが輝いている。

「おふくろの物で悪いけれどな。まあ若作りだからお前がしてもおかしくない物も、一つや二つはあるだろう。」
「いや、それはまずいでしょう!」
琴子は手を振った。
「お母様の大事な物じゃない!そのような物を勝手に使ったら…。」
「平気だよ。そういうことを気にする人じゃないから。」
「でも!」
「いいから、好きなのを選べ。」
時間がないと直樹にせかされ、琴子は一つ二つ、手に取る。
が、どれも美し過ぎて自分には似合わないような気がしてやはり断ろうと思った時だった。

「これなんていいんじゃないか?」
直樹がネックレスを取り出した。

「ほら。」
そして琴子の首元にあてて見せる。鏡の中に映る琴子の白い肌に、プラチナとダイヤモンドが輝く。決して派手ではないそのデザインを琴子も気に入った。
「これ、それと対か?」
そして直樹はおそらくセットであろう、同じプラチナとダイヤモンドのイヤリングを取り出した。
言われるがまま、琴子は耳につけた。

「髪はこれがいいか。」
髪の毛にもダイヤが散りばめられている飾りを直樹は付ける。

「本当にお借りしていいの?」
「ああ。使わずにしまっておく方が勿体ないだろ。」
宝石を元の場所に戻した後、直樹は琴子を見た。

「…変じゃない?」
琴子はまだ不安が残っている。
変どころかまさかここまで変わるとは。直樹は内心驚いて言葉が出ずにいた。

「あの?」
「…馬子にも衣装。」
直樹は意地悪く笑った。
「はあ!?」
先程までの優しさは幻だったのかと、琴子は目を吊り上げた。

そして二人は部屋を出る。

「お兄様…あ。」
こちらもタキシードに身を包んだ裕樹がやって来た。
が、二人の姿を見て黙り込んでしまった。

「ええと…沙穂子さんの車が到着したって。」
「分かった。」
それを聞いて琴子は現実に引き戻された。
直樹にはきちんとエスコートをする女性がいる。
それを目にするのは胸が痛むが、ほんの僅かな時間、直樹が自分のために色々と考えてくれたことで琴子は少し前向きになれた気がする。

直樹が行った後、裕樹は琴子を見た。
「何?」
「…ごめん。」
「え?何て言ったの?よく聞こえなかった。」
聞き返す琴子に、裕樹は言った。
「…馬子にも衣装。」
「ちょっと!!」
また琴子は目を吊り上げる。本当にろくでもない所が似ている兄弟である。

「今日は裕樹くんがエスコートをしてくれるのよね?」
「ふん。まったくいい迷惑だ。」
琴子は笑った。

「それじゃ、私たちも行きましょう。」
琴子はしずしずと先を歩き始める。
その後ろ姿を見て、裕樹は先程謝った理由を思っていた。

――もう少し僕が遅くここに来れば…二人きりの時間がもっとあったのに。

直樹と琴子、二人があまりにもお似合いであることに裕樹は驚いていたのだった。
そしてもう少し、もう少しだけ、二人が並んでいる姿を見ていたかった。

「裕樹くん、エスコート役が来てくれないと!」
いつまでも来ない裕樹を琴子が呼ぶ。
「お前さ、そんな格好の時くらい静かにしてろよ!」
いつもの憎まれ口を叩きながら、裕樹は琴子の元へと急いだのだった。



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