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2011.12.06 (Tue)

一輪の花 5

沙穂子さんを出したら、やっぱり火がつきました(笑)





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「許嫁…か。」
入江家本邸で用意された部屋に入り、琴子はベッドにあおむけになった。
「そりゃあこんな豪邸に暮らしていれば、そんな人だっているのが当然だわ。」
目を閉じると、直樹と沙穂子、二人が並んだ姿が脳裏に浮かぶ。
美男美女でお似合いだと誰もが思うだろう。

「まあ、私には関係ないことだけどね。」
自分は(自称)家庭教師なのであり、裕樹のことを考えていればいいのである。
しかも何も教えられないというのに、ここに置いてもらえているのだから感謝しなければいけない。

そこへノックの音がした。
「はい?」
慌てて琴子は起き上がった。
「あの、相原先生に…。」
やってきたのは女中だった。



琴子がノックすると中から「どうぞ」という直樹の声が聞こえた。
重厚な扉の向こうは応接間である。琴子は静かに扉を開けた。

「お呼びとか…。」
女中が告げたのは、応接間に来るようにとの直樹の伝言だった。
一体何の用だというのか。

「ごめんなさい。私がお会いしたくて直樹さんにお願いしたのです。」
琴子の姿を見て立ち上がったのは、沙穂子だった。
「直樹さんにご紹介していただきたくて。」
笑う沙穂子はまるで大輪の牡丹が咲いているかのように見える。

確かに見たことのない女が婚約者と一緒にやってきたら、おかしいと思うだろう。
沙穂子が紹介してほしいと思ったことも当然だと琴子は思った。

「はじめまして。大泉沙穂子と申します。」
沙穂子は琴子の前に立って、丁寧に挨拶をした。
「はじめまして。相原琴子です。」
琴子も挨拶をする。
「琴子さんは…?」
一体どんな関係なのかと知りたいのだろう。
「あの、裕樹くんの家庭教師なんです。」
「まあ!裕樹さんの家庭教師なんてとても頭がよろしいのね!」
沙穂子は心からそう思ったらしい。
「ええ…と…そう…でしょうか?」
何と答えていいのか迷いながら、琴子は直樹と裕樹を見る。二人は琴子を助ける様子もなく、紅茶を飲んでいた。

「それじゃ、私はこれで。」
一家庭教師がこれ以上邪魔をするわけにはいかない。
琴子はそそくさと応接間を出て行こうとした。が、それを沙穂子が止めた。

「お待ちになって。琴子さんもこちらで御一緒にお話をしませんか?」
「え?」
沙穂子は別に自分をどうこう疑っているわけではないらしい。
「でもお邪魔じゃ…。」
「とんでもないです。女性は私一人なんですもの。お年も近いようですし、ね?」
小首を傾げる沙穂子は、本当に可愛いと琴子は思った。

「あの…。」
直樹はどう思っているのだろうか。
ここで沙穂子の話に乗ってしまって、後から「空気を読め」「邪魔するな、ばあか」と悪口雑言を浴びせられてはたまらない。

「お言葉に甘えたら?」
カップを置きながら直樹が答えた。
「いいのですか?」
琴子は沙穂子にもう一度、確認を求める。
「もちろん!さ、お座りになって。今お茶を運ばせますわ。」
沙穂子は自分の隣に琴子の席を用意する。
そこまで言われては仕方がない。琴子は言われるがまま、沙穂子の隣に座った。



「別荘ではまた乗馬を?」
沙穂子が直樹に訊ねる。
「ええ。久しぶりに楽しみました。」
直樹が優しい笑顔を沙穂子へ向けた。
「今度は沙穂子さんもご一緒に。」
「まあ。でも私、馬に乗ったことはありませんのよ。」
「大丈夫です。最初は俺と一緒に乗ればすぐに慣れますよ。」
「ま…。」
沙穂子の顔がポッと赤くなった。

――はいはい。愛しい婚約者様はあなたの前に座らせるんでしょうね。

珍しいクッキーをかじりながら、自分は身幅がどうこうだからと後ろに座らされたことを琴子は思い出した。

「琴子さんは、馬は?」
沙穂子が琴子に話題を向けた。
「え?いいえ、私はそのような高尚な趣味は持っておりません。」
少し嫌味かなと思いながら、琴子は直樹を見た。直樹の顔色は全く変わっていない。
「女性はなかなかできませんわよね。」
そして沙穂子も嫌味に取らなかったようである。

そこへ執事がやって来た。
「旦那様からお電話でございます。」
その声にいち早く反応したのは裕樹だった。
「お父様からだ!」
そして裕樹は直樹も一緒にと手を引っ張るように、応接間を出て行った。

残されたのは琴子と沙穂子だった。



「おじ様、大分よくなられたようで安心したわ。」
沙穂子は独り言か、それとも琴子に話しかけているのか分からないように口にする。
「一時はどうなるかと、直樹さまも大層心配していらしたもの。」
「そうでしょうね。」
何となく相手になる琴子。

「あの…。」
ふと琴子は沙穂子に訊ねた。
「直樹さんはいつも…あんな感じなのですか?」
「あんなとは?」
沙穂子がまた首を傾げた。
「その、あのように優しいのかと…。」
先程から見ていると、自分に対する態度とは天と地の差がある。
いや、直樹は弟である裕樹よりも、沙穂子に対する態度が優しい。

「ええ。」
沙穂子は嬉しそうに頷いた。
「直樹さんはいつもお優しいです。」
「そうですか…。」
心の中で「嘘でしょう」と言いながら、琴子は平静を取り繕った。

「本当にその…。」
そこで沙穂子はまた頬を赤く染める。
「その?」
琴子が先を促すと、はにかみながら沙穂子は答えた。
「…二人で出かける時は本当にエスコートも完璧ですし。何でもご存知ですし。」
「はあ…。」
二人で出かける時なんてあるのかと琴子は驚く。が、婚約しているのだから当然といえば当然であるとすぐに思い直した。

「いつ婚約されたのですか?」
尋ねながら琴子は、沙穂子の指に大きなダイヤモンドの指輪があることに気がついた。
「私が華族女学校に通っていた頃です。あの時はお嫁入りなんてまだ先でいいと思っていたのですけれど、お見合いで直樹さんとお会いしたら…。」
沙穂子は大事そうに指輪を撫でながら話した。
「…絶対この方のお嫁さんになりたいって思って。あら、はしたないですわね。」
沙穂子は恥ずかしそうに笑った。
「いいえ。とてもお幸せそうです。」
華族のご令嬢の一目ぼれから始まった恋かと琴子が合点した時、兄弟が応接間に戻って来た。



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