日々草子 鴛鴦文様(おしどりもんよう) 8
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鴛鴦文様(おしどりもんよう) 8

気がついたら一か月近くも空いてしまっておりました。
続きを楽しみにしていると言って下さった方、またはひっそりと思って下さっている方、申し訳ありませんでした。

あちこちのサイト様で「他のサイト様が素敵な話を書かれる中…」というものを拝見しましたが、私も同様(笑)。
他のサイト様が素敵な話を書かれるであろうこの時期に、非常に外れた内容の話を書いている私です。









「商売繁盛の神様ですか?」
今日も指に針を刺しながら懸命に縫物を習っているお琴。
「ええ、ここからそんなに遠くないんだけど。」
そのお琴を辛抱強く教え続けながら、紀子は参拝客が多いことで知られる神社の話をしていた。
「つぶれかけた呉服屋さんが再起したとか、ぼてふりのお豆腐屋さんがお店を構えられるようになったとか、御利益がすごいんですって。」
「すごい!」
お琴は目を輝かせて紀子の話に感心している。
「私もお参りしてこようかな。」
「まあ、直樹さんのために?」
「はい!」
お琴はまるで紀子がその神様であるかのように、手を合わせる。
「師匠がいいお仕事できますようにって。お留守の間に私ができることはそれくらいしかないので。」
「まあ…まあ…お琴ちゃん!」
紀子はお琴の両手を握る。
「何て素晴らしいお嫁さんなのかしら!」
「そんな…だって。」
お琴は手を握られたまま、膝の上の縫物に目をやった。何度も縫ったり解いたりの繰り返しで布は既によれよれになっている。
「お料理もお裁縫も全然上達しないし。そんな私ができるのはお参りくらいしか。」
「そんなことないわ、お琴ちゃん!」
紀子が叫んだ。
「こんな素敵なお嫁さんが傍にいるだけで幸せです!」
「義母上様。」
何もできない世間知らずな自分を、そこまで言ってくれる姑にお琴は胸がつまった。

「それじゃ、これから出かけてきますね。」
「これから?」
「ええ。だって義母上様は裕樹さんのお師匠様に御挨拶へ伺うんですよね?」
紀子はこれから、裕樹の素読の師匠宅に挨拶へ行くことになっていた。師匠の妻が還暦を迎えるのでその祝いの品を届けるためである。
「義母上様のお留守の間に行って参ります。」
紀子が在宅している時は、嫁として色々教えを受けたいのである。
「だったら誰かを供につけましょう。」
「いいえ、大丈夫です。一人でぶらぶらと散歩がてら出かけてまいります。」
少し前までは朝から晩まで常に多数の奥女中たちに囲まれて過ごしていたお琴である。
一人で行動できる自由を味わうこともこれからは楽しみたい。

紀子から詳しい道順を聞いたお琴は、紀子が出かけるのを見送った後に出発した。



「ええと、こっちを右に曲がれば小間物屋さんが…。」
紀子に教わった通りに歩いているはずなのだが、目印となる筈の店は見当たらない。
「おかしいなあ?」
誰かに訊ねようかと思って、お琴は辺りを見回すが皆忙しそうに歩いていて呼び止めることは憚られた。

「おかみさん?」
困っていた琴子に救いの神が舞い降りて来た。
「啓太さん!」
「どうしたんですか、こんな所で。」
「啓太さんこそ。」
直樹が留守の間は、啓太も休みということになっている。
「俺は家がこの近所なもので。ちょっと買い物に出たんです。」
「あ、そっか。一人暮らしだって言ってたものね。」
鴨屋で暮らしているわけではないことは聞いていたが、まさかこの近所に住んでいたとは。

「この辺に商売繁盛の御利益がある神社があるって聞いたのだけど…。」
「ああ、あそこかな?」
近所に住んでいるだけに、啓太はすぐにピンと来たらしい。
「そこをまっすぐに行って…。」
啓太は手を上げてお琴に分かるよう、丁寧に道順を説明した。
「わかった!そっか、小間物屋さんは左にあるのね。右にあると思ってたから!」
お琴は啓太に礼を言って、歩いて行った。

「商売繁盛…か。」
そのお琴の後ろ姿を、切なそうに見つめる啓太。
きっとそれも直樹のためなのだろう。
「俺のためになんて…あるわけないし。」
一抹の寂しさを覚えながら、啓太は自分の買い物のために歩き始めた。



書物問屋で物書きの参考にする書籍を無事に見つけられ、啓太は足取り軽く家へと戻っていた。
「あれ?」
反対側から歩いてきたのは、お琴だった。

「おかみさん!」
「あ、啓太さん!」
啓太の姿を見つけたお琴は、タタタと駆け寄ってきた。
「お参りは無事に…。」
「それがいくら探しても、見つからないの!!」
「ええ!?」
啓太は腰を抜かさんばかりに驚いた。
今、啓太がいる場所は神社のある場所と遠く離れている。
一体自分が教えた道順を、お琴はどう捉えていたのか。

「もしかして!」
お琴はハッとなった。
「その神社、つぶれたとか…。」
「んなことありませんよ。」
商売繁盛の神社がつぶれたなんて、縁起でもない。
「じゃあ、どうして見つからないのかしら?」
ぐすんとべそをかいているお琴の姿に、啓太の胸がどきりと鳴った。

「…一緒に行きましょうか?」
啓太の申し出に、べそをかいていたお琴の顔がたちまち輝いた。
「いいの?」
「…このままじゃ、おかみさんはずっと到着しませんからね。」
「ありがとう!」
二人は並んで歩き出した。



「あら、最初に啓太さんと会った所からすぐだったのね。」
啓太のおかげで難なく目的地に到着したお琴はけろっとしていた。
「そうですよ。」
「うーん、何で迷ったのかしら。」
「それはおかみさんが…。」
言いかけた啓太は止めておく。せっかく気分をよくしているお琴である。

神社はこじんまりとしているが、参拝客は結構多い。
「さ、お参りしましょう。」
巾着からお財布を取り出しお賽銭をお琴は準備する。
啓太も付いてきたということで、一緒に参拝することにした。

鈴を鳴らし、二人は神妙に手を合わせた。
啓太は手を合わせながら、薄眼を開けて隣を見る。
お琴は真剣な表情で目を閉じて祈っていた。



「…神様がおかみさんのお願い、聞いて下さるといいですね。」
参拝を終えた後、啓太は何となしに口にした。
「そうね。」
「やっぱり、先生のことですか?」
こんなことを尋ねても自分が傷つくだけだと知りつつも、啓太は尋ねずにいられない。
「ええ。師匠がいいお仕事を沢山できますように。師匠のお話に感動してくれる人が増えますようにって。」
やっぱりそうかと啓太は小さく溜息をついた。
お琴の中には直樹しか存在していないことを思い知らされてしまった。

「あと、啓太さんが立派な物書きになれますようにって。」
「え?」
自分の名前が出て啓太は驚いた。
「ちゃんとお弟子さんのこともお願いしないと。だっておかみさんだもの。」
お琴は当然のように言い、笑っている。
「だから頑張ってね。」
「…はい。」
自分のこともちゃんと覚えていてくれたことが啓太は嬉しかった。

「啓太さんもそれをお願いしたのでしょう?」
今度はお琴が尋ねて来た。
「え?」
「やだ。何を驚いているの?」
お琴はクスクスと笑った。
「あ、はい。そうですね。」
「あんなに真剣にお願いしていたんだもの、神様も聞いて下さるわよ。」
「…。」
黙り込んだ啓太に気がつかず、お琴は茶店を見つけた。

「連れて来てくれたお礼に、御馳走するわね。」
はしゃいでいるお琴に啓太は笑いかける。

―― おかみさんをいつか“お琴”って呼べる日が来るように。

そう願ったことを自分の胸にしまいこみ、啓太は茶店に入った。



「…こちらの神社は御利益があるそうで。」
茶店で二人に声をかけてきたのは、大店の主の風格のある男性だった。
「ええ、そうなんですよ。」
お琴がつぶれかけた呉服屋の話などをすると、男性は「そうか、やっぱり来てよかった」と頷いた。
「…ご夫婦で参拝とは仲がよろしいですな。」
並んで座っている啓太とお琴を見て、男性がにこやかに言った。
「いえ、私たちは…。」
「その…。」
同時に弁明しようとする二人だったが、そこに男性の供の者がやってきてしまった。
「それでは」と、男性は二人を夫婦と思い込んだまま店を出て行ってしまった。

「…ごめんなさいね。」
お琴が啓太に謝った。
「何か変な風に誤解されてしまって。」
「別に気にしていません。」
啓太は鷹揚に笑う。
夫婦に間違われたことは嫌ではない。むしろ嬉しいくらいである。
もしかしたら、もう御利益があったのかもしれない。そんなことを考える啓太だった。





「それ、お琴ちゃんにか?」
直樹が手に取っている品を見て、渡辺屋は笑いかけた。
「…子供みたいなやつだから、こんなのでも喜ぶかと思ってね。」
お琴の名前を聞いた、店番の女たちは明らかにがっかりした顔をした。
「お前に決まった人間がいると知って、悲しんでる。」
「何を言ってるんだか。」
渡辺屋が耳打ちしても、直樹は相手にしない。

「お前、入る店、入る店で女たちの視線を集めていたもんなあ。」
「気のせいだろ。」
直樹は手にしていたひよこの形の置物を見比べている。
一つ一つ手作りという、その木彫りのひよこをお琴が喜びそうだと直樹は思う。

「これにするか。」
愛らしい目がぱっちりとしているひよこを選び、直樹は店の者に渡した。


「すごく愛想のない店番だったな。」
店を出た後、直樹は少し怒ったように渡辺屋に話す。
「だから、お前に女がいると知ったから愛想をよくする必要がなくなったからだって。」
自分がどれだけ恵まれた容姿をしているか、少しは理解しろと渡辺屋は親友へ告げた。
「女じゃあるまいし、見てくれを褒められてもな。」
「一度言ってみたい台詞だな。」
気の置けない親友同士の会話は続く。

「珍しくお琴ちゃんに土産を買ったんだな。」
一緒になる前は何も買ってやらなかったのにすごい進歩だと、渡辺屋は笑った。
「寂しい思いをさせたからな。」
一緒になって離れ離れになるのは初めてだった。
直樹の実家にいるとはいえ、心細い思いをしているだろう。
「俺が浮気とかしているんじゃないかとか、変な妄想を繰り広げているだろうし。」
「ああ、それはあるだろうな。」
そう言った途端、直樹にギロリと睨まれて渡辺屋は首をすくめる。

「お前がお琴ちゃん以外の女に目もくれなかったってことは、俺が証言してやるから。」
「別にその必要はないけど。」
直樹はひよこの置物を入れている懐にそっと手を当てる。
その顔がとても優しい笑顔であることを、渡辺屋はしっかりと見ていた。


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水玉さん♪可愛いお琴ちゃんを、ありがとうございます!!

一生懸命さピカイチのお琴ちゃん~♪
方向音痴(たぶん)のお琴ちゃんが一人で神社へ?。。たどり着けるのかな?大丈夫かな?。。と。。そこに啓太が舞い降りてきた!よかった!。。いや。。ま・ず・い。。のかも。。。?

“商売繁盛の神社がつぶれたなんて、縁起でもない。”←(爆笑)

啓太の願い事、
“―― おかみさんをいつか“お琴”って呼べる日が来るように。”
。。。ちょっと切なかったです。。。

タタタと駆け寄ってきた。。ぐすんとべそをかいている。。などなど。。本当にお琴ちゃんは可愛い~~~!!
。。。啓太の中で可愛いお琴ちゃんの存在がどんどん膨らんでいくのは止められないでしょうね!

どんな展開が待っているのかな?続き、、、わくわくとお待ちしております♪

待ってました!お琴ちゃん!
届かぬ恋情を夢見てしまう啓太は可哀想ですが、2人の間にはナノイオンすら通れない‥
この後お琴ちゃんが師匠に泣かされないか心配です(汗)

コメントありがとうございます。

あおさん
ありがとうございます!
そうです、お琴ちゃんはこちらでも方向音痴なんですよ。だからいつまでたっても目的地にたどり着けない。
そしてそんなおかみさんを放っておけない啓太くん。
そりゃあ惚れてしまいますよね。
そして、商売繁盛の神社がつぶれる…に反応して下さってありがとうございます!
今回は啓太くん、ちょっと切ない感じにしてみました。
誰かが応援したくなっちゃうような感じになればいいなあと思いつつ♪

ちぇりさん
ありがとうございます!
二人の間にはナノイオンすら…←爆笑
本当にラブラブな二人なんですよ、この時までは…。
それにしてもこの後に泣かされることを予想されているのが笑えました。

拍手コメントありがとうございます。

まあちさん
ドナドナをどれだけ楽しみにしていらっしゃるんだか(笑)
でもこれがばれたら、確かに大魔神降臨ですよね。
こんなに優しい師匠だったのに…と思うくらいに変貌するような気がします。

ひろりんさん
ありがとうございます。
おかしいなあ、拍手コメントは非公開なのに、なぜか皆さん、「大魔神」を連発しておいでなのですが(笑)
偶然っておそろしい…(笑)
うちの大魔神はそんなに怖いですか?
書いている方は「まだ足りないか…」といつもどこかしら、物足りなく思っています。
今回も一応、こうしようと決めて入るのですがそれでも物足りないかなあと迷ったりしています。

ぴくもんさん
ナレーションがキートン山田なのは、オタク部だけかと思っていたら、こちらでも(笑)
確かにあの冷静な声でのツッコミは笑えるものがありますよね!
薄目で隣のお琴ちゃんを盗み見して、そのまま「ガオーッ」と襲う…と、神前でそんなことない、ない。
でも商売繁盛の神様に横恋慕のお願いをするところから、もう啓太は冷静ではいませんよね。
そして、師匠!
ひよこちゃんを暢気に選んでいる場合じゃなかろうに(笑)

佑さん
大丈夫!
一応お土産はちゃんとお琴ちゃんの手に渡ります!

Foxさん
そうなんです。
この時点までは師匠はまだ穏やかでした。
嵐の前の静けさといいましょうか、何といいましょうか…。
いつ豹変するか!あまり突然という印象にならないようにしたいのですが…多分無理ですね(笑)

紀子ママさん
ありがとうございます~!!!
このサイトにそこまで思って下さって!本当に嬉しいです!頑張ろうと思えました^^
確かにこの啓太さんは純粋ですよ。
思わず応援したくなるような啓太をめざして書いておりますから!
ゾンビ元妻…(笑)確かに彼女に比べたら可愛いものですよね。
でもゾンビも必要不可欠なんですよ、メロドラマには!!
こちらの啓太はそんなに悪い人ではないので、そこはご安心を!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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