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2011.10.08 (Sat)

鴛鴦文様(おしどりもんよう) 7


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直樹は剣の師匠に呼ばれて、その家に出向くことになった。
何でも直樹が嫁取りをしたことを噂で聞いたらしい。
師匠は江戸から少し離れたところに隠居所を構えていることもあって、しばらく会っていない。
だが直樹が物書きの道に進んでも、変わらず弟子として気遣ってくれる、文字通りの恩師だった。

そこで直樹は同じ弟子だった渡辺屋を誘い、泊まりがけで出かけることにした。


出発の朝。

「渡辺屋さんとは途中で待ち合わせなんですよね?」
甲斐甲斐しく直樹の支度を手伝うお琴。
「ああ。お前もそこまで付いてくるか?」
直樹はお琴に笑いかける。
「もう…そんな意地悪言うんだから。」
お琴は口を尖らせた。
「出かけたくても出かけられない格好だって知っているくせに。」

お琴は今朝も洗い髪だった。
数日とはいえ、直樹がお琴と離れるのは一緒になってから初めてである。
啓太に対する嫉妬心も手伝い、昨夜はまた直樹はお琴の髪を滅茶苦茶にしてしまったのだった。
もっともお琴が外に出られない理由はそれだけではなかったのだが。

「師匠が出かけたら、髪結いさんにお願いします。」
「あ、そ。」
そんな会話をしていた時、直樹は玄関を叩く音に気がついた。
こんな朝早く誰だろうと思って戸を開けると、そこに立っていたのは啓太だった。

「何だ、今日から出かけるから来なくていいと言ったのに。」
「ですが、先生のお見送りだけでもと思いまして。」
いかにも律儀な啓太らしい行動だった。

「ま、啓太さん!」
直樹の後ろから啓太を見つけたお琴が驚く。
「おかみさん…。」
啓太はお琴の髪を見て、複雑な表情を浮かべた。
「あ、ごめんなさいね。こんな格好で。」
人に見られたくないと思っていたのに、見られてしまったお琴は顔を背けてしまった。
その時、お琴の首筋に赤い痕が点々と残っていることを啓太は見つけてしまった。

「それじゃ、行くから。」
直樹はお琴が自分のものであることを啓太に十分見せつけたことに、少しの安堵を覚え草履に足を入れた。
「あ、ちょっと待って下さい!」
慌ててお琴が火打ち石を手にした。
「それはいい!!」
この間のことを思い出した直樹が、手で制した。
「魔除けですから!」
「せえの」という掛け声とともに、お琴は火打ち石を鳴らそうとした。

が、またもや勢いが強すぎてお琴の手からそれが飛び出してしまった。
そしてその石は立っていた啓太めがけて飛んで行く。
しかも啓太は背を向けて立っていた。

「危ない!」
お琴の声が玄関に響く。
さすがに直樹も止められなかった。

しかし、くるっと振り返った啓太がそれを受け止めた。
それはまるで、背中に目が付いているかのような行動だった。

「すごい、啓太さん!」
見事な啓太の技に、お琴が手を叩く。
「もう絶対当たると思ったのに!」
「いえ…たまたまです。」
啓太は頭に手をやりながら、お琴に石を返した。

と、そんな騒動があったものの直樹は無事に出発した。



「痛いっ!!」
「あらあら、お琴ちゃん。大丈夫?」
紀子がお琴の手元を覗きこむ。
お琴は紀子に教わりながら、直樹の着物を縫っていた。
そして今日も指に針を刺していた。

「少しお休みしましょうか。」
「はい。」
直樹の留守の間、お琴は入江家に泊まることになっていた。
お琴一人では不用心だからである。

「でも直樹さんたら、こんな可愛い新妻を置き去りにして出かけるなんて!」
文句を言う紀子。
「兄上は今頃、羽を伸ばしているだろうね。」
そして今日も裕樹が茶々を入れた。
「羽?」
「何もできない嫁と離れられて、綺麗な女と遊んでいるんじゃないの?」
そして裕樹は、お琴の縫いかけのものを手に取った。
「何これ、雑巾?」
「裕樹!その口を今すぐ縫いつけてあげましょうか?」
紀子が針を手に裕樹に近づく。
「おお、怖っ!」
裕樹がサッと逃げた。

「もう裕樹は!どうしてああやってろくでもないことを口にするのかしらね。」
紀子が怒りながら戻ってきた。
「お琴ちゃん、あの子は無視しましょう。」
「でも…本当に下手ですよね。」
お琴はすっかりしょげてしまっていた。
「そんなことないわ。段々上手になってきているわ。」
「でも…。」
「ほら、落ち込んでいる暇はなくてよ!」
紀子は明るくお琴を励ます。
「…そうですね!」
紀子の励ましに、お琴の顔も明るさを取り戻した。
「師匠がお留守の間に、覚えることが沢山あるんです。師匠の好物の作り方でしょう?着物の縫い方も!」
「まあ、お琴ちゃんは…!」
紀子はお琴をギュッと抱きしめた。
「本当になんて可愛くて健気なお嫁さんなんでしょう!こんな可愛いお嫁さんがいるのに浮気なんてしたら許せないわ!そんなことしたらもう勘当よ、勘当!」
「そんな義母上様!」
「いいえ!浮気したら直樹さんなんて追い出して、お琴ちゃんにもっといい婿を迎えましょう!」
紀子にとって、お琴は実の娘同様であった。だから、その可愛がり方は尋常ではないのである。

「義母上様。」
お琴が紀子を見た。
「…一生懸命努力すれば、いいお嫁さんになれますよね?」
「もちろんですとも!」
またもや紀子はお琴を抱きしめる。
「今でも十分いいお嫁さんですからね。可愛い私の娘のお琴ちゃん!」
そして二人はお茶を飲んだ後、また針を手にしたのだった。



「…何を考えているんだ?」
「入江が嫁を取った」と師匠から根掘り葉掘り聞かれて困ったものの、直樹は嬉しかった。
その師匠が休んだ後、直樹と渡辺屋は二人居間で酒を酌み交わしていた。

「何って?」
渡辺屋の問いに直樹が聞き返す。
「この間からお前、何だか難しい顔を時折見せている。」
渡辺屋は心配していた。
特に啓太が傍にいる時、直樹の様子がおかしい。

「もしお前が色々困るなら、啓太君の修業は中止しようか。」
元々試しに一月と言っていた。そろそろその期間も終わる。
「…それじゃお前が困るだろ。」
啓太は渡辺屋の大事な取引先の関係者である。
「うちはいいよ。何とかなるさ。」
渡辺屋は笑った。
「…大丈夫だ。なかなか見どころがある奴だし。」
それは本当のことだった。
気が利くし、仕事も早い。
このまま弟子として育ててみたい気持ちも、直樹の中に湧きあがってきている。
…お琴に何もしなければの話だが。

渡辺屋も、親友と啓太の間にお琴が何かからんでいることは薄々気が付いていた。
しかし、それは直樹から口に出すまでは黙っているつもりだった。
夫婦間は夫婦にしか分からないこともあるだろう。

「啓太って、鴨屋と何かあるのか?」
今度は直樹が尋ねた。
「うーん…そうだなあ。」
渡辺屋は腕を組んだ。
「…鴨屋の御隠居がとにかくよろしくって、俺みたいな若造に頭を下げたんだよな。」
「あの大店の御隠居が?」
「だから…俺は思ったんだけど。」
「何をだ?」
「…啓太君は御隠居の隠し子なのかもしれない。」
「鴨屋って今の主は誰だっけ?」
「御隠居の娘夫婦だよ。子供は一人しかいないからね。」
仕事一筋で世間の評判もいい一家だと、渡辺屋は話した。
「一人娘が跡を継いでいる所に、隠し子が出てきたら困るってわけだな?」
「そうだろうね。だけど年を取ってから出来た子は可愛いだろう。で、御隠居は俺に頭を下げたって訳じゃないかと思ってる。」
渡辺屋の話を聞きながら直樹は、お琴も似たような話をしていたと、渡辺屋に話した。
お琴は隠し子とまでは思っていないようだが、居心地が悪くて家を出たというのは当たっているのかもしれない。


「…お琴ちゃんと仲睦まじくやっているんだよな?」
唐突に渡辺屋がそんな疑問を口にする。
「一応ね。」
相変わらず素直にならない直樹に、渡辺屋は苦笑した。

「でも不安になるんだ。」
直樹が呟いた。
「不安?」
「…いつかお琴が俺の前からいなくなるんじゃないかって。」
そう語る直樹の横顔は寂しそうだった。
「相原家から何か言って来たのか?」
直樹は黙って首を横に振った。
「それなら…。連れ戻す気があるのなら、とっくにそうしてるだろう?」
「まあな。」
直樹の顔は晴れない。

「でも何も言ってこないってことは、許しは得てないって意味だろ?」
確かに直樹の言うとおりである。
許すのならば一言くらい寄越すだろう。
何も言ってこないのは、正式に許しを得てないというも同然だった。

「大名家っていうのは本当に勝手な所があるからな。いい縁談があったら突然迎えに来るんじゃないか?」
「それでも…お琴ちゃんはお前を選ぶと俺は思う。」
渡辺屋ははっきりと答えた。
「お琴ちゃんは柱につかまってでも、お前の傍から離れようとしないよ。絶対に。」
直樹の口元が少し緩んだ。
「…だといいけど。」
「信じろよ。」
「でも。」
緩んだ口元がまた真一文字になってしまった。

「花嫁衣装も着せてられない甲斐性のない男だからな、俺は。」
「お琴ちゃんが着たいって言ってるのか?」
「いいや。あいつは祝言なんて形式だから必要ないって。」
「お琴ちゃんらしいな。」
渡辺屋が笑った。
「俺を気遣っているんだよ。」
「それもあるかもしれないけれど、形より心が結ばれていればいいって思う子だよ、あの子はさ。」
渡辺屋は気弱になっている親友を懸命に励ました。
そんな思いもあって、最近の直樹は様子がおかしかったのかもしれない。

「…着せてやりたいな、あいつに。」
直樹が呟いた。
「俺も見たいよ、お琴の花嫁姿。」



「でもお琴ちゃんと俺、結構気が合うんだな。」
話を変えようと、渡辺屋は努めて明るい声を出した。
「啓太君の素性について、同じようなことを考えていたなんて。」
「…偶然だろ。」
機嫌の悪い声を出し、直樹は渡辺屋を睨んだ。
「何だよ?俺と気が合うと面白くないわけ?」
「別に。」
口ではそう答えているが、面白くないというのは明らかである。

「お前、本当にお琴ちゃんに惚れているんだなあ。」
渡辺屋はつくづくそう思った。
「そりゃ、惚れているから一緒に暮らしているんだろうが。」
「まあ、それはそうだろうけれど。」
素直なんだかそうじゃないんだか、渡辺屋は呆れる。

「時々さ。」
「ん?」
まだ当てつけられるのかと覚悟しながら、渡辺屋は酒を直樹に注いだ。
「…あいつを好き過ぎて、どうしていいか分からなくなる。」
「え?」
「好きだから自分だけのものにしたい。その想いが強くなり過ぎるんじゃないかって不安になる。」
「…完全に惚気だな。」
そう笑った渡辺屋の顔が、すぐに真顔になった。
「入江。」
「何?」
「…愛し過ぎて、逆に傷つけないようにな。」
啓太のことが相変わらず気になる渡辺屋は、それだけを言うのが精一杯だった。


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*Comment

★もっとノロけていいよ~笑

更新ありがとうございます。
いつになく、素直に琴子への想いを口にする直樹。カワイイ!
渡辺さん、「ノロける」直樹には苦笑ですね。
啓太への嫉妬、苦しんでますね・・・でも、一人前に育てたい!
うーん、複雑な気持ちですね・・・
啓太の生い立ちには、どんな秘密が有るんでしょう???
続きも楽しみにしてます。
REE |  2011.10.09(Sun) 00:24 |  URL |  【コメント編集】

★REEさん、ありがとうございます。

コメントのお返事が遅くなって申し訳ありませんでした!

もっと惚気ても…そう、私もそんな入江くんが見たいんですよね!!
もう今、甘甘が書きたくて読みたくてウズウズしております。
で、書けずに悶々としているという(笑)

なんだかんだと、入江くんはいい師匠でもあるんですよね。
その気持ちと琴子ちゃんへの気持ちをどう兼ね合いをつけるのか。

また落ちついたら続きを書きます♪
水玉 |  2011.10.13(Thu) 23:05 |  URL |  【コメント編集】

★拍手コメントありがとうございます。

拍手コメントもお返事が遅くなり、申し訳ありませんでした!!

Foxさん
確かにお琴ちゃんは気持ちはぶれていないんですよね!
直樹がまた勝手に悩んでいるだけという(笑)
これは頑張って一人で乗り越えていただかないと!
渡辺屋さんは、そんなウジウジ入江くんが心を開くいい友達なのです^^

ひろりんさん
いや、そんなことないです!
なんか最近うまく書けなくて←いつものことか
渡辺屋さんは入江くんに唯一、意見ができる人といっても過言じゃありませんからね~。
その渡辺屋さんのアドバイスを入江くんはちゃんと覚えているのかどうか。
きっとすぐに忘れてしまいそうです。取り返しのつかないことをしてしまった後に気がつくのではないかと思います。

ぴくもんさん
も~ぴくやんのところですっかり甘甘スイッチが入っちゃいました!!
なんかまだ色々書きためているものがおありのようで(ニヤリ)
そうなんですよ、お琴ちゃんは正式に許可をもらっていないんです。
その中途半端な立場が、余計入江くんを不安にさせるんでしょうね。
入江くんとしては、お琴ちゃんが離れて行ってしまう不安もあるでしょうし。
ま~私の一番弱い正座攻撃ですか!!
もうどれだけ私を苦しませるのやら(笑)

紀子ママさん
そうなんですよ。
うちの入江くんは自分の猜疑心で琴子ちゃんを傷つけますからね。
あなたの頭には愛されているという自覚はないんかいと突っ込みたいくらい(笑)
こんなにかわいいお嫁さん、どこを探してもいないでしょうに…。

るんるんさん
もう師匠は髪を崩す天才ですから(笑)
それにしてもどれだけ激しい夜をお過ごしなんだか…。
この気持ちをいつまでも忘れずにいてほしいのですが、多分無理でしょう(笑)

佑さん
確かに空回りかも…。
入江くん、自分で勝手に悩んでますしね~。
水玉 |  2011.10.13(Thu) 23:44 |  URL |  【コメント編集】

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