日々草子 鴛鴦文様(おしどりもんよう) 6

鴛鴦文様(おしどりもんよう) 6

前回はコメント&拍手をありがとうございました!!
江戸話は本当にいつも心配で心配で…。
いや、他の話もいつも受け入れられるか心配でたまらないんですけれど!
ちょっぴし、話も進んだんじゃないかなあと思っておりますが、いかがでしょう?







「おはようございます。」
朝からやって来るようになった啓太が、元気のいい声を響かせた。
が、いつも笑顔で啓太を迎えてくれるお琴の姿が、そこになかった。

「おはよう。」
直樹の方はいつもと変わらない。
「あの、おかみさんは…。」
台所にもいる様子はない。
「ああ、髪結いが来ているから。」
直樹は顎で別室を指す。
「髪結い?」
啓太は首を傾げた。
この間もお琴は結い立ての髪をしていた。それから三日も経っていない。

「まあ、こんな感じでも俺たちは一応新婚だから。」
そんな啓太の疑問を察したかのように、直樹が口を開いた。
「え?」
「…お前も子供じゃないんだから分かるだろ?」
意味ありげな視線を直樹は啓太へ向けた。
「あ…。」
啓太の顔が下から赤くなっていく。それを横目に直樹は続ける。
「俺がつい手加減を忘れてしまうのが、悪いんだけどな。」
「…。」
啓太はどんな表情を作ればいいのかも分からない状態のようだった。

「あら、啓太さん!」
そこへ綺麗に髪を結ったお琴が現れた。
「おはよう。」
「…おはようございます。」
啓太はそれだけを口にすると、庭掃除をするために出て行ってしまった。
「どうかしたのかしら?」
様子がおかしい啓太にお琴は怪訝な顔をする。
直樹はお琴を構うことなく、黙って部屋に入った。

「あそこまで言わなくてもよかったか。」
大人気ないことをしたと反省しつつも、困っていた啓太に直樹は微かな満足を覚えていた。
別に啓太がお琴に懸想しているわけではないとは思う。
しかし、漠然とした不安が直樹の中にずっとあり続けている。
啓太が来る日の前夜はそんな不安が爆発して、お琴の髪を崩してしまうほど乱れてしまうのだった。



「こんにちは!」
渡辺屋がやってきたのは、八つ時だった。
直樹の話の進行状況の確認と、啓太の様子を見に来たのである。

「どう?啓太くんは慣れたかい?」
直樹が参考にしている書物を片付けていた啓太に優しく声をかける渡辺屋。
「はい、おかげさまで。」
啓太は手を止めて答える。
「そろそろ、何か書いてみたら?」
「いや俺なんてまだまだ。」
啓太はとんでもないと手を振った。
「先生の書かれた物を拝見していると、この世界も厳しいものだと実感しております。」
「そうよ、啓太さん。」
お琴が口を挟む。
「この世界はね、本当に簡単に成功するものじゃないの。」
「何でお前は偉そうなんだ。」
呆れる直樹を目にも入れず、お琴は続ける。
「もうね、私なんて何を書いても師匠に破られてしまうし。」
「それはお前がろくでもない物を書くからだ。」
「でもね、あきらめずに続けたらいつか世に出る日が来る。そう信じて頑張ってるのよ。」
「永遠に来ないと思うけどな。」
「入江、押さえて。」
ボソボソと、お琴に突っ込みを入れる直樹を宥めるのは渡辺屋の役目である。

「だからあきらめずに頑張りましょうね。」
「はい。」
啓太は笑いを堪えながら返事をした。
啓太もお琴が書いたものを時折読むが、その奇想天外さに密かに笑い転げているのである。

その様子を直樹が複雑な表情で見ていることを、渡辺屋は見逃していなかった。



渡辺屋が帰った後、お琴は買い物に出かけた。
そして直樹は再び執筆に、啓太は書物の整理に戻る。

啓太はそこに落ちていた包み紙を拾い上げた。
それは渡辺屋が土産に持ってきたわらび屋のものである。

「おかみさんはここのお菓子がお好きなんですね。」
ふとそんな言葉を啓太は漏らした。
「…俺も今度買ってこようかな。」
直樹の筆が止まった。

「お前はそんな気遣いしなくていい。」
冷たい言葉を直樹は啓太へ投げつけた。
「でもいつもお世話になっていますし。」
好意のつもりで口にしたことを否定され、さすがに啓太もいい気持ちがしない。
「いい。弟子はそんなことする必要はない。」
「しかし俺は何もお返しをしておりません。おかみさんはいつも食事とか気遣ってくださるのに。」
いつもなら「はい」と素直に引き下がる筈が、なぜか啓太はムキになっていた。
それがどうしてか、啓太自身にも分からない。

「それがあいつの仕事だ。あいつはお前が俺の弟子だから優しくしているだけだ。」
「それは分かっています。」
何で直樹はそんなことをわざわざ言うのだろうか。啓太は苛立ちを覚えた。
しかし一番不可解なことは、当たり前のことを言われて腹を立てている自分の気持ちだった。
「…分かっているならいい。」
直樹は初めて自分に逆らうような態度を見せた啓太に戸惑いを覚えつつ、また筆を手にした。
啓太も自分の仕事に戻った。



そんな男たちの気持ちに気がつかないのは、当のお琴本人だった。
男たちもお琴の前ではいつもと変わらない態度なのだから、無理はない。

ある日のことだった。
「啓太さん、ちょっとお願いできる?」
掃除をしていたお琴が啓太を呼んだ。
「これを取るから、そこで受け取ってほしいの。」
お琴は踏み台に乗って、棚から荷物を下ろそうとしていた。
「俺がやりますよ。」
「大丈夫よ。」
「いや、俺の方が背が高いですし。」
「大丈夫だってば。」
そう言ううちに、棚から荷物を下ろしていたお琴の体が揺らいだ。
「危ない!」
啓太が叫んだ時には、お琴は踏み台から足を滑らせていた。

「痛たたたた…。」
体の上に落ちた箱などをどかしながら、お琴は顔を上げた。
「え!啓太さん、大丈夫?」
そのお琴の下敷きになっていたのは、啓太だった。
啓太は仰向けになって、お琴の体を庇ってくれていたのである。
「おかみさん、怪我は?」
苦しそうにしながらも、啓太はお琴を気遣う。

「ごめんなさい。やっぱり素直にお願いすればよかった…。」
自分が意地を張ったために、啓太にまで危うく怪我をさせるところだった。
お琴はしゅんとなってしまった。
「大丈夫ですよ。俺、体は頑丈ですから。」
落ち込むお琴を励まそうと、啓太は笑った。
「でも…。」
落ち込んでいるお琴は、啓太の上に体を乗せたままである。

啓太の手がお琴の背中に回った。
そしてそのまま、ゆっくりとお琴の体を抱きしめる。

――え?
抱きしめられているような感覚を覚えるお琴。
啓太はお琴に悟られないよう、そっとお琴の体を抱く。

「ご、ごめんなさい、重かったでしょ!」
少しした後、我に返ったお琴は慌てて身を起こした。
「少し重いです。」
お琴は「ひどい!」と啓太の冗談に言い返す。
それを見て啓太は笑いながら体を起こした。



その様子を襖の隙間から直樹が見ていた。
気分転換に外に出ていて、玄関に入ったところで騒ぎに気がついたのだった。
「…。」
直樹は二人に声もかけることなく、黙ってその場を立ち去った。
脳裏にお琴と啓太が抱き合っていた様子をしっかりと焼きつけて――。



「あ、ごみが散らかってしまいましたね。」
啓太は自分の態度を誤魔化すように、話題を変えた。
辺りには包み紙やら団子の串が散らばっていた。

「違うの、それはごみじゃないの!」
それらを拾い上げる啓太の手を、お琴が慌てて止める。
そしてお琴は包み紙や串を集めると、大事そうにそこに落ちていた綺麗な箱へ収めた。

「これは…師匠がくれたものなの。」
「先生が?」
そんなごみをどうして妻にと、啓太は不思議に思う。
「そう。師匠が私にくれたもの。私の大事な宝物。」
お琴はその屑が入った箱を何よりも大事そうに抱きしめた。
「師匠がくれたものは、どんなものでも宝物なの。」
そう語るお琴の表情は、とても幸せに溢れていて美しい。

自分がどんな高い物をお琴に贈ったとしても、このごみより大事にしてもらえないだろう。
そう思った啓太の胸は張り裂けそうになったのだった。


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おはようございます♪

水玉さん、『鴛鴦文様』のお話、シリアス路線ですよね!?(笑)
お話、テンポの良さからか、可笑しくって!(笑)
“啓太の顔が下から赤くなっていく”啓太の堅物で、実直さが出ていて好きです!でも直樹さんの反応はそれ以上にいい味が出ています♪(笑)
直樹さん、わざわざ襖の隙間から見ているし。。不安がそうさせたのね!(笑)
-------------------------

以下シリアス路線コメ^^
啓太、お琴ちゃんが感じたように今まで寂しい事情があったのかな?
啓太の寂しい心に温かくて可愛いお琴ちゃんが少しずつ入ってきていて。。
お琴子ちゃんの宝物を知り、ごみとしか思えない包み紙やら団子の串を大事に抱きしめるお琴子ちゃんに、弟子だから。。の現実を思い知らされたのね。
そして、そんな可愛らしくて、いじらしいお琴ちゃんが啓太の心にいっぱいになった瞬間のような気がしました。。。

続き楽しみにお待ちしております!!

髪結いさんも大変だ!笑

更新ありがとうございます。待ってました!
モヤモヤ師匠、啓太を揺さぶってますね~笑。
琴子も知ったら、啓太同様、真っ赤になってアワアワしちゃうんでしょうね!啓太の来る前日の夜は、師匠としてのお仕事はお休みなんですね。ウフッ。度々、髪結いさんのお世話になるほどって。ぐふふ。
これは完全に、啓太の一人立ちより「ママの願い」の方が先かしら??? 続きも楽しみにしてます。

あおさん、ありがとうございます。

こんばんは♪

シリアスだったのかコメディなのか。もはや書いている本人も分からない状態に(笑)
そもそも私自身はシリアスはあまり得意じゃないような気がする~←今さら

啓太くんが琴子ちゃんに惹かれる理由を見つけるのに、ちょっと苦労しました。
何か起きないときっかけがないだろうし。
それにしても、この「めでたし~」からの一連の入江くんは…完全にストーカーですよ!!(笑)
なんか怖い、怖すぎる!!
家政婦は見たならぬ、「直樹は見た」になってる気がします!!
ああ、かっこいい入江くんに戻さないと!←いつもじゃん

REEさん、ありがとうございます。

この時代って、調べてみたら月に二、三回くらいしか髪の毛を洗わないらしいんですよ。
もっとも髪の毛自体は結い直しているんだろうか…?
でも結うのだってお金かかるので、そんなに頻繁に頼まないだろうし。
お琴ちゃんみたいに頻繁に結っていたら、そりゃあ色々勘ぐられますよね(笑)

啓太の来る前の日の夜は師匠はおやすみって(笑)
一日置きに大変な夜になっているわけですよね。まあまあ(笑)

拍手コメント、ありがとうございます!

佑さん
ゴルゴ入江の降臨(笑)
でもゴルゴ入江は謎だらけですが、こちらの入江くんは素直と言えば素直かも!
佑さんをハラハラさせるのが、もはや私の生きがいです(笑)

紀子ママさん
絶対追い出す…と、うちの入江くんは絶対どんなシリーズでも一度はそれをするんですよね。
追い出さない入江くんもたまには書かないとだめかしら?
ちょっとうちの入江くん、嫉妬深すぎるのかも…。
ウサギの世界を楽しんでいただけて何よりです。
すっかり入り浸ってしまって…私(笑)

Foxさん
挑戦状、叩きつけましたよ~!
さすがにこれはまずいでしょうって感じですが、師匠もむやみにあおっているからお互い様ですよね。
でも相手は人妻なんですよね~そこんとこ、ちゃんと分かっているのかしら、啓太くんは?
渡辺屋さんの出番…私も必要かと思って次回に登場させております!

あけみさん
この時代って髪の毛を結ったまま寝ているから、乱れるくらいのことってちょっと色気を感じるかなと思いまして。
でも本当、入江くんはそれくらい琴子ちゃんを愛しているんですよね。
琴子ちゃんに辛く当るのは勘弁…とよく言われますが、絶対皆さん、それを楽しみにしているはず(笑)

えまさん
本当に大変みたいで。
最初は自分で結っていたらしいんですよ。でも、だんだんと派手な髪形が流行してくると自分の手に負えなくなって、髪結いさんを頼むようになったらしい。それで女性の髪結いさんが人気を呼んで、髪結いの亭主なる言葉まで生まれたそうです。
なかなか調べると面白いです♪

rinaさん
もうちょっとですね!もうちょっと嫉妬入江くんまでお待ちください♪
…て、何の宣伝をしているんだか、私は(笑)

まあちさん
本当に呼び水になってしまった感じですよね。
でもまあちさんも、ドナドナ琴子ちゃんが降臨してくるのを楽しみに待っているくせに~!!
というか、入江くんは完全にストーカー化しているし。
そんでもって、肝心なところは見ていないし!
だから後で大騒ぎになるんですよね~。

プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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