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2011年09月03日(土)

後輩ときどき先輩 上

先に謝ります。
あんまりイリコト、出番がないです。すみません!
それなのに書いたら長くなりました。すみません!
だから上と下に分けました。すみません!



【More・・・】




―― 五分経過…。

私は患者さんにばれないよう、そっと時計を確認する。
そして、目の前で入浴準備をしている入江さんを見た。

あーあ。それじゃあチューブにお湯が入っちゃうわよ。
入江さんはモタモタと保護テープを患者さんの体に挿入している点滴のところに貼っていた。
が、既にそのテープには皺が寄り端がめくれはじめている。

うーん、やっぱりまだ、入江さんに入浴介助の準備は早かったか。

ブルルッ!!
患者さんの体が少し震えた。

まずい、タイムリミットだわ。


「入江さん、交代しましょう。」
「桜井さん。」
入江さんは少し残念そうな、少しホッとした顔をした。

「琴子ちゃん、落ち込むなって。」
患者さんが後ろに下がった入江さんに優しく声をかける。

まただ。
「入江さん」じゃなく「琴子ちゃん」。
まだ入職して3カ月くらいだってのに、すっかり下の名前を患者さんに覚えられている入江さん。

私なんて「桜井さん」と呼ばれたことも…あんまりないのに。
なんか空しさを覚える今日この頃。

看護師なんて…やめちゃおうかなあ…。



「はい、できました。」
「お、ありがとう!」
患者さんは私に笑顔を向けた。
「さ、それじゃあ行きましょうか。」
そして私は入江さんに、患者さんのバスタオルや着替えなどを出させた。



私の名前は桜井珠美。
斗南大学医学部付属病院の外科病棟に勤務して5年の27歳。
最近、新人看護師の指導担当になったばかり。
その新人というのが…。
何でこんな人が看護師になれたんだろうっていうくらいの酷い新人。
国家試験もよく受かったものだと思う。
いや、その前に実習をよくクリアできた…いやその前に看護科によく入れた…ああ、いけない、いけない。キリがないわ。

この新人の担当で最近、私は頭が痛い。
もっとも頭が痛いのはこれだけじゃないんだけどね。

…3年付き合っている恋人になかなかプロポーズされないってことも頭が痛いのよ。
え?それは公私混同じゃないかって?
いいじゃないの、相手もこの病院にいるんだもの。




はあ、珠美さんにプロポーズできるのはいつなんだろうか。
僕なんて…しがない耳鼻科医だし。
毎日毎日、人の鼻の中を覗く生活だしなあ。
こんな男が、あんな素敵な女性にプロポーズなんて許されることなんだろうか?


「山本先生、おつかれですか?」
看護師さんが気遣ってくれた。
「いえ、そんなことは。」
いけない、いけない。
今は仕事中だった。

「そういえば、外科の患者さんは来ましたか?」
「それがまだなんですよ。」
時計はもう約束の時間を過ぎていた。
外科に入院している患者さんが、耳がちょっとおかしいからということで診察に来ることになっているんだけど。

「すみません、遅れました!!」
大声と共に患者さんが到着したのは、それから十分後のことだった。
「すみません!こちらが…ええと…沢登さんです。」
「沢井です。」
「あ、そうでした。沢井さんです。よろしくお願いします。」
ぷっ。
僕は思わず噴き出した。
だって、看護師が間違えた名前を患者さん本人が訂正するなんて。

「はい、沢井さんですね。ええと耳ですね?」
僕は沢井さんのカルテを確認した。
御年87歳の女性。うーん、お元気そうでなにより…といっても入院しているんだから元気じゃないか。

「…沢井さんの耳は、長い間使ってきたからちょっとお疲れのようですね。」
何てことはない。一言でいうと加齢による難聴だった。
「え?」
沢井さんは聞き返す。僕は同じセリフをゆっくりと、少し低い調子で繰り返した。
「長年…ああ、確かに。私も80歳ですからねえ。」
うーん、7歳サバを読んだか。やはり女性だけに年齢にはデリケートらしい。



「先生、ここに来るまで色々楽しかったんですよ。」
沢井さんがウフフと笑いながら話す。
耳の病気じゃないことを知って安心したんだろう。

「何があったんですか?」
僕はゆっくりと訊ねた。
「あのねえ、琴子ちゃんが道に迷ってねえ。」
「もう、沢井さんたら!」
その琴子ちゃんという看護師が顔を赤くした。
「ここに来るまで…色々な所に連れていってもらいましたよ。」
「色々?」
「売店だったり、屋上だったり…ウフフ。」
…どれだけ方向音痴なんだろうか?
売店は1階。屋上は文字通り最上階だ。
ちなみに耳鼻科の外来診察室は…二階。

「本当にすみません、沢井さん。」
その琴子ちゃんが頭を下げた。
「いいのよ、いいのよ。とっても楽しかったわ。うふふ。琴子ちゃんに付き添ってもらうと色々なところが散歩できて楽しいもの!」
沢井さん、何ていい人なんだろう。
そしてこの琴子ちゃんも、方向音痴だけれどいい看護師なんだろうな。
普通入院患者って、イライラしているもんなんだよね。
まあ沢井さんが穏やかな性格というのもあるだろうけれど、琴子ちゃんの朗らかな性格も影響がある気がする。


「それに、先生もとてもいい先生だったし。」
沢井さんが今度は僕に話を向けた。
「こんなに丁寧にお話をしてくれる先生、初めて。」
「そうですか?」
褒められて悪い気はしない。僕の頬も緩んだ。
「ええ。私、退院後もこちらの耳鼻科にお世話になるわ。」
どうやら僕は自称80歳のレディに気に入られたようだ。





なかなか入江さんと沢井さんが戻らないから心配して来てみたら…。
今日の耳鼻科外来は山本先生だったなんて!
しかも、中で談笑しているし。
山本先生…やっぱり私みたいな女より若い子がいいの?

何よ、入江さんも入江さんよね。
あんな素敵な旦那様がいるくせに!
山本先生はね、そりゃあ入江先生には外見は及ばないわよ!
でもねえ、今87歳の沢井さんを虜にしたように、お年寄りには絶大な人気があるんだから!!
ふん、こればっかりは入江先生だって足元も及ばないでしょうよ!!

後は私にプロポーズをいつ…あ、これはいいわ。今は関係ない。

ああ、もう知らない!!
入江さんなんて、師長に怒鳴られたらいいのよ。

と、いけない。
そうなると教育係の私も叱られるんだったわ。
ああ、もう、貧乏くじ引いたなあ、私!!



「失礼します。」
「珠…桜井さん!」
珠美さんがどうしてここに?
まさか、僕に会いに来たとか?
そんな、公私混同を何より嫌う珠美さんが。

「入江さん、そろそろ病棟に戻らないと。」
「あ、そうでした。」
ふうん、入江っていうんだ、この子。

「山本先生。」
珠美さんは僕を見た。
「はい。」
「うちの新人がお世話をおかけしました。」
「あ、いえ。」
そうか。
珠美さんの下についている新人なんだ。
さすが珠美さん!
しっかりしているから、新人の教育係になったんだな。
すごいや!

すごいけど…ますます僕がプロポーズしにくくなるなあ…。
はあ…。





「珠美さん、結婚して下さい!」
僕は練習をしていた。
「違うなあ。普通すぎるような。」
屋上は患者さんは立ち入り禁止だから、人がいない。

「珠美さん、山本珠美になって下さい。」
…何か変。

なかなかうまくいかないもんだ。
プロポーズ集とか、今度本屋で探した方がいいかもしれない。

ガタッ。

え?何?
今、何か物音がしたよね?
だ、誰かいるのか?

「…立ち聞きするつもりはなかったのですが。」
物陰から現れたのは、すごい男前だった!
誰だ、こんなかっこいい男、うちの病院にいたっけ?
恥ずかしがる前に、僕はこの男の顔に見とれてしまう。

「ええと…?」
「外科で研修中の入江といいます。」
研修医か。
ああ、思い出した。
外科にすごいイケメン研修医が入ったって、耳鼻科の看護師たちが騒いでた。
珠美さんは何も言わなかったけど。
これってもしかして、僕に気を遣ったのだろうか?だとしたらすごい情けない。

僕は彼の胸に下がっているIDカードを確認した。
入江直樹…ふうん。男前は名前も決まっているんだな。

「僕は耳鼻科の山本です。」
ちなみにフルネームは山本虎太郎。名前の割には弱そうとか言われるけどね。
あ、これはどうでもいいか。


「…どこから聞いていました?入江先生。」
「“毎朝君の味噌汁を飲みたい”からです。」
ああ!!
それって、最初に練習した台詞じゃないか!!

うん?
待てよ?
看護師たちが言っていたよな。
「入江先生は結婚している」って…。

「それじゃ、ごゆっくりどうぞ。」
「ちょっと待って!!」
僕は入江先生の腕を掴んだ。

「何か?」
「あ、あのさあ。」
こんなことを研修医に頼むなんて間違っていると思う。
でも今の僕は…藁にもすがる思いでいっぱいなんだ。

「プロポーズの言葉を考える…?」
入江先生の眉がひそめられた。
う、怖い。

「君も聞いていた通り、ほら僕ってセンスなくて。」
「普通に結婚してほしいって言えばどうですか?」
「いや、それじゃあさあ。」
「それじゃあ、何です?」
「僕みたいな地味な男は、何かインパクトのあるプロポーズが必要じゃないかって。」
「インパクト、いらないと思いますが。」
そりゃあ、君みたいなイケメンはいらないだろうよ。

「耳鼻科は外科に比べたら華がないし。あ、僕の相手は外科の看護師なんだ。」
「で?」
入江先生はそれが誰かとかも聞かない。興味がまるでないらしい。

「外科は毎日メスを手にきらびやかじゃない?僕は耳鼻科医だから、毎日人の鼻の中ばかり見ている男だし。」
「耳と喉の中も見てますよね?」
「あ、うん。」
そういう問題じゃないんだけどな。
「そんな華やかな外科にいる彼女から見ると、耳鼻科は地味でしょうがないだろうし。」
「別に毎日お腹を開いているわけじゃありませんけどね。」
入江先生が少し呆れているのは、僕にも分かった…。



「まあ、西垣先生に相談することも一時は真剣に考えたんだけどね。」
「それはやめておくべきですね。」
入江先生は間髪入れずに、ぴしゃりと言った。
「だって西垣先生はすごくモテモテだよ?」
「斗南大病院のドン・ファンがプロポーズするわけないでしょう?」
「あ、そうか。」
西垣先生は入江先生と同じく外科(後で聞いた話だが、何と入江先生の指導医らしい)の医者で、別名『斗南大病院のドン・ファン』と呼ばれている。
ドン・ファン…プレイボーイがプロポーズなんてしたら、年貢の納め時だ。
あの先生がそんなことするわけない。
それは科が違う僕にも想像できる。



「入江先生のプロポーズは?」
「え?」
「先生は何てプロポーズしたの?
そうだ、先生のプロポーズを参考にすればいいんだ。
さぞ素敵なフレーズが飛び出すことだろう。



「…その場の勢いでしたからね。」
「勢い…?」
「ええ。他の男に取られそうだということを知ったら、足が勝手に動いていて。」
「へえ。」
なかなかドラマチックな感じだったんだ。

「勢いで頬を叩いたし。」
「ああ、うん。勢いで頬をね…って、ええ!?」
「あとは口が勝手に動いて、家族に了解得て、最後に「いいな」って本人に確認しただけです。」

…ごめん、先生。
意味が全く分からない。
状況も把握できない。

勢いで他の男から奪い、家族に先に根回しをしたうえ、頬を叩いて言うことを聞かせて結婚したってこと?
入江先生って、結構バイオレンスな性格…?



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