2011'08.08 (Mon)

はがゆい唇 上


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「バイトとはいえ…。」
斗南大学アニメ部OB矢野は、後輩たちの格好を見て複雑な表情を浮かべていた。
「これくらい似合っている奴らもいないな。」
「ひどいなあ、矢野さん。」
「そうですよ。」
後輩たちはブーブー文句を言う。

「でも時給は結構いいんですよ。」
「そうそう。涼しい場所にもいられてクーラー代を節約できるし。」
「な!」と顔を見合わせて笑う、青木、白山、黄原の三人。
それぞれ不気味な幽霊姿をしている。
青木は幽霊というより、子泣き爺という様子。
白山は無駄に伸ばしている長髪を生かした、四谷怪談に出てくるお岩。
黄原にいたっては、墓場で運動会している、父親は目玉の少年の格好。

彼らのバイト先、それは大学近くの大きな公園で夏限定のイベントとして設置されているお化け屋敷だった。
時給もそこそこよく、万年貧乏学生のアニメ部部員たちがこのアルバイトに飛び付いたことはいうまでもなかった。
というより、彼らの場合は変装などせずとも、そのままで幽霊役を務めることができよう。

ちなみに彼らが今いる場所は、いつも拠点としている部室である。彼らは本番に備えて衣装チェックと称して予行練習をしていたのである。

「ここで稼いだお金を元手に、ドンをやっつける方法をまた考えましょうよ。」
青いアイカラーを器用に塗りながら、白山が矢野に言った。
「ドン…くそ!どんだけ俺たちをコケにしたら気が済むんだ。」
矢野はテーブルを叩いた。
思い出したくない人間を思い出してしまったのである。
それはドンこと、入江直樹。

「…待てよ?」
二発目のパンチをテーブルに食らわせようとした矢野の手が止まった。
「これでドンを痛めつけられるんじゃないか?」
「ええ!?」
念入りにメイクをしていた三人が一斉に振り返った。
「これって、お化け屋敷ってことですか?」
「ドン…あのドンが実はお化けが嫌いとか?」
「あのドンがピーピー泣きながら逃げ出す所を見られるってことですか?」
「チッチッチッチッ、違う。」
矢野は、昨夜遅くまでフィギュアに色付けを施していたために青く染まった人差し指を振った。

「あいつがお化けなんて怖がるタマだと思うか?」
矢野たちはドンこと、入江直樹の顔を思い浮かべた。
「…思えません。」
「ていうか、お化けの方が怖がりそう。」
「あいつと目が合ったら、石になる気がする。」
「だろう?」
矢野は大きく頷いた。
「だがな、確実にお化けを怖がりそうな人間がいるだろ?」
矢野はウィンクして決めようとした。が、できずに両目を閉じてしまっただけだった。



「ねえ、入江くん!行こうよ!!」
「断る。」
「そんなあ!!ひと夏の思い出をあたしに!!」
「もう思い出は十分だろうが。」
「九州の、あの裕樹くんのコピーロボットみたいな親戚以外にも、思い出がほしいんだってば!」
琴子は半泣き状態で、直樹の体を揺さぶる。その度に直樹のこめかみがヒクヒクとなっていく。

「琴子も懲りないわよねえ。」
「本当。」
二人の様子を見ていた理美とじんこが呆れ果てていた。

大学はまだ夏休みだが、理美とじんこは就職活動のために来ていた。
そして直樹は図書館で調べ物をしたいために来ていた。琴子はというと…直樹の後をくっついてきただけ。

二人が大学へ行く途中、お化け屋敷のチラシを配っていた。
もちろん、直樹は受け取らずに無視をしたのだが、琴子はつい受け取ってしまった。そのチラシを見た途端、琴子の目がキラキラと輝き出したことは言うまでもなかった。

そして今、直樹をそこへ連れて行こうと必死になっているのである。



「大体、琴子さ。あんたはお化けとか大嫌いじゃないの。」
このままでは直樹の怒りが自分たちにも向けられかねないと判断した理美が、琴子に話しかけた。
「うん、嫌い。」
琴子はあっさりと頷いた。
「じゃあ、何で?」
尋ねるじんこ。

「あん、それはね…。」
琴子は目を閉じ、両手を組む。

「…妄想タイムが始まったわ。」
「この癖、何歳になったら治るかしらね。」
ひそひそと話す理美とじんこ。

「だから…あたしがね、“入江くん、怖い!!”って泣きつくでしょ?そうすると、入江くんが“ハハハ。琴子は怖がりだなあ。こんな物が怖いなんて”ってツンっておでこを突くの。あ、優しくね、優しく。」

妄想を語る琴子の傍でデコピンの練習を始めた直樹に、理美たちが青ざめる。

「でね、入江くんはこう言うわけよ。“ほら、俺にしっかりつかまってろ”って。で、あたしがこう…遠慮がちに入江くんのシャツの裾とか掴むんだけど、“馬鹿だなあ。それじゃあ、すぐにはぐれるぞ。ほら、こうやれよ”って、入江くんはあたしの肩を優しく抱き寄せて…。」

グシャグシャと、盛大な音を立ててペットボトルをつぶす直樹。それを見ていた理美たちは更に真っ青になった。

「それでね、暗闇で二人の愛は深まって…。」

「あほらし。」
直樹は原形をとどめていないペットボトルをゴミ箱へ放り投げた。
その音で琴子は現実に戻った。

「入江くん、待ってよ!!ねえ、行こうってば!!」
慌てて琴子は直樹の後を追いかけて行った。



「コトリンの唇を奪う…!?」
矢野の発言に、青木たちは目を丸くした。
「そうだ。コトリンはこういうイベント、絶対食いつく!!」
自信満々に矢野は言い放った。
「確かに、カップル多いしな…。」
「だろ?絶対ドンを誘ってくるぞ?」
「で?そ、それで…唇ってのはどういうことですか?」
青木が鼻息を荒くして、矢野に詰め寄った。

「暗闇の中でうまいこと、コトリンをドンから引き離すんだよ。」
ニヤリと矢野は笑う。
「おお!!」という感嘆の声が青木たちから上がった。

「で、コトリンはドンとはぐれて、パニック状態になる。」
「おお!!」と、またもや上がる感嘆の声。これに気分をよくした矢野は胸を張った。

「その時、コトリンの唇を頂戴するってわけだ。」
「ウホーッ!!!」
赤くなって、耳や鼻、口から蒸気が出ているのではないかというくらいに興奮する青木たち。勿論、矢野も同様である。

「そしてその現場をドンが見たら…。」
「そりゃあ悔しがるでしょうね!!」
「ヒャッホー」と雄たけびを青木たちは上げた。

「コトリンの唇もいただき、ドンをギャフンと言わせる。これぞ一石二鳥だ!!」
「すげえ!!」
「矢野さん、天才!!」
「最高!!」

こうして無駄な計画がまた立てられたのである ――。



「ったく、くだらねえ。」
直樹はブツブツと文句を言い続けていた。
結局、琴子に根負けしてしまったのである。

「あ、結構たくさん来てるね!!」
不機嫌な直樹をよそに、琴子がはしゃいだ。
「見てよ、浴衣の子、結構いるよ。あ、彼も浴衣だ。いいなあ。」
そう言いながら、琴子は直樹をチラリと見た。
「…入江くんも浴衣だったらよかったのに。」
普段着の直樹を見て、琴子は口を尖らせる。
「浴衣を着て来たお前の心境が理解できないね。」
「納涼お化け屋敷といえば、浴衣!」とよく分からない理由で琴子は浴衣を着ていたのである。
二人は行列の最後尾に並んだ。



「や、や、矢野さん!!!」
不気味なお岩姿の白山が、支度部屋に駆けこんできた。
「コトリンがいます!!本当にいます!!しかも浴衣!!」
「ウヒョヒョヒョヒョヒョッ!!」
白山の報告を聞いた矢野たちは、気持ちの悪い笑い声を立てた。
「ドンは?」
「もちろん、セットでついてきています。」
「よし!」
矢野はガッツポーズをした。その矢野の恰好はというと…。

「矢野さん、カツラ、カツラ!!ずれてますよ!!」
「ああ、そうだったな。結構暑いんだよな、これ。」
矢野は鏡に向かってカツラを直す。
あろうことか、矢野は『番町皿屋敷』に出てくるお菊の扮装だった…。

「それにしても、矢野さんの女中姿って…。」
複雑な顔の後輩たちに、
「しょうがねえだろ。これしかやる役がないっていうんだから。」
と、答える矢野。
急遽、矢野もこのアルバイトに参加したのだった。

「まあ、これも全て…。」
「コトリンの唇のためですね。」
そしてアニメ部の部員たちは、横一列に並ぶ。

「んーっ!」
鏡に向かって、四人は一斉に唇を突き出した。そしてそのボリューム溢れる唇に、リップクリームをグリグリと塗り始めた。

「コトリンの唇って、結構ぷっくりしているよな…。」
「どんな味なんだろう?」
「コトリンに悪いから、なめらかな唇にしておかないと。」
口々に言いながら、四人はリップクリームを塗り続ける。

「俺、オレンジの香り!」
「俺はピーチ!!」
「矢野さんは…って!!」
矢野のリップの種類を確認しようとした青木は驚いた。

「矢野さん、それってブランド物ってやつじゃ…。」
「あ、これか?」
矢野は手にしているリップクリームを三人に見せる。
「そうだな、ちょっと奮発しちゃったよ。」
「ムフフフ」と下衆な笑いを立て、矢野はまたリップクリームをグリグリと塗った。


「と、ところで、矢野さん!」
リップクリームを半分以上使ったため、ギラギラテカテカと光る唇を青木は開いた。
「あ、あの…キスって…コトリンとのキスって、ディープもありっすか?」
「ディープ!!!」
この単語に白山と黄原がどよめく。二人の唇もギラギラテカテカである。

「ディ、ディープってお前…それはその…入れるって意味か?」
矢野は後輩たちに負けないギラギラテカテカな唇を、ベロリと舐めた。
「そ、そうです。入れるのは…ありっすか?」
「そりゃあ、お前、勿論!!」
「ヒャッホーッ!!!」
矢野の返事を聞いた後輩たちは両手を上げ、グルグルと回った。

「コトリン、浴衣だって言ってたよな?」
「じゃあ、懐に手を入れるのは?」
「手元狂って帯を解いたらどうしよう?」
オタクたちの妄想はエスカレートしていく一方である。

「ああ、もう何でもありだ!!」
矢野は叫んだ。
「ドンの悔しがる顔を見られれば、もう何でもありだからな!!!」
「よっしゃあ!!!」

「んーっ!!」
そして四人はまた一列に並び鏡に唇を突き出し、リップクリームをグリグリと塗り始めたのだった ――。











いろいろなところで夏をテーマにしたお話を楽しんでいるのですが、私が納涼をテーマにしたらどんな話を書くかなあと思って考えたら…こんな話に(笑)。

最近、本当に自分の文章の下手さを改めて知り、愕然となっていました。フトンとかもう…涙
休んだら少しはまともな文章が書けるようになっているかと思ったのですが…そんなうまい話もあるわけなく。
いろいろな方の文章を読んでいるんだけどなあ…。

ちなみに、続きもかなりくだらないです。
オチもないし、もう何もないって感じで。

書きながら、何となく高橋真梨子さんの「はがゆい唇」が頭の中に流れていました。
「はがゆいのよその唇 キスする場所間違えてる~♪」って歌です。
なのでタイトルもそこから拝借しちゃいました。
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