日々草子 めでたし めでたし 18
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めでたし めでたし 18







いつも通りの悲恋話を完成させ、その売り上げも好調という報告を渡辺屋から受け取った安堵感で、直樹はぐっすりと眠っていた。

ゴトッ…。

物音が聞こえた。
恐らく、通いのおうめ婆さんが朝の支度にやってきたのだろう。
七十を少し超えたおうめ婆さんは、朝が早い。渡辺屋が持っている長屋に住んでおり、小遣い稼ぎに直樹の食事の支度と家の掃除を引き受けている。

昨夜は久しぶりに学問の本を引っ張り出して夜更けまで読んでいたため、まだ寝ていたい。
おうめ婆さんは直樹がまだ眠っている時は起こさずに、そっと仕度をして出て行ってくれる。今日もそれに甘えさせていただくこととしようと直樹は思い、寝返りを打った。



ガシャーンッ!!!

けたたましい物音が直樹の耳に届いた。
珍しいこともある。婆さんにけがはないだろうか。

ガシャッ!!ガシャッ!!

…こんなに賑やかな音をさせる婆さんは、初めてだと直樹は思った。
何か悩みでもあるのだろうか。
亭主と喧嘩でもしたのか。

「…喧嘩する相手がいるだけ、うらやましいよ。」
叶わない想いに苦しんでいる身としては、そのようなことすら羨ましく思える。

「熱い!!」

随分と若い声だと思う。婆さんは一晩で若返ったのだろうか?

「…そんなはず、あるかっ!!」

直樹は起き上がった。この声は聞き覚えのある声だった。


「あ、おはようございます!」
台所に駆けこんだ直樹は、信じられないものを見ていた。

「師匠がお目覚めなら、お布団干しますね。今日はいいお天気ですよ。」
そう言って、直樹の前でニコニコと笑っているのは…。

「お琴…?」

出て行ったはずのお琴だった。


「な、何でお前が…。」
夢を見ているに違いない。そうでなければ、お琴がここにいるわけがない。

その時、
「おはようさん。」
と、おうめ婆さんが入って来た。

「…誰だい?」
おうめ婆さんは、お琴を見て首を傾げる。
「それは…こちらの台詞ですけど?」
お琴もおうめ婆さんを不思議そうに見る。

「あたしは、こちらで色々と身の回りのお世話をしているもんですよ。」
おうめ婆さんが胸を張って答えた。
「み、身の回りのお世話!?」
お琴が驚愕する。
そしてお琴は直樹に向き直り、
「師匠!!このお婆さんと一緒になったんですか!?」
と叫んだ。
「はあ…?」
直樹は呆気に取られてしまう。
「ちょっと、師匠!!そりゃあ愛に年齢は関係ないとはいえ…このお婆さん、母上様よりずっと年上じゃないですか!!」
「おい…。」
再会の感動も忘れ、お琴はまた妄想を始めてしまったらしい。というより大きな勘違いのようではあるが。

「まさか…もう、ふんどしを洗う関係に?」
真っ青になるお琴に比べ、
「ふんどし?そりゃあ、まあ…ここの先生はいい男だから、いつどんなことになってもいいように、最近は腰巻もきれいなものを身につけておるが…。」
と、おうめ婆さんはなぜか頬を染めた。

「こ、腰巻って!!!そんな…そんなあ!!」
「いい加減にしろ!!」
取り乱すお琴の頭上に、直樹の拳がとうとう落とされた ――。



「痛い…。」
お琴は頭を擦っている。
「ったく、お前がくだらないことを喚き散らすからだ。」
おうめ婆さんにはとりあえず帰ってもらい、家には直樹とお琴の二人だけになった。
「だって、お婆さんがあんなことを言うからじゃないですか。」
お琴は頬を膨らませた。

「で、お前は何でこんな所にいるんだ?」
口では冷静さを装っているものの、心は落ち着かない直樹。
これは夢ではないのだろうか。
お琴が、今こうして目の前にいることがとても信じられない。

「痛たたたたっ!」
頬をつねられたお琴は、痛みに顔をゆがめた。
「何するんですか、師匠!」
「あ、悪い。」
現実であるかどうか、信じることができず直樹はお琴の頬をつねったのである。

「もう…しっかりして下さいね。」
お琴は直樹を睨んだが、すぐに笑顔になり、
「師匠はこの続きを書かないといけないんですから!」
と、一冊の本を直樹の目の前に出した。
それは、直樹が初めて書いた「めでたしめでたし」で終わった物語である。

「続きって…俺は…。というか、何でそれをお前が…。」
直樹はハッとなった。
「あいつの仕業か。」
渡辺屋が本をお琴に届けたに違いない。あれほど届けないようにと言ったのに。

「もう、これを読んだらいても立ってもいられなくなってしまったんです。」
お琴はうっすらと涙まで浮かべ、本を開く。
「続きが読みたくてたまらないんですもの。」
「あれは、一作で終わる予定で…。」
「何を言ってるんです!!」
お琴はバンッと畳を叩いた。

「今書かないで、どうするんです!!この本、すごい人気だって話じゃないですか!」
「それはそうだけど。」
「師匠、稼ぎ時は今なんです!!今稼がなかったら、いつ稼ぐんです!!」
お琴はぐっと拳を握りしめた。

「それで、お前ここに?」
「はい。」
お琴は力強く頷いた。
「このお話の続きと、いつもの悲しいお話。師匠はものすごく忙しくなるでしょう?そうなると、弟子が必要じゃないですか。」
「弟子って、お前?」
「他に誰がいるっていうんです?」
お琴は自分を指さして、ニッコリと笑った。

お琴の迫力に呆然となっていた直樹だったが、やがてその口元にかすかな微笑が浮かんだ。

「…今、稼がないと俺の老後はまずいってか?」
「そうですよ!よく分かってるじゃないですか。」
お琴は「うん、うん」と頷く。
「ここで沢山稼いでおけば、老後は安泰です。」
「ふうん…確かにそうかもな。」
直樹はお琴を見つめた。

「一生ふんどし洗ってくれる奴も、いるみたいだし。」

それは直樹なりの、お琴への告白だった。

しかし。

「…まあ、そりゃあ、いいです、けど。」
愛の告白を受けているというのに、お琴はちっとも嬉しそうではない。それどころか口をへの字に曲げてしまっている。

「…何だ?」
これには直樹も面食らった。予想外の展開である。

「だって…一生ふんどし洗うって…師匠が奥様を迎えて、そのまま老後を迎えても…。」

直樹の言葉からお琴が浮かべた情景はこうだった。



『よし、終わった…。』
物干し竿にふんどしを干し、お琴は最近伸びなくなった腰をトントンと叩いた。その髪はすっかり白くなっていた。
『それじゃ、師匠。また明日洗いに来ます。』
『ああ。それじゃ、今日の駄賃な。』
お琴同様に髪は白くなっているものの、その端正な顔立ちは若い頃そのままの直樹が、僅かな小銭をお琴に渡した。
『はい、どうも。』
そしてお琴は愛用のたらいを引きずりながら、よぼよぼと庭を出て行く ――。



「…お前の想像力は明らかにおかしいな。」
お琴の描く未来像を聞いた直樹は溜息をついた。
「だって、そういうことじゃないんですか?」
何がおかしいのだろうかと、お琴は反論する。

「いいですよ、いいですよ。一生ふんどし洗いで身を立てて行きます…って?」
お琴の口が止まった。
なぜなら、お琴の体はいつの間にか直樹に抱きすくめられていたのだった。

「し、師匠…?」
「…お前、やっぱり物書きの才能はないな。」
お琴の体を抱きしめながら、直樹は笑った。
「だから、やっぱり弟子は破門だ。」
「破門!?」
またもや破門され、お琴は泣きそうになる。
「そんな…見捨てないで…。」
「だからお前は俺の女房になればいい。」
今度はお琴が変な勘違いをしないよう、直樹ははっきりと自分の気持ちを告げた。

「女房って…。」
信じられない気持ちで、お琴は直樹の言葉を聞いていた。

直樹はお琴の体を少し離した。

「一度きりの人生、俺はずっとお前に傍にいてほしい。お前のそばでずっと物を書いていきたいんだ。」
「師匠…。」
お琴の目に涙が浮かぶ。これは夢なのだろうか。お琴は今すぐ自分の頬をつねりたくなった。しかし、しっかりと直樹に両腕を掴まれているためにそれすらできない。

「師匠の…一度きりの人生に、私がお傍にいても…いいんですか?」
ほろほろと涙を零しながら、お琴は直樹を見つめた。

「…だから、そうしてほしいって言ってるじゃねえか。」
直樹はもう一度、お琴の体をしっかりと抱きしめた。
お琴は直樹の腕の中で、嬉しさに頬を染める。

漸く自分の気持ちがお琴に通じ、そしてお琴の気持ちも直樹に通じた瞬間だった ――。


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『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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