日々草子 めでたし めでたし 15

めでたし めでたし 15





入江家にて着替えをしたお琴、いや琴姫を見た重樹たちは目を見張った。
豪華な打ち掛けに吹輪に髪を結っている琴姫は、居並ぶ重樹たちに微笑んだ。

入江家の居間にて、別れの挨拶が交わされる。
そこには相原家より迎えに来た家老、侍女たちも居並んでいた。

「姫君とは知らず…。」
と、これまでの数々の失礼を詫びる重樹。重樹に倣い紀子と裕樹も手を突いた。
「…お顔をお上げ下さい、父上様。」
琴姫は重樹の手を取った。
「ここでは琴姫ではなく、お琴でいたいのです。」
「姫様。」
「お琴ですよ、父上様。」
琴姫に促され重樹の顔には、
「お琴ちゃん。」
と、漸くいつもの温和な笑顔が浮かんだ。

「母上様。」
次に琴姫は、紀子の前に座る。
「お琴ちゃん…。」
紀子は実の娘のように可愛がっていた琴姫が去る寂しさに耐えきれず、先程からずっと涙を流しっぱなしであった。
「早くに母を亡くした私にとって、入江の母上様に実の娘のように可愛がっていただけたことはとても幸せでした。」
「お琴ちゃん!」
「幼き頃より、他人に囲まれ育った私にとって、入江家は温かい場所でございました。突然転がり込んだ私を受け入れて下さり本当にうれしゅうございました。」
「お琴ちゃん…お琴ちゃん…。」
むせび泣く紀子の肩を、重樹がそっと抱いた。

最後に琴姫は裕樹の前に進んだ。
「…めんなさい。」
「え?」
裕樹の小声が琴姫にはよく聞き取れなかった。
「…ふんどし洗いと呼んで、ごめんなさい。」
琴姫のことを「ふんどし洗い」とからかっていた裕樹。
その発言に家老と侍女の顔色が変わった。
「今…何と?」
「ふんどし…姫様が?」
これには重樹と紀子も真っ青になった。
何もここで言わずとも。だがそこが裕樹のまだ子供である所以であった。裕樹はどうしても謝りたかったのだった。
「裕樹さん。」
皆が青ざめる中、琴姫は一人ニッコリと裕樹の手を取る。
「私は師匠…兄上様のふんどしを洗っている時が、一番幸せでした。」
嘘いつわりのない、琴姫の本心であった。



挨拶も終わったというのに、肝心の直樹の姿が見えない。
「師匠はお仕事が忙しいでしょうし。」
直樹の家を出る前に挨拶をしたから大丈夫だと、心配する重樹たちに琴姫は告げた。



入江家の外には、迎えの豪華な駕籠が待っており、その傍らにも侍女たちが控えていた。
「お乗りあそばせ。」
侍女が進めても、琴姫は乗ろうとせず、遠くを見ている。
それは直樹が現れることを待っているのだということは、一目了然だった。

「そろそろ御出立の刻限でございますれば。」
見かねた家老が言っても、「もう少し」と琴姫は立っていた。



「兄上だ!」
裕樹の声がした。
家の前の道の先に、直樹の姿が見えた。
直樹は門から少し離れた場所に立ち止まり、立っている琴姫の姿を見つめた。
見慣れぬその姿に、戸惑っているようだった。

「師匠に御挨拶をします。」
琴姫は家老たちに言った。
「では、これに…。」
家老は直樹に向かって「姫様の御前に…」と呼びかけた時である。

「無礼者!」
琴姫の厳しい声が飛んだ。
この声には重樹たちも、直樹も、そして控えている相原家の者も驚いた。

「師匠に御挨拶をと申したのが、聞こえなかったのですか?」
「は、ですから…。」
家老は小さくなり、項垂れていた。
「私は師匠の弟子です。弟子が挨拶の為に師匠を呼び付けるなど、そのような無礼な真似ができると思うのか!」
「も、申し訳ございませぬ。」
滅多に怒らない琴姫が怒鳴ることを、この時相原家の家中の者は初めて目にした。

怒鳴った後、琴姫は歩こうとした。その後ろを侍女たちがついていこうとする。
しかし、姫は後ろを見て睨んだ。
「…一人で。」
琴姫の迫力に、侍女たちは慌ててその場に屈んだ。



「師匠…。」
直樹の前に来た琴姫は、嬉しそうに笑った。
「…本当に姫なんだな。」
目の前に立っている琴姫は、もうお琴ではなかった。そして先程の様子。琴姫が生まれつきの姫であることを直樹は知った。

二人の会話は、門の前で待つ人々の耳には入ることはない。
だから琴姫は自ら直樹の前に歩いて来たのである。

「来て下さって嬉しいです。」
直樹は琴姫の前に包みを出した。
「これは…。」
琴姫の頬が緩んだ。
「お前の好物だっただろ?」
それは好物のわらび屋の団子だった。
「わざわざ師匠が並んで?」
「まあな。」
「…ありがとうございます。」
琴姫は大事そうに包みを胸に抱えた。
「また食べ残しの串とか、取っておくなよ。」
蕎麦屋のお椀まで大事に取っておいた琴姫だった。

「これ…。」
琴姫が懐から出した物は、直樹が買ってやった櫛だった。直樹は琴姫の頭を見た。豪華な簪が光っているその髪には、安物過ぎて似合わない櫛だと直樹は思う。

「この櫛は、今まで私が手にしたどんな飾りよりも素晴らしい物です。」
しかし琴姫は櫛を愛おしそうに撫でて言った。
「生涯、肌身離さず大事にいたします。師匠が下さった物ですから。」
直樹は無言で微笑んだ。

直樹は控えている家老たちを見る。そろそろ出なければ間に合わないのだろう。その顔は困っているようだった。


「師匠…どうぞお元気で。」
別れの刻限が迫っていることは、琴姫も分かっていた。
重樹たちを前にしても、泣くことを堪えていた琴姫の目から涙が溢れ出す。
「…いつまでも素敵なお話を書き続けられますよう。どこにいても私は師匠のお話を楽しみにしております。」

それを聞いた直樹は、身をかがめ土に膝をついた。

「これにてお別れを申します。琴姫様には末永くお幸せに。」

これは直樹の琴姫への想いの決別だった。こうすることで、自分と琴姫の住む世界は違うということを自分に言い聞かせたのである。

直樹の態度に、琴姫の目からはますます涙が溢れ出す。目の前にその涙が落ち、土を濡らしても、直樹は顔を上げることはなかった

顔を伏せている直樹の前で、打ち掛けが翻る。

暫くした後、

「お立ちー!」

との声が聞こえた時、直樹はやっと顔を上げた。
駕籠がゆっくりと動き出していた。

直樹は行列が見えなくなるまで、そのままでいたのだった ――。



家の中はがらんとしていた。
直樹はだらしなく横になる。
「この家は、こんなに静かだったか?」
もう「お茶」と言っても運んで来てくれる人間はいない。
おかしなもので、自分以外の人間がこの家にいた期間は僅かな間だったというのに、一人でいることが寂しく感じられた。

「入江、戻ったか。」
声が聞こえても、直樹は起きようとしなかった。
「ああ、いたか。」
勝手知ったるという感じで、渡辺屋が入って来た。

「お琴ちゃん…じゃない、琴姫様は無事に?」
「ああ。」
渡辺屋は町人ということで、琴姫への挨拶はかなわなかった。

直樹は起き上がったが、渡辺屋に背を向けたまま庭をぼんやりと眺めていた。
その様子を少し見ていた渡辺屋だったが、
「入ってくれ。」
と、手を叩いた。
これには直樹も何事かと振り向く。

見ると、渡辺屋の手代たちが酒や重箱を運んで来た。

「何だ、これは?」
「いや、俺、今夜ここに泊るから。」
そう言って、手代たちを渡辺屋は帰してしまった。
「はあ?」
怪訝な顔をする直樹を無視し、渡辺屋は台所から勝手に盃を持ち出してくる。

「ほら、飲んで、飲んで。」
そして渡辺屋は直樹に盃を持たせて、酒を注いだ。
「結構いい酒だぞ。うちに出入りしている酒屋に一番上等なものをと頼んだからな。」
そうなると、かなりの上等な酒であることは間違いない。
「あと、こっちは八百善につくらせた料理だ。」
こちらも一流の料亭のものである。

「…変な気を遣わなくてもいいのに。」
おいしい酒や料理に舌鼓を打ちながら、直樹は苦笑した。
「…本当はうちに泊めようかと思ったんだけど、お前来ないだろ?」
口とは裏腹に、直樹は渡辺屋が来てくれてよかったと思っていた。
この家、琴姫…お琴との思い出が詰まったこの家に今夜一人で過ごすことは正直、辛かった。

「相原家、確かに本を納めていたよ。」
渡辺屋が話す。
「…だからこれからも、お前の書く話はきっと…琴姫様、お琴ちゃんも読み続けてくれるさ。」
「嫁に行くまではな。」
一人娘だから嫁にいくのか、婿を取るかは分からない。だがお琴が他の男の物になるまではきっと読み続けてくれるだろうと直樹も思う。

「…空になってる。」
渡辺屋は空になった直樹の盃に、静かに酒を注いだ。










諸事情により、閉鎖しておりました。
お越し下さった皆様、申し訳ございませんでした。
ご迷惑をおかけした方、本当に申し訳ございません。

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comment

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NO TITLE

琴子がまさかお姫様なんて びっくりです
でも直樹琴子はLOVEですよね
ハッピーな結末でありますように

NO TITLE

これからどんな形に落ち着くのか・・・。
すっごく楽しみです。

それで、いいのかなぁ??

水玉さん、こんにちは。
更新ありがとうございます。

直樹なりの、琴子姫への挨拶ですね。
照れくさいけど、琴子姫の好きなものを。
本当に、離れ離れになってしまいましたよ。
二人とも、好きな気持ちを隠して。
さぁ、これから先、男直樹、どうするのかなぁ。
琴子が、再び城を抜け出すような予感が・・・・・

意表をつかれました

毎回、水玉さんの発想力には脱帽です。まさか、ここにきてお琴がお姫さまだったなんて!
そりゃ、何もできないわけですよね。やったことないんですもん。お茶ひとつ満足に入れられなくて当たり前ですよね。
沙穂子嬢が去って、一難去ったと思ったのにまた一難。もう何も起きないで、と思っていたのですが、こうなってしまうと何か起きてくれないとハッピーエンドになってくれない…(汗)
水玉さんがどのようにこの二人を幸せに導いてくれるのか、ゴザに戻して(笑)お待ちしております!

コメント&拍手コメントありがとうございます。

コメントありがとうございます。

koro3さん
そうなんです。お琴ちゃんの正体は正真正銘、本物のお姫様だったんです。
お姫様でも入江くんとお琴ちゃんは愛し合っていますよ。

アヴィゲイルさん
ありがとうございます。どんな形がご希望なんでしょう?こちらもそれを想像するととても楽しみです。
お名前がとても文学的ですね!

tiemさん
直樹なりの挨拶を受け取って下さり、ありがとうございます。
不器用だけど、お琴ちゃんのことを本当に想っているんですよね。
そして自分から別れを告げて…きっとその心は苦しくて堪らなかったのではないかと思います。

miyacoさん
あ、ゴザに戻ったんですね。
ゴザは私の創作意欲を刺激するマストアイテムです。
いやいや、何かいつもどっかで聞いたことのあるような話ばかりを書いている気がして…だからそう言っていただけて嬉しいです。しかも、あのmiyacoさんに!
お姫様に戻った琴子ちゃんと入江くんが再会できる日が来るまで(来るかどうかまだ未定ですが)、見守っていただけたらと思います。

拍手コメントありがとうございます。

美優さん
お久しぶりです!!!
パソコン壊れちゃったんですか。あ~パソコンは本当に突然壊れてくれますよね。
うちも最近、HDDがおかしくなって修理に来てもらわなきゃってことになって。
中に録画されているものが私の韓国時代劇と母のサスペンスドラマというとんでもないものだらけで、これを修理の人に見られるのは恥ずかしいとダビングしまくってました。
しかし9日も経って部品がないって、それはひどいですよ!もっと早く言え!!怒りたくなります、うん!私でも電話に向かって怒ってます。
またよろしくお願いします。

佑さん
さびしんぼうの入江くんを延々と描いておりますが…いかがでしょうか?
琴子ちゃんもこんなに自分を恋しがってくれていることを知ったら…。

Foxさん
行ってしまいました。
実は二人の別れの場面が一番書きたかったシーンなのです。
相変わらず書いてみたら「こんなはずじゃ」という感じになってしまったのですが。
渡辺屋さんは本当に優しい。入江くんもすっかり甘えているようですし。
でもやはり、ここに琴子ちゃんがいないのが寂しいですね。

まあちさん
すみません。ちょっと色々考えておりまして。
ストーカーまあちさんに見捨てられないうちに復活しました。
琴子ちゃん、本当にお姫様だったんですよ。戻ってしまった後に落ち込む入江くんを、しばらくの間ご堪能頂ければと思います。

ひろりんさん
ありがとうございます。
お休みに入られたのですね。なかなかコメントできずに申し訳ありませんでした。
また復活の日を楽しみにお待ちしております。
姫に戻った琴子ちゃんの凛とした姿、褒めて下さりありがとうございます。
町娘と姫君の差を出すのがなかなか難しいです。

ぴくもんさん
ご心配おかけして申し訳ありませんでした。
跪く入江くんはもう、絶対書きたくて!入江くんが琴子ちゃんに頭を下げる様子など滅多に書けないので。でもそこに悲しみを堪えている様子を加えようとしたので、難しかったです。
琴姫の縁談はちょっと考えてみたのですが…ギャグになりそうになったのでやめました。

紀子ママさん
ご心配おかけして申し訳ありませんでした。
え!130万?驚いて確認しました。いつの間に…。
気にかけて下さり、ありがとうございます。すごいですね…これも来て下さる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
沙穂子さんが片付いたって、そんな物みたいな。確かにお琴ちゃんの恋敵ですから邪魔な存在ではありましたが。
そして大蛇森と政略結婚!これ実は別な設定で考えたことがあります。
でも大蛇森は男性オンリーだからな…どう想像してもギャグになりそうで。
大蛇森に抱かれる琴子ちゃんとか、絶対想像できないんですよね~いや書いてみたい気もするんですけれど!!書いた所で琴子ちゃんへの同情が集まるのか…?

meguさん
びっくりさせてしまい、申し訳ありませんでした。
来て下さりありがとうございます。こちらもとても嬉しいです。

とんちゃんさん
お久しぶりです。覚えていて下さりありがとうございます。
別れのシーンは、結構気合いを入れて書いてみたので、涙していただけて嬉しいです。
切ない話は苦手なので、かなり今回の話はチャレンジな感じです。
想いを寄せ合いながら別れるというのは、書いている側ももどかしさを感じます。

ぽっかり空間

   
 裕樹の『ふんどし洗い』には・・・パパ・ママ真っ青なんもぉ・・・ヨォ~判ります。どうしても謝りたかったにだったけど、 でも琴子の本心が引き出せたねぇ。
 その時が『幸せ』だったってぇ・・・ 確か沙穂子さんが見えられた時も 『ふんどし洗い』きにしてたもんねぇ・・・。 琴子の中で直樹との繋がりが 『ふんどし』だったのかなぁ・・・ でも何かの思いあったんだろうなぁ たぶん。

 誰にも邪魔されずに お話を直樹としたかったからの琴子に逆に ほんとなんだぁと改めて思った直樹ですねぇ・・・。

 今日のお酒は 切な過ぎて 飲んでも飲んでも酔えなかったかも・・・そんだけ心を独占してた琴子だったからねぇ・・・。
 
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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