日々草子 めでたし めでたし 13

めでたし めでたし 13




渡辺屋がやってきたのは、お琴が戻って三日経った頃のことだった。
「話、書けたか?」
いつもと同じ第一声を渡辺屋は口にした。
「ああ。」
直樹も余計なことは言わずに、出来上がった物を渡した。
その二人の様子をお琴は微笑ましく思った。

「へえ、この間は白紙だったのに。」
完成した話を渡され、渡辺屋は笑った。お琴が戻っただけでこの勢いである。

「いや、今回も悲劇だなあ。」
「それが俺の色だから。」
「これは売れるな。江戸中の女たちの涙を誘うだろう。」
悲しい物語を読みながら、渡辺屋の顔は笑っている。

「…またお前の所で書かせてくれるか?」
「あ?」
渡辺屋が直樹を見た。
「いや…この間、これでもう物書きはやめるって言ったから。」
「ああ…。」
大泉家に婿入りしたらもう続けることはできないと、直樹が言っていたことを渡辺屋は今になって思い出した。

「まあ、お前みたいな変人に仕事を振れるのは、俺くらいなもんだからな。」
渡辺屋は明るく笑った。
「俺もまだまだ稼がせてもらいたいし。悪いがとことん、こき使わせてもらうよ。」
渡辺屋の返答を聞いた直樹の顔にも笑みが広がる。
そしてお琴も笑顔になった。



それからお琴は夕食の買い物に出かけた。

「お琴が本当に世話になったな。」
「と言うか、お前の方が世話をかけられたけど。」
改めて礼を述べた直樹を、渡辺屋は茶化した。
色々あったが、お琴がこうやって直樹の元へ戻り、直樹も元のように仕事を続ける気になってくれればいい。渡辺屋は本心からそう思っていた。

「近いうちに、お琴の田舎へ行こうと思っている。勿論あいつを連れて。」
「お琴ちゃんの田舎に?ということは…。」
渡辺屋の顔に喜色が浮かんだ。
「ああ。あいつの親父さんに嫁にくれるよう頼もうと思って。」
「入江!!やっとか!!」
渡辺屋は直樹の肩を何度も叩いた。それくらい嬉しい。
「いや、やっと素直になったか。お前が…偏屈で何を考えているか分からないお前が…一生一人寂しく生きていくと思っていたお前が、やっと!!」
「…すごい酷いことを言っていることを自覚しているか?」
直樹は眉を潜めた。しかし渡辺屋は気がつかない。
「そうか、やっとその気になったか。で?お琴ちゃんには返事をもらっているんだろ?」
「まだ。」
「そうかまだか。うんうん…まだ…って!?」
渡辺屋は目を見開いた。
「忙しい男だな、お前。」
「いや、何だ、それ?お琴ちゃんにまだ何も言ってないってことか?」
「近いうちに、田舎へ行きたいと言おうかと思って。」
「…それっておかしくないか?」
渡辺屋は首を傾げる。
「そうか?一度に言った方が合理的じゃねえか?」
「いや、合理的とかそういう問題じゃ…。」
親友の考えていることはやはり謎のままだと、渡辺屋は思った。だがお琴の気持ちも一目瞭然である。直樹がそう言えば全てうまくいくだろう。そう思い、渡辺屋は直樹の作品を抱えて家を出た。



直樹の家から少し離れた場所に来た時、お琴の姿が渡辺屋の目に入った。
お琴は一人じゃなかった。
「入江の母上様じゃないですか。」
お琴は紀子と話をしていたのだった。
「ああ…渡辺屋さん。先日はお見苦しい所をお見せしてしまって。」
「いいえ。それより入江の奴とは…。」
「それなんですけど、渡辺屋さん。」
お琴が口を挟んだ。
「母上様は、師匠の顔も見ずに帰られろうとしていたのです。それをお止めしてたところなのです。」
「だってお琴ちゃん…。あんなことを私はしてしまって。よりによって手を上げてしまったんですもの。直樹さんも怒っているでしょうね。」
先日、直樹と大喧嘩して手を上げてしまったことを紀子は悔やんでいるようだった。
「あれはあいつが悪いですよ。明らかに言い過ぎでした。母上様は間違っていません。」
渡辺屋は紀子に味方する。
「でも渡辺屋さん…。」
紀子はそれでもしょんぼりとしてしまっている。
お琴と渡辺屋も、直樹と紀子には仲直りをしてほしいと思っている。

「あ、そうだ!」
渡辺屋にいい考えが浮かんだ。



「戻りました、師匠。」
「ああ。」
お琴が戻ると、直樹は本を読んでいた。仕事を終え一番くつろいでいる時であった。つまり一番機嫌がいい時でもある。
お琴はお茶を淹れ、直樹の元へ運ぶ。

「…師匠?」
「ああ?」
直樹は本から目を離さずに返事をした。
「…一つお聞きしたいことがあるんですが。」
「またかよ、お前は。」
直樹は本から顔を上げ、お琴を鬱陶しそうに見た。
「この間から聞きたいことがあるって、お前は子供か。」
「子供?」
「子供が親にそれは何かとうるさく訊ねる時があるだろ。お前もその年齢かって言ってるんだ。」
「失礼な!私はれっきとした大人です!」
お琴の頬が膨らむ。と、お琴は我に返った。
危ない、危ない。今は自分が怒っている場合ではない。

「で、何だよ。質問は手短に頼むぞ。」
「あ、はい。あの…ええと…。」
「手短にって言ったろ?」
「すみません。あの…師匠は…その…。」
「さっさと言え!!」
直樹の機嫌が悪くなりかけてきた。
「師匠は、実の御両親にお会いしたいと思ったこと、ありますか?」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする直樹。
お琴はお琴で、もっと他に聞き方があったはずと自分を責めた。

「…ないよ。」
直樹は静かに答えた。
「ない?」
「ああ。一度もない。俺の両親は入江の父と母だ。物心ついた時から、そして今もそう思っている。」
「師匠…。」
「父上はいつも俺に優しくして下さった。学問のことも沢山俺に教えて下さった。まあ…武術は少々苦手だけど。」
「プッ」とお琴は噴き出した。重樹には悪いが確かに、そのようである。

「母上は世話焼きで鬱陶しいくらいだか、幼い頃に俺が熱を出した時は一晩中傍についていて下さった。俺が剣の稽古で道着を破っても男子はそれくらい元気な方がいいと、いつも笑って繕って下さった。」
お琴はその時の紀子の様子が目に浮かぶようだった。お琴の心もじんわりと温かくなる。

「父上と母上の優しさは、裕樹が生まれても変わることはなかった。俺と裕樹を分け隔てなく育てて下さった。裕樹も俺が養子だと知っても態度を変えることはなく、兄と慕ってくれている。」
直樹の顔つきが優しくなっていく。

「…だから俺の家族は入江の両親と裕樹だけだ。他に誰もいない。」

直樹がそこまで話した時、
「うっ…うっ…。」
という泣き声が、庭から聞こえて来た。

「あの声は…母上!?」
驚いた直樹は縁側に出た。
見回すと、庭の繁みから紀子の丸髷がはみ出していた。
「母上様…入江に…聞こえます…。」
そう言って紀子を慰めていたのは渡辺屋である。その渡辺屋も泣いていた。

「…お前ら、つるんでいやがったのか。」
直樹はお琴を睨んだ。お琴は「さあ?何のことでしょう?」と惚けた。
渡辺屋の考えは、どうやら功を奏したらしい。

「直樹さん…。」
「母上…。」
直樹は溜息をつくと、庭へ下りた。そして紀子の傍へ行く。
「直樹さん…ごめんなさいね…。」
泣き続ける紀子に、
「何を謝っておいでなのですか?」
と直樹は訊ねる。
「だって…私…あなたに手を…。」
「…子が悪いことをすれば、親ならば手を上げるのは当たり前でしょう。」
直樹は答えた。
「実の親でしたら当然のことですよ。母上。」
「実の親?」
紀子が直樹を見る。
「そうです。実の親だからこそ、俺に手を上げたのでしょう?」
「直樹さん…!!」
紀子の泣き声が一層大きくなった。

そして、
「お琴ちゃん!!」
と、なぜか紀子はお琴を呼ぶ。
「母上様!!」
お琴も感極まり涙を流していた。
「お琴ちゃん、ああ、本当に…!!」
「よかったです!母上様、本当によかった!!」
そしてお琴と紀子は抱き合ってわんわんと泣いていた。

「入江…よかった。お前って本当にいい奴だな。」
「渡辺屋、お前は男なんだからいい加減泣きやんでくれ。」
女性二人に負けないくらい泣いている渡辺屋に、直樹は呆れ顔を向ける。
「いや、だって…こんな…こんないい場面に立ち会えて俺…。」
渡辺屋は直樹の肩に顔を埋めて泣き続けた。
「やれやれ…。」
どうせなら、お琴がこうしてくれればいいものを…そんなことを思う直樹であった。



直樹はがお琴に一緒になりたいということを今日こそ告げようと思ったのは、紀子と仲直りをした日から十日ほど経った時のことだった。
なかなかいい頃合いがなかったことと、今まで通り自分の世話を焼いてくれるお琴を見ていたかったことで言い出せずにいた。

お琴は紀子の元に裁縫を習いに出かけて行った。
戻ったら一緒に田舎へ行きたいと言おう。そう直樹が考えていた時である。

「ごめん。」
玄関に見知らぬ男の声が聞こえた。
お琴がいないので、直樹は自ら玄関へ出向いた。
そこには恰幅のいい、身分あると思える武士が立っていた。しかしその顔に直樹は全く見覚えがなかった。重樹の知り合いにもいない顔である。

「何か御用でござろうか?」
相手が武士ということで直樹の口調も改まったものになった。
「こちらは入江直樹殿のお宅でありましょうか?」
「いかにも。」
「では、そこもとが入江殿でござろうか?」
「左様でございますが?」
家を間違えたわけではないらしい。

「失礼つかまつった。拙者は相原家二十五万石の江戸家老の石山と申す者。」
「相原家…江戸家老?」
二十五万石の大名の江戸家老といえば、重職である。そのような地位の人間がわざわざ、物書きの家を訪ねてくる理由は何だろうか?

「琴姫様は御在宅でありましょうか?」
「…は?」
直樹は家老の言ったことが飲み込めなかった。今、何と言っただろうか?確か「琴姫様」と…。

「相原家の姫君、琴姫様がこちらにおいでと伺っておりますが?」

その時、バサバサッという音が聞こえ直樹は顔を向けた。
「お琴…。」
そこには足元に縫いかけの直樹の着物を落としたお琴が、真っ青な顔で立っていた ――。









ブログの調子が悪く接続もできないことが多いので、接続できた今のうちに一度にUPしますね。
なんか書いた記事が消えちゃったとかいう話もあるみたいなので、怖くて予約投稿もできない…。

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comment

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拍手コメントありがとうございます。

拍手コメントありがとうございます。

Foxさん
やっとしょっぱさから脱出かと思っておいででしたでしょうに、すみません。
入江くんもお琴ちゃんのおかげでとても素直になれたのに。
運命ってそんなものなんでしょう…としみじみと言ってみます(笑)

5105さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
全部読んで下さったとは!受け入れて下さりありがとうございます。
色々試行錯誤しながらブログを続けております。どうかまた機会がありましたらお立ち寄り下さいませ。

ひろりんさん
しがない直樹のふんどしを洗っていた…(笑)
確かに、すごいことをさせてたんですよね。
入江くんはお姫様にふんどし洗わせ、料理をさせ、しかも平手打ちまでして。
ばれたらえらいことになるでしょうね~。

まあちさん
渡辺くんのナイスアイディアで親子も仲直りできたのに。
そう、そう。姫がふんどし洗っていたんですよ。いやいや、まあちさん以外にもそこに突っ込まれた方はいらっしゃいました。
というか、私自身が突っ込んで下さることを待っておりました。

佑さん
意外な展開と言って下さりありがとうございます。
伏線を仕込んだ方がいいとは分かっていたのですが、そうなるとすぐにばれてしまうだろうなと思って、唐突とは思いつついきなりバーンと出してみました。

ぴろりおさん
そうなんですよ。たまにそういう時があって。
自分のところにも入れなくて、かなり驚いて、某巨大掲示板で状況を確認してました。
そうしたらうちだけじゃなかったことが分かり、ちょっと安心したり。
その中で「書いていた記事が消えた!」という悲鳴が何件かありました。私はコメントの返事が反映されなくて泣いたことはありますが。
私こそ、このようなところとリンクをして下さりとてもうれしいです。
許可をして下さりありがとうございました!!

紀子ママさん
ダンスの琴子ちゃんと並ぶ衝撃…うん、うん。それは嬉しいです。
ダンスの琴子ちゃんは、なかなかの設定だったと自分でも笑っております。
そうそう、グンちゃんはどうしてあんなに日本語が上手なのかと、先日スマスマを見て思っておりました。紀子ママさんはウナギさんなんですね。
私はオ・マンソクさんは『王と私』の最終話で壺(あえて中身は何かは言わない)を手に王様を怒鳴りつけていた姿にやられました!ぶどう畑は見たかったな~この前テレビでやっていたんですよね。あまりに悔しいので原作本を借りてきました。原作も面白かったです!!

babaちゃまさん
ありがとうございます。
どうしようかと思ったのですが、調子の悪さがいつまで続くかわからないので、できるうちにと連続アップしてしまいました。
この先は入江くんに悩んで頂く予定です。

まだ ほど遠いですねぇ。

こんにちは
 琴子が繋いだねぇ・・・。 ほんまもんの親子に気持ちもお互いに慣れてぇ・・・めでたし めでたし には未だのようですねぇ・・・。 

 ギョエ~~~ お姫様だったんですねぇ。 直樹も思いを言いそびれ・・・
どないなるんでしょうかぁ・・・お二人さん 心配・・・。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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