日々草子 めでたし めでたし 11

めでたし めでたし 11







渡辺屋は今日も客でにぎわっていた。
その中でもやはり直樹の本は一番人気である。お琴はその様子を悲しい気分で眺める日々を送っていた。



「旦那様…。」
渡辺屋と番頭が深刻な様子で話をしていた。何かあったのだろうかと、お琴は不安になった。
「…全然できていないって?」
「はい。もう少し待ってほしいと仰られて。」
「まったく、しょうがない奴だな。」
ご苦労だったと番頭を持ち場へ戻らせ、渡辺屋はため息をついた。

「何かあったのですか?」
心配で堪らなくなったお琴は渡辺屋に声をかけた。
「ああ、お琴ちゃん。」
渡辺屋は笑顔を作ったが、すぐにまた困った顔に戻ってしまった。

「入江の奴が…。」
「師匠が?」
直樹に何かあったのだろうか。破門されたが、ついお琴は直樹を「師匠」と呼んでしまった。
「あいつの新作、全然出来上がってないんだ。」
「新作って、確か…。」
「そう。あいつの最後の作品になるもの。」
まだ正式に返事をしていないとはいえ、大泉家に婿入りすることを決意した直樹は今度の作品で作家をやめると渡辺屋にも以前、打ち明けていた。

渡辺屋はこの間の一件以来、直樹の元へ足を運んでいない。
いつもは親友ということで店の主である自分がわざわざ、出来上がったものを取りにいっていたが、最近は顔を合わせることが気まずくて番頭や手代にその役目をさせていた。
番頭も直樹が何を考えているかまでは理解できないので、出来上がりが遅れている理由も説明できないらしい。

「まったく、色ぼけでもしてやる気なくしたのか?沙穂子殿も苦労すると思うけどね。あんな身勝手な男と一緒になると…。」
と、渡辺屋は怒りのあまり、つい沙穂子のことを武士だった頃のように「沙穂子殿」と呼んでしまった。
そして自分の発言のまずさにも気がついた渡辺屋。

「…ごめん、お琴ちゃん。お琴ちゃんの気持ちも考えずに言い過ぎた。」
「いいえ。」
お琴は笑顔を浮かべる。しかしその顔はやはり元気のないものである。

「渡辺屋さん。」
「ん?」
「あの、師匠のこと…どうかよろしくお願いします。」
お琴は手をついて渡辺屋に頼んだ。
「大泉様のお家に入っても…師匠は師匠ですから。だからどうか、今まで通り仲良くしてくださいね。師匠とお友達でいて下さい。」
「お琴ちゃん…。」
渡辺屋はお琴のけなげさに胸を打たれた。あんなひどいことを言われても、お琴はこんなに直樹を心配している。
「大丈夫だよ、お琴ちゃん。」
渡辺屋はお琴の肩をぽんと叩いた。
「これでもあいつとの付き合いは長いんだ。今はちょっと顔を合わせづらいけど、すぐに元に戻るから。」
「ごめんなさい。私のせいで…。」
「違うって。お琴ちゃんのせいじゃないよ。」
お琴は自分のせいで直樹と渡辺屋の仲が悪くなってしまったことを、この家に来てからずっと心配していたのだった。



「直樹様、お茶です。」
「ありがとうございます。そこに置いて下さい。」
沙穂子は静かに部屋に入り、言われた通りに湯のみを置いた。
直樹はお琴を追い出したあの日から、ほとんど自分の部屋で過ごしていた。

直樹の仕事が全く進んでいないことは、沙穂子も知っている。
渡辺屋の店の者が、来る度にがっくりと肩を落として戻っていくことも知っていた。

「あの…直樹様?」
「はい?」
沙穂子に呼ばれ、直樹は顔を沙穂子に向けた。
「何か、お手伝いできることはないでしょうか?」
あまり仕事に立ち入りたくはないのだが、それでもそう言わずに沙穂子はいられなかった。
「大丈夫です、沙穂子さん。」
直樹は笑って答えた。
「墨をすったり、もし何でしたら…筆や紙を買ってまいりますが?」
何ができるか分からない沙穂子は、思いつくままのことを口にした。
「本当に大丈夫です。こうしてお茶を淹れて下さったり、食事を作って下さるだけで俺は助かっていますから。」
それは「邪魔をしないでほしい」と暗に言われているようであった。沙穂子は下がった。



「墨…か。」
直樹は思い出した。お琴がここにいた頃は気が付いたらいつも硯は墨でいっぱいだったし、紙も直樹が書きやすいように並べられていた。

そしてお琴がいなくなった今、気がついたことがある。

この家があまりに静かすぎるのである。
沙穂子は本当に邪魔をしないように別室で控えている。
お琴がいた時は、庭先から洗い物をする水の音と共に、元気な歌声が聞こえてきた。
そうかと思えば、台所は直樹の部屋から離れたところにあるというのに、「熱い」「やっちゃった!」という声と共に、派手に食器を割る音が聞こえてきたものだった。

あの時はうるさいと思ったが、今はそれすら恋しい。

静かすぎて、仕事が全くはかどらないということを直樹は知ったのである。



「もう完全に夫婦みたい…。」
筆が進まない直樹のことが心配になったお琴は、こっそりと様子をのぞきに来ていた。
が、自分の心配はすぐに杞憂だったことを知った。
お茶を沙穂子に淹れてもらった直樹は優しい笑顔だった。沙穂子も幸せそうである。
「本当に沙穂子様に夢中になっていて、筆が進まないだけか…。」
もしかしたら、自分がいなくなったからじゃないかと期待があった。お琴はそれが思い上がりだったことを知り、恥ずかしくなった。

「帰ろう…ここはもう私の居場所じゃないんだ。」
お琴はとぼとぼと、渡辺屋へと戻った。



そしてまた日は流れた ――。



「お出かけでございますね?」
このところ、直樹はいつも決まった時刻に散歩に出かけるようになっていた。
沙穂子は玄関まで見送る。
「いってらっしゃいませ。」
沙穂子の声に送られて、直樹は家を出た。

直樹が向かった先は、とある寺の境内だった。
本堂から少し離れた位置に、直樹は身を潜める。

ほどなくして、老婦人と若い女性が連れ立ってやってきた。

「おばあさま、足元に気をつけて。」
女性はお琴である。
「お琴ちゃん、帰りにわらび屋のお団子を買って帰りましょう。」
「わあ!嬉しいです!」
祖母はすっかりお琴を気に入っているようである。
直樹はその様子に安堵をおぼえた。
渡辺屋の祖母は、渡辺屋の祖父を婿に取る前には大名家で奥仕えをしていた人物だった
孫である渡辺屋を養子に迎えた後は、全てを渡辺屋に任せ自分は悠々と隠居暮らしを楽しんでいると聞いている。
紀子の心までしっかりと捉えていたお琴である。気難しいと渡辺屋を心配させていた祖母の心もどうやら捉えてしまったらしい。

直樹が偶然この二人を見かけたのは、十日ほど前だっただろうか。

翌日ももしやと思い、来てみたら二人も来ていた。どうやら毎日同じ時刻に二人は散歩に来るらしいと分かり、直樹もいつからかここに来てお琴の様子を見るようになっていた。

そしてお琴の姿を目にした後、不思議と筆が少しずつ進むようになっていたのである。

今日も元気そうなお琴の姿を見て、直樹は嬉しかった。

その場所から更に離れた場所から、沙穂子が悲しげに自分を見ていたことに気がつかないまま、直樹は家に戻った。











ストーカー直樹…(笑)
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comment

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なぜか、気になる琴子かなぁ、直樹は?

水玉さん、こんにちは。
連続更新有難うございます。

もう本当に、世話のかかるお方ですね。
琴子が、渡辺屋に泊まったと言うだけで、訳も聴かないで、叩いて破門宣告を。
琴子がいなくなってから、お話が書けない状況の直樹。
琴子も心配をして、家の近くまで、でも二人の姿を見たら、夫婦のようだと思い、自分が立ち入る事が出来ないと。
その直樹、ある日、琴子が渡辺屋の祖母と毎日、同じ時刻にお寺へ。
気になるから、毎日琴子の出かける場所へ、見に出かけているのですね。その姿を、見て安心して、お話を書く直樹、琴子の姿を見て安心して話が。
でも、その直樹の後をつけて、琴子のことを見ている直樹を見る沙穂子さんは、つらいですよね。やはり、直樹の思う人は、琴子さんなんだということに。
さぁ、直樹この後、いかがするつもりかしら。
琴子を諦め、執筆活動もこれで、終止符を打ち、沙穂子さんと一緒になるのかしら。
確か、これで最後だと言った直樹ですが。
渡辺屋さんは、琴子の事を、どうしたいのかしら。
沙穂子さんの想いは??

NO TITLE

ちょっと、お出かけ前にさらっと読みました。
で、さらっと一言
あ~~あ直樹さんよ!!
何やってんだぁ!!
これじゃ琴子ちゃんもさほこ譲も哀れだよ。。。。
おばかだねぇ~


って事で全然一言じゃ片付かないわ!!
では、また週明けになっちゃうかな??出来れば連休中にゆっくりと
お邪魔します♪

ぽっかり開いちゃった

    こんばんは
 知らぬ間に 大きな存在になってたみたいですねぇ・・・直樹の中で琴子が・・・
ポッカリと大きな穴が開いちゃったようでぇ・・・  でも少しずつ筆進められるのも 琴子を見かけられたから・・・ 琴子無しで生きられないみたいって 大げさですがぁ

コメント&拍手コメントありがとうございます。


tiemさん
本当に世話のかかる人です。
琴子ちゃんがいないと仕事が進まないのに、迎えにもいかないんですから。
沙穂子さんは本当に辛いと思いますよ。
自分の好きな人が、他の人を見つめているわけですから。
このまま誰も膠着状態では、何も動きませんよね。

ゆみのすけさん
お出かけ前の忙しい時に私を思いだしてくれてありがとうございます(笑)←違うって。
本当に女性陣哀れですよね。
一人の男性のために、こんなに悶々と悩み苦しんで。
でも直樹さんも一応(?)悩み苦しんでいるみたいだから、いじめ同好会としてはまあよしとしますか!!
帰ってきたら、また楽しいおしゃべりしましょうね!

吉キチさん
いえいえ、琴子なしで生きられないというのは当たっていると思います。
今回直樹さんはそれをひしひしと実感したことでしょう!!
当人同士だけが、気が付いていないんですよね。
周囲にはバレバレなんですけれど。だから周囲も下手に動けないし。
これからどうなることやら~。
連続でのコメント、本当にありがとうございます!!
入って来るのがとても楽しくてたまりませんでした♪

紀子ママさん
本当に見事なまでのストーカー(笑)
しかもみんながみんなストーカー(笑)
いいのか、こんなストーカーな話で!!
書きながら笑ってました~。
そうなんですよ。今回は叩いたくせに直樹さんの人気が降下しないんですよね。紀子ママさん同様、やるせないというようなコメントが多くて…うーむ。
結構皆さん、ストーカー直樹がお好きなのでしょうか?ドナドナ琴子ちゃんとストーカー直樹さんがうちの定番ストーリーになるのかしら?

佑さん
琴子ちゃんの大切さに、そろそろ気がつき始めた頃でしょうね。
紀子ママは、もうちょっと先に出てきますよ!ちゃんと入江くんとも仲直りしてもらわないと!

みづきさん
私も言わせようかと思ったんですけれどね~。でもなかなか自分から動こうとしない直樹さんなので、せめてストーカーくらいはしてもらおうかと(笑)
でもこんな男でいいのかと、私は沙穂子さんに問いかけたいです。
夫(となる予定の人)がストーカーで…(笑)

ひろりんさん
ありがとうございます!
この話は流れが出来上がっているので、何というか、いつもより気分を楽にしてUPすることができています。
琴子ちゃんの江戸娘の姿は結構想像がつくのですが、入江くんの月代とかはなかなか難しいです(笑)
時代物とはとても呼べない、もうコスプレ話のようなものですが楽しんでいただけていることを知り、とても嬉しいです。

かなさん
こちらこそ初めまして♪コメントをありがとうございます。
本当に偶然の出会いに私も感謝です。最近は昔の作品を読んで下さる方が結構いらっしゃるようで、また新しい出会いがあるのかなと期待してました。
ありがとうございます。頑張って続きを書き上げますね!

るんるんさん
うちの入江くん、本当に別な意味で手が早くて困ります。
それで後から後悔するんですよね。琴子ちゃんも殴られても入江くんのことを心配し続けているし。
沙穂子さんは沙穂子さんで、ますます入江くんが自分を見ていないことに気が付いていくし。
どんどんこじれる一方で困ったものです。

まあちさん
そうなんです!!そのとおりなんですよ!!
まず入江くんをストーカーする琴子ちゃん。その琴子ちゃんをストーカーする入江くん。更に入江くんをストーカーする沙穂子さん…ストーカーの輪が見事にできあがってます(笑)
入江くんは自分が不幸の道まっしぐらに進んでいることにいつ気がつくのか。
渡辺くんには最後まで友情を貫いていただきたいものです。

Foxさん
お琴ちゃんは悲劇のヒロインまっしぐらですね。
そんでもって、入江くんは暴君の道まっしぐらのはずなのですが…なぜか今回入江くんの人気はそれほど下がってないんですよね。
本当にお琴ちゃんには幸せになってほしいものです!
私もお琴ちゃん至上主義なので、沙穂子さんはちょっぴり可哀想ですが…でもやっぱり入江くんはお琴ちゃんが相手ではないと幸せになれないと思うんですよね。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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