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2011.07.15 (Fri)

めでたし めでたし 10


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いつもより早く、お琴のことが心配だったため、沙穂子は直樹の家にやってきた。
出て来た直樹の顔を見て、沙穂子は驚いた。
「直樹様、お琴さんは?」
「…まだ戻っていません。」
直樹は帰らぬお琴を一晩中待ち続けていたことは、一目瞭然だった。明らかに寝不足な顔、着物も着替えた様子がない。
お琴が戻らないことも心配な沙穂子であるが、直樹がここまで心配していることも気になった。

「直樹様、お怪我はいかがですか?」
直樹は腕をまくった。それも昨夜沙穂子が手当てをしたままだった。
「酷くはなっていないようです。放っておけば、そのうち腫れも引くでしょう。」
「よかった…お仕事にさわりが出ますものね。」
大事な利き腕に怪我をしてまで探すとは…。
ただの弟子をここまで気にかけるものだろうか?沙穂子の胸がざわつき始めた。



とりあえず、沙穂子が朝食の支度をしようと台所へ向かおうとした時である。
「…!」
直樹の顔色が変わった。そして突然走り出した。
「直樹様!?」
いつもの冷静な直樹はどこへ行ったのだろうかと思うくらいだった。
直樹は玄関の戸を開けて外へ飛び出した。

「あ…あの…。」
外に立っていたのは、お琴だった。
「お前…どこへ…。」
「あ、あの…ええと…渡辺屋さんの所に。」
お琴はおずおずと答えた。
「渡辺屋?」
昨日直樹が行った時は、お琴はいないと言われた。

渡辺屋で一晩過ごしたお琴は、やはり直樹の元へ一度は戻ろうと決心した。
出ていくにせよ、挨拶をきちんとしなければ礼儀に失する。そう思い、こうして戻ってきたのだった。

「お琴さん!」
沙穂子が直樹の後ろから笑顔を見せた。
「よかった、ご無事だったのですね!」
「沙穂子様。」
お琴は思い出した。ここには沙穂子がいるこよがもう、当たり前の風景となっていたことを。

「お琴。」
直樹は安堵した気持ちを沙穂子に気付かれぬよう、低くその名前を呼んだ。
「沙穂子殿は、昨日は茶会で疲れているというのに、お前を心配して遅くまで俺に付き合ってくれたんだ。」
「沙穂子様が…。」
お琴は沙穂子に心配をかけたことは心苦しかった。だが、それ以上に「俺に付き合った」という直樹の言葉が辛く感じられる。
もう直樹と沙穂子は一心同体のような感じを、お琴は受けた。

しかし、沙穂子にまずは迷惑をかけてしまったことを謝らなければいけない。
「沙穂子様…本当に申し訳ありませんでした。」
お琴は沙穂子に頭を下げた。
「いいえ、私のことはいいのです。お琴さんがこうして無事だったのですから。」
沙穂子はお琴に笑顔を向け、心からその無事を喜んでくれた。


「お琴ちゃん!」
そこに息を切らせて走ってきたのは、渡辺屋だった。
「やっぱり俺も一緒に説明した方がいいと思って。」
「俺も一緒に」という、親友の何気ない言葉が直樹の心に引っかかった。
「渡辺屋さん。」
お琴は驚くと同時に、安堵の表情を浮かべる。それも直樹は気になる。

―― 俺が一晩中、心配していたっていうのに…!

直樹の理性が切れた瞬間だった。



「…一晩中、どこをほっつき歩いていたんだ?」
静かだが、怒りを含んだ声が直樹の口から出た。
「あ、あの…師匠…。」
「入江、俺が説明するよ。」
「俺はお琴に聞いている!!」
直樹の声に、お琴と渡辺屋、そして沙穂子までがその身を震わせた。

「渡辺屋さんの所に…泊めて…いただきました…。」
直樹はお琴が見慣れない着物を着ていることに気がついた。髪も結い立てのようである。
着替える必要がなぜあるのか。
自分に怯えながら答えるお琴を見ていると、更に直樹は腹立たしさを感じた。

「昨夜、偶然お琴ちゃんと会って。それで…ええと、家に泊めたんだよ。」
渡辺屋は言葉を選びながら直樹に説明した。お琴が直樹と沙穂子の仲を気遣って家を出たということはここでは言えない。
「偶然会って、泊めた?」
直樹の猜疑心は深まる一方だった。
「あ、誤解しないでくれ。俺とお琴ちゃんの間には何も…。」
「当たり前だ!」
つとめて明るい調子で話す渡辺屋とは対照的な直樹。その直樹を沙穂子はじっと見つめている。

「…悪かったな。この馬鹿が世話をかけて。」
直樹は渡辺屋に礼を述べた。
「馬鹿って、お前…。」
「一晩中、心配かけてのほほんとしていた奴を馬鹿と呼ばずに何と呼ぶ?」
「それは違うんだ、入江。」
渡辺屋が弁明する。
「お琴ちゃんが家にいることをお前に伝えようと使いを出そうとしたんだ。そしたらお琴ちゃんが、自分のためにうちの者を使うようなことはしたくないって。そしてお前はもう寝ているから起こすのは悪いって。お琴ちゃんはうちとお前に気を遣って…。」
渡辺屋がお琴を庇うことも、直樹は気に入らなかった。



「お琴。」
直樹はお琴の名前を呼んだ。
「はい…。」
と、お琴が顔を上げた瞬間、直樹の手がお琴の頬をしたたかに打っていた。
「直樹様!!」
これには沙穂子も黙っていられなかった。
かなり強い力で叩いたらしく、お琴はその場に座り込んでしまっていた。そしてその頬は真っ赤に変わっている。
そのお琴の肩を支えながら沙穂子は、
「女性に暴力なんて、ひどいですわ!!」
と、直樹を非難する。

「そうだ、入江!」
渡辺屋も沙穂子に加担する。
「何も殴らなくともいいだろ!」
「これだけ多くの人に迷惑をかけたってことを、こうでもしなきゃこいつは分からねえだろ。」

「お前…一体お琴ちゃんが何のために昨夜は…。」
あまりの直樹の言い草に、渡辺屋が本当のことを言おうとした。
「いいんです、渡辺屋さん!」
それをお琴が必死の形相で止めた。
「よくないよ、お琴ちゃん!こいつには言わないと分からないよ!」
「いいんです、いいんです!私が悪いんです!」
「お琴ちゃん!」
「私が…勝手なことをしてしまったのが悪いんです。悪いのは全部私です。」
お琴は渡辺屋の顔を見上げた。その目には「何も言わないでほしい」という願いが浮かんでいた。
それを見た渡辺屋は何も言えなくなってしまった。

そして直樹の目には、お琴と渡辺屋の間に立ち入ることのできないものがあるように見えた。
お琴は自分ではなく、渡辺屋と秘密を共有している。それが直樹には許せなかった。



直樹は家の中に入ってしまった。が、すぐに戻ってきた。その手には風呂敷包みがあった。
「ほらよ。」
直樹は風呂敷包みをお琴へ放り投げた。
受け止めることができなかったお琴の足元に、包みが落ちる。その衝撃で包みが解けてしまい、中からお琴が日常使っていた手拭いやら色々なものがこぼれた。
お琴の顔は恥ずかしさのあまり真っ赤になってしまった。そしてこぼれた物を慌てて拾い、包みの中にしまいこんだ。

「お前、どういうつもりだ!!」
あまりの乱暴な直樹の仕打ちに、渡辺屋が叫んだ。

「お前は今日限りで破門だ。」
直樹は渡辺屋を無視して、うずくまっているお琴に冷たく告げた。
「お前のような礼儀も知らない、人に迷惑をかけてばかりの人間の面倒を見るなんて、もううんざりだ。破門だ、破門。今すぐ出て行け。」
「破門…。」
お琴は風呂敷を胸に抱え、呆然と呟く。
「あんまりだろ、入江!!」
声を荒げる渡辺屋に、
「関係ない奴は黙っていてくれ!!」
と、直樹は怒鳴りつけた。

お琴は風呂敷包みを握りしめ、ヨロヨロと立ち上がった。
「師匠…。」
消え入りそうな声で直樹を呼ぶお琴。
「俺はお前の師匠でもないし、お前は俺の弟子じゃない。」
直樹はお琴から顔を背けて冷たく言い放つ。
お琴は泣きそうになったが、涙をぐっと堪えた。
そして、
「…お世話になりました。」
と、深々と頭を下げた。

「お琴ちゃん、行こう!!こんな自分勝手な人間、放っておけ!!」
渡辺屋はお琴の手を取った。それを直樹は視線の端にとらえていた。
「こんな奴、師匠なんて呼ぶことはないよ!さ、おいで!」
渡辺屋はお琴を引きずるように、門から出て行った。



二人がいなくなった後、直樹は家の中に戻った。その後を沙穂子が追う。
「…!?」
玄関に上がる直樹の足を見た沙穂子の目が丸くなった。直樹の足は真っ黒に汚れていた。
見ると、直樹の履物がきちんと揃えられている。

―― 直樹様、裸足でお琴さんの元に…!?

お琴が戻った気配を感じた直樹が文字通り、取るものも取り敢えず駆けつけたことを沙穂子は知った。草履を履くことも忘れるくらいに ――。



自室に入った直樹は机に向かうこともせず、行儀悪く寝転んでいた。
そしてお琴の頬を打った手をかざす。

どうしてあんなことをしてしまったのか。
どうしてあんな酷いことを言ってしまったのか。

昨夜は戻って来てくれれば、何も言うつもりはなかった。理由があるにせよ、無事で戻ってくれればいいと思っていた。

それなのに、見慣れない着物に結い立ての髪の姿のお琴を見たら、自分の中で何かが弾けてしまった。
そして渡辺屋の元で一晩過ごしたと聞いた時、もう直樹の目にはお琴以外の人物は入っていなかった。
勿論、渡辺屋がお琴に手を出すということは絶対あり得ないことは、親友の直樹が一番よく知っている。
昨夜、お琴を助けてくれたのが渡辺屋で本当によかったと思っている。
だが、直樹の中で、どう表現したらいいのかも分からない、どす黒いものがどんどん広がって行ったのである。
そしてそのどす黒いものが溢れた時…気が付いたらお琴の頬を打ってしまっていた。



「…もう絶対戻ってこないだろうな。」
かざしていた手をそのまま顔の上に直樹は置いて、呟いた ――。



「師匠…。」
渡辺屋にまた戻ったお琴は一人、直樹に打たれた頬を押さえていた。
直樹はきっと、沙穂子に心配をかけてしまったことを怒っていたに違いない。それくらい、沙穂子を大事に直樹は思っているのである。

お琴が直樹の傍を離れなければいけない日が来ることは分かっていたが、まさかこのような形で訪れるとは。
しかも直樹を怒らせてしまう、このような最悪な別れ方になるとは ――。。









前回株を上げた直樹さんだったのに…絶対今回暴落しているでしょうね(笑)。

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*Comment

★可哀想…

荷物まとめて投げ付けられ破門なんて…。沙穂子さんいても素直に“心配したぞ”“無事でよかった”って一言でも言ってあげればいいのに…。
これからお琴はどうなるんだろう?“めでたしめでたし”になりますよね??

水玉様、挨拶遅くなりましたが、いつも楽しく読ませてもらってます。
毎日暑いですが体に気をつけて下さい。


anpan |  2011.07.15(Fri) 03:19 |  URL |  【コメント編集】

★やっぱりドナドナ…

おはようございます。お久しぶりにコメします。直樹の今回の仕打ちは嫉妬ですよね?しかし相変わらず矛盾してる。もう戻ってこないだろうなって琴子が戻れるわけないよ(>_<)自分で破門しておいてどの口がそんなことを…どうせ離れるつもりだったんでしょう。そして思い知ればいい琴子がどんなに大事だったか(-_-メ)琴子はこれ以上辛くならないように祈ります。そして早くめでたしめでたしとなりますように。完全復帰嬉しいです。体調崩さないよう気を付けてくださいね 。
ちあき |  2011.07.15(Fri) 07:01 |  URL |  【コメント編集】

★NO TITLE

あ~~あ・・・直樹さんよ~
本当にお馬鹿さんなんだから!!!
君の辛さんなて!!琴子ちゃんに比べると大したことないよ!!
それに沙穂子さんだってとってもいい人なのに
不安は広がる一方だし・・・
直樹さんのおバカァ~~

渡辺さんもいい感じ♪
もっともっと直樹に説教を!!そして琴子ちゃんには優しさを!!
なぁんてね♪

ゆみのすけ |  2011.07.15(Fri) 14:24 |  URL |  【コメント編集】

★anpanさん、ありがとうございます。

"めでたし めでたし"どころか、"おさらば おさらば"になりそうな気配になりつつありますが(笑)
それにしても入江くんも暴君だな~。そこまでしなくともと思いながら書いておりました←おい!
沙穂子さんの手前、優しい言葉がかけられなかったことと、自分が心配している間に他の男の人と一緒にいたことで、もうブチ切れてしまったんですよね、入江くん。

anpanさんもどうぞお体、気をつけて下さいね!!本当に暑い日が続いております!
第一話からコメントを本当にありがとうございます♪
水玉 |  2011.07.15(Fri) 23:42 |  URL |  【コメント編集】

★ちあきさん、ありがとうございます。

お久しぶりです、コメントありがとうございます!!

うちの琴子ちゃんは必ずドナドナされる運命なんです(笑)
それにしても、ちあきさんの仰る通り本当に、どの口が言うんだかって感じですよね。
後悔している暇があったら、さっさと謝りに行って迎えにいけって!

お琴ちゃんがいなくなって、その大切さが分かればいいのにと思います。
どれだけお琴ちゃんが自分に尽くしていたか。
それこそ、ザマーミロですよね!
水玉 |  2011.07.15(Fri) 23:44 |  URL |  【コメント編集】

★ゆみのすけさん、足りないわ!!!

どうも、今回の話は直樹さんへの同情が多いような…(笑)
ゆみのすけさんの「おばか」を聞けて嬉しい。でもゆみのすけさん!
直樹いじめ同好会の会長としてはちょっと迫力が足りない気がするわ!直樹いじめ同好会の副会長としては取っても物足りな~い!!

本当に沙穂子さんはいい人だし。でもやっぱりお琴ちゃんが相手じゃないとだめなのよね。

うーん、もっと直樹をいじめないとダメか…。
そうなるとお琴ちゃんをいじめることになるなあ…。

水玉 |  2011.07.15(Fri) 23:47 |  URL |  【コメント編集】

★拍手コメントありがとうございます。

拍手コメントありがとうございます。

まあちさん
本当にどうして気がつかないって感じの二人なんです!
そういや、昔マンガで、こんな風に自分たちだけが素直になれなくてという物を読んで悶々とさせられた記憶が…。
そうそう、それで最後をもう読めばいいって気分になったんだったわ。
それを考えると、こうやって読んで下さる皆様が神様のように思えます(笑)
ありがとうございます!!

紀子ママさん
紀子ママさんに同情されるなんて、直樹さんもおしまいですね。
ていうか、私が物足りない!!
「直樹、ひどい」と言われることを生きがいにしているような私なのに!!
今回は(今回も)お琴ちゃんを叩いているのに、なぜか同情票が多い…。

あけみさん
お久しぶりです!!よかったあ、覚えていて下さって!!ありがとうございます!
いいなあ、あけみさんの啖呵!本当に「あなたが愛している女ですから!」って叫びたいですよね。自覚はしているようですが…認めろっ!!!
まあ、素直に認めるくらいじゃ入江くんじゃないですよね…。それが入江くんの面白い所というか、謎な所なんですが。
大丈夫です。そろそろいい方向へ動き出しますので!
ぜひまた楽しいコメントをお待ちしております♪

Foxさん
本当にうちの入江くんは口より先に手が出るから…。それでもお琴ちゃんはこんな入江くんを慕っているんですよね。
本当にいい子を泣かせてしまって。これを見ても結婚する気なんだろうか、沙穂子さんは(笑)
お琴ちゃんに幸あれと、願わずにいられません。もうちょっと辛抱して下さいね!
水玉 |  2011.07.15(Fri) 23:56 |  URL |  【コメント編集】

★尋常でない怒り

 直樹が、荒れ狂ったのも理性失うほどに心配と。人の気も知らんとぉ・・・なんて渦巻いてたでしょうがぁ やり方は えげつない ですねぇ・・・。

 沙穂子さんも 何時もと違う直樹に かなりの戸惑い感じてますねぇ・・・。
   琴子大丈夫かなぁ・・・。
吉キチ |  2011.07.16(Sat) 22:27 |  URL |  【コメント編集】

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