日々草子 めでたし めでたし 8

めでたし めでたし 8




「養子って…。」
琴子はそれ以上言うことが見つからない。
「入江の実の母親は、入江が産んですぐに亡くなったんだ。」
渡辺屋は静かに話を始めた。
「父親は男手一人で育てようとしたんだが、やはり難しかったらしい。それに入江を見ると亡くなった奥方を思い出して辛い。それで…その知人だった入江の父上が引き取ったんだ。」
お琴は黙って渡辺屋の話を聞いていた。

「入江を引き取ることを強く望んだのは、入江の母上だった。入江の御両親はなかなか子宝に恵まれなかったから。だから入江を大事に大事に育てられた。」
「そんなこと…全然気がつかなかった…。」
お琴が転がり込んで数カ月。その間、何度も入江家には足を運んだ。
重樹と紀子も直樹に特別気を遣っている様子はなかった。直樹も同様だった。だから今までお琴は気付かなかったのである。



「師匠はいつ自分が養子だと知ったのですか?」
「五つの頃だって。口さがない親戚が話していたのを聞いたらしい。その時、きちんと御両親は事情を話したって。」
「五つって、まだ小さいじゃないですか。」
お琴は驚く。五つの子供に話して分かることなのだろうか。
「あいつ、天才だから。」
渡辺屋は笑った。

「そして暫くしたころ、裕樹くんが産まれた。勿論、入江の御両親は二人を分け隔てなく育てられた。」
それで直樹と裕樹は年齢が離れているのかと、お琴は合点した。

「裕樹さんも養子の件は知っているのでしょうか?」
「知っているよ。裕樹くんはその話を聞いても、兄上は兄上だからと言ったって。」
「そうですか。」
それを知り、お琴は少し安堵した。裕樹が知らない事情を赤の他人の自分が知ってしまったことになると、心苦しい。

そこまで話を聞いたお琴は、ふと思った。
「もしかして、師匠が家を出たのは?」
渡辺屋は頷いた。
「…大事に育ててくれたからこそ、家を継ぐのは実子である裕樹くんであるべきだと思ったんじゃないかな。だから家を出て作家になった。俺はそう思っている。」
作家になった理由まではよく分からないけれどと渡辺は話した。
お琴は以前、作家になった理由を訪ねた時の直樹の答えを思い出す。

―― 人生は一度きり。自分のやりたいことをやりたい。

それは嘘ではないと思う。自分のやりたいことができた。そしてそれは家を出る理由にもなった ――。

「でも入江の御両親も裕樹くんも、あくまで入江家の跡目を相続するのは入江だと言っている。それは入江が家を出て作家をしている今も変わらないらしい。」

本当にお互いを思いやっている家族なのだなと、お琴は感動を覚えた。



それにしても不思議なことが一つ、お琴にはあった。

「母上様と師匠は顔が似ておいでです。」
この間も、怒っている紀子の目つきが直樹とよく似ているとお琴は言ったばかりである。
「不思議だよね。」
渡辺屋がやっと表情を和らげた。
「血が繋がっていないのに、あんなに顔が似るなんてね。でもそれだけ母上が入江を愛情込めて育てられたんだろう。」
「そうでしょうね。」
直樹と紀子は遠慮のない物言いをしていた。それは実の親子にしかできないことだ。
血は繋がっていなくとも、二人は親子以外の何物でもない。お琴はそう思う。



「母上様は今回の縁談を、なぜあんなに反対なさっておいでなのでしょうか?」
沙穂子は嫁として何の問題もない。紀子があそこまで反対することが不思議である。
「そもそも、師匠が養子であることを大泉様は知っておいでなのですか?」
「ああ。」
渡辺屋の顔が少し険しくなった。
「沙穂子様は一人娘なんだ。だから大泉家としては入江を婿養子に迎えたいのが本音らしい。養子なんだから婿に来てもらえるだろうと簡単に考えていたみたい。」
「そんな…。」
「だから入江の御両親は正直、この縁談には乗り気ではなかった。入江を軽く見ている気がして腹が立っていたんだろうね。」
それはそうだろう。大事に入江家の長男として直樹を育ててきたのだから。重樹と紀子が怒るのも無理はない。

「もっとも沙穂子様は、自分が嫁に行くんだと言い張ったと聞いているよ。入江は入江家の長男なのだから婿に来てもらうわけにはいかないと主張したって。」
「本当に…素敵な方なんですね、沙穂子様は。」
そんな女性だったら、きっと紀子もいつかは気に入るのではないかとお琴は思う。そしてますます、自分は沙穂子の足元にも及ばないと思った。

「ただ…入江は沙穂子様のことが好きだったかどうかは疑問だけどね。」
「でも一度は縁談を受けたんでしょう?」
好きじゃなければ断れるのではと思う。武士の結婚は家同士のつながりのためとはいえ、重樹と紀子が気が進まないのなら断ることに問題はない。

「入江はあの時は、好きな人がいなかったからね。」
渡辺屋はわざと「あの時は」という所を強調した。
あの時は想いを寄せる相手が直樹にはいなかった。
だが今は…。渡辺屋はお琴の顔をじっと見つめる。しかし、お琴はそんな渡辺屋の気持ちに気が付いていないらしい。

「今回の話を進める気になったのは、大泉家からの申し出をまた断ると入江家の立場が悪くなると思ったんじゃないかな。」
前回も断ったのは直樹の方からである。今回も断ったとなると、さすがに大泉家も不快感を露わにするだろう。ましてや沙穂子をこうして受け入れているのである。期待させておいて断るということはまずい。

「入江の行動は実家を気遣ってのことだろうと、俺は思いたいけど…ね。」
それは直樹にしか分からないことである。だが渡辺屋はそう信じたかった。

―― 入江はきっとお琴ちゃんのことを。

渡辺屋は長い付き合いから、自分の勘が当たっていることを確信している ――。



直樹が戻ったのは、大分夜も更けた時のことだった。
お琴に何も話しかけず、黙って自室へと入ってしまった。
正直、お琴は助かったと思った。昼間のことで何を話していいのか分からなかったからだ。



そして夜が明けた。
この日も沙穂子は来なかった。準備の手伝いだけかと思ったら、茶会に出席するよう命じられたのだと使いが伝言を運んで来た。

昼になっても直樹は部屋から出て来なかった。
お琴が置いておいた朝の食事が手つかずのまま、部屋の前に置かれていた。
「師匠…起きてますか?」
お琴は恐る恐る、襖の向こうへ声をかけた。

「お琴。」
襖の向こうから、直樹の声が聞こえた。
「話がある。入れ。」
直樹に命じられ、お琴は静かに中へと入る。

お琴が座ると、直樹が体の向きを変えた。久しぶりに二人は視線を合わせた。



「今度書く話で、俺はこの仕事を辞めることにした。」
「え!?」
突然の直樹の話に、お琴は目を丸くする。
更に直樹は驚くことをお琴に告げた。

「大泉家に婿入りすることにした。そうなるとこのようなことを続けることは不可能だからな。」

「そんな…。」
確かに直樹は昨日、紀子に沙穂子と結婚すると話した。しかし婿入りまでは話していない。
昨日渡辺屋から聞いた話をお琴は思い出す。

「沙穂子殿は一人娘だし。それに…。」
直樹はお琴を見た。
「渡辺屋がどうせ話しただろ?俺は養子だからな。」
「でも…父上様と母上様は…。」
重樹と紀子は直樹を跡取りだと今でも思っている。お琴はそう言おうとした。
「裕樹がいるから安心して、俺は大泉家に入れる。」
直樹は本気らしい。



「お琴。」
呆然とするお琴を直樹は呼んだ。
「…すまないな。」
そして直樹は突然お琴に謝った。
「何がです?」
何を謝ることがあるのだろうか。昨日、紀子に言ったことだろうか。
「俺はお前を一人前に育てることができなかった。師匠として失格だったな。」
「そんな…!」
お琴の目に涙が浮かぶ。まるで別れの言葉を告げられているかのようである。

「お前の今後は…どうする?田舎に帰るか?」
そう尋ねられても、お琴は答えられない。お琴にできることは涙が零れないよう堪えることだけだった。

「それとも…父上に頼んで、どこかいい縁談を探してもらおうか?」
お琴は顔を上げた。
「縁談…?」
「お前は金持ちが好きみたいだもんな。」
直樹はクスッと笑った。
「そんなこと…。」
「あるだろ。お前はいつだって“師匠、儲けないとだめです”と俺をけしかけていただろうが。」
「それは…。」
「それは直樹の老後が心配だから」と言いかけ、お琴は口をつぐんだ。もう直樹の老後は心配する必要はない。

「父上の養女にしてもらえば、裕福な家の嫁になれるかもしれないな。武士が嫌だというのなら、渡辺屋に頼んで商家との縁談を…。」
「嫌です!!」
耐えきれずにお琴は叫んだ。
「お琴…。」
直樹は少し驚いた。
お琴は直樹を見つめた。
「私は…師匠のお傍にいたいです!」
目から涙を零しながら、お琴は直樹に言った。

「…それは無理だ。」
直樹はお琴の視線に耐えきれず、目をそらす。
「女が嫁に行くなら女中が付き添うということもあるが…婿に入る男に付き添うなんて聞いたことない。」
「…!」
直樹の言葉に、お琴は呆然となった。
お琴が直樹の傍にいたいのは、女中としてではない。しかし直樹にとって自分はその程度の存在だったということを思い知らされたのである。

お琴は声を上げて泣きたい気持ちを何とか堪え、立ち上がる。これ以上直樹の傍にいることは耐えられなかった。
襖を開けお琴は出ていく。
そしてそのまま、玄関へ向かい家を飛び出した ――。



直樹は机に向かった。その上には何も書かれていない紙が置かれている。
直樹は黙ってそれを手に取り、細かく引き裂いた。

お琴を追いかけて慰めることすら、今の直樹にはできない。

散らかる紙屑の中に、直樹は仰向けになり天井を見つめる。

「よくもまあ、俺の口は次から次へと嘘が出るもんだな。」
女中として付き添いたいという意味で、お琴が自分と一緒にいたいと言ったわけではないことは、直樹も分かっていた。
お琴が自分に恋愛感情を抱いているかどうかは、直樹にもそこまでは分からない。
弟子として傍で修業したいという意味なのかもしれない。

だが、それでも分かっていることは一つだけある。

「ずっと傍にいたいのは、俺も同じだ…。」

目を閉じて、顔を両手で覆い、直樹は呟いたのだった ――。












どこが「めでたし めでたし」なんだろう?っていうような内容になっております(笑)

皆様、やっぱり琴子ちゃんが辛い目に遭うお話はだめでしょうか?
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comment

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今日も泣かされちゃいました。

今朝も水玉さんに泣かされちゃいました。琴子目線ですぐ涙する私。
今日は直樹も泣いてますね。心の中で。

NO TITLE

あ~~~!!もう!!直樹さん!!!!
でもでも直樹さんは自分の気持ちに気づき始めていますね。
まずは、よっしゃーーー!!って気分です。
だけど琴子ちゃんを泣かすようなことをしてはいけないよぉ~直樹さん。

入江君は入江君で考えがあって沙穂子さんとのことを決めたんでしょうね。
きっと、彼もつらいのでしょう・・・・
琴子ちゃんもつらいよね。頑張れ!!

杏子さん、ありがとうございます。

ありがとうございます~って変かな?
入江くんも泣いていますよね。きっと琴子ちゃん以上に悲しいんじゃないかなと思います。

ゆみのすけさん、ありがとうございます。

よっしゃーーー!!が出たか!!!
それはそれで嬉しい♪
今回は直樹いじめ同好会会長のゆみのすけさんにまで、同情されている入江くん(笑)
この同情がいつまでもつことやら…。

本当に二人とも辛いんですよね、うん、うん!

あ~やっぱりゆみのすけさんの「おばか」が私は恋しーいっ!!!

拍手コメントありがとうございます!

拍手コメントありがとうございます。

紀子ママさん
今回、お琴ちゃんも自分の気持ちを自覚しているのかどうかはまだ謎です。
だから先に自覚したのは直樹さんでしょうか?
直樹さんも色々考えての行動なんですけれど、それでは誰も幸せにならないことも気がついてくれたらいいのになと思います。

まあちさん
まあちのMはって(笑)そんなあ~!!!
それにしてもお嬢さんは本当に可愛い!!!なんですか、一人笑点って!
私も見に行きたい!!今年の夏は道具屋あたりに挑戦してみるのはいかがでしょう?
でも家族大喜びでしょうね。
そしてお嬢さんに負けないまあちさんのお芝居が!!
それじゃ沙穂子さんとお琴ちゃんは直樹さんじゃなく、ふんどしをめぐる戦いをしているかのようじゃありませんか。しかもふんどしに負けて身を引く沙穂子さん…悲しすぎるっ!!でも爆笑です!!

ぴくもんさん
そうなんですっ!!
本当は入江くんはとても優しい人なんですよね。
だからこそ、こうして自己犠牲が強くて…それは琴子ちゃんをも傷つけることになって。
ぴくもんさんは琴子ちゃんが辛い目に遭うのがだめですか。私もです。書くのは平気ですが読むのは辛いですよ~涙
最後はめでたしめでたしになりますか…そうなるように頑張りますね!!

みづきさん
本当にお琴ちゃん可哀想で…同じくらい直樹さんも可哀想なんですけれど。
でもこうして皆さんに可哀想可哀想と直樹さんが言われるのもあと少しなんだろうな…(笑)
自虐街道まっしぐら、そのとおりですよね!
またもや悲劇のヒーローになりつつある入江くんです♪

chan-BBさん
ふんどし洗わせているところからって(笑)
確かにそうですけれどね!気を許しているからこそ、そういうものを洗わせていたんでしょうけれど!
それにしても、琴子ちゃんが辛い目に遭わないのならということですが、それじゃあ入江くんは最後辛い目に遭っていいんだろうかと、あまのじゃくなことを考えてしまっている私がいます。
でもついてきてくださるってとても嬉しいです♪ありがとうございます!

Foxさん
お琴ちゃんの玉のお肌を見てしまった時から、意識はしていたんでしょうね…と書くと、まるでお琴ちゃんの裸にやられたいやらしい男みたいですね(笑)
でも明るく朗らかなお琴ちゃんに癒されていたことは事実だと思います!!
いつも以上に今回は悲劇のヒーロー路線、またはメロドラマのヒーロー路線な入江くんでございます!

本音

     こんばんは
  お互いに心には お互いがいて・・・素直になれない思いもあり・・・思えば思うほどにイケズする直樹・・・何時になったらお互いに本音が言えルンでしょうねぇ・・・。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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