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2011.07.05 (Tue)

めでたし めでたし 3


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地本問屋渡辺屋は、今日も大賑わいである。
客で混雑している店を横目に、直樹とお琴は番頭に通され中へと入った。

「すごい人気ですね。よかった、師匠の新作、今度も売れそう。」
お琴は素直に喜びを口にする。
「私も手伝った師匠の本が、あんなに大勢の人に読まれているなんて嬉しいな。」
「何が手伝った、だか。」
直樹は「ふん」と冷たい。
「お前がやったことは、墨をすったり紙を揃えたり、そんなことばっかりじゃねえか。」
「いや入江。それだって立派な弟子の仕事だろ?」
今日も渡辺屋はお琴を庇う。
「そうですよ。立派な弟子の仕事です。」
お琴は調子よく渡辺屋に同意し、出されたお菓子を頬張った。

「でも、師匠がお客さんに笑顔で手を振ったらもっと儲かる気がするんですけど。」
「ああ、それいい考えだね!」
「でしょう?だって師匠、黙っていれば素敵ですもん。」
お琴は直樹の顔を見る。本当に黙っていれば美しい顔を直樹はしている。
「そうだな。どんくらい儲かるかなあ…。」
「握手とかつけたら、かなり儲かりそうじゃありません?」
算盤を弾き出した渡辺屋を、お琴が見る。
「おい、そこの守銭奴二人。俺に何をさせる気だ。」
直樹は渡辺屋の手から算盤を奪った。

「旦那様。」
そこへ番頭が渡辺屋の元にやってきた。
「…番頭さんがいっぱいいるんですね。」
お琴はこそっと直樹に囁いた。先程自分たちを案内してくれた番頭とは違う人間だった。
「そりゃ、渡辺屋といったら江戸でも一、二を争う地本問屋だからな。」
「それでこんな大きなお家なんだ。」
お琴は改めて周囲を見回した。渡辺屋の屋敷は広大な敷地である。この部屋に入るまでに一体、何回廊下を曲がったことか。

「…ということで、無事に上屋敷にお納めしてまいりました。」
「ご苦労だったね。」
どうやら番頭は渡辺屋に報告をしに来たらしい。

「入江の本は大名家のお女中たちにも大層人気らしいな。」
満足そうに頷きながら、渡辺屋は二人の前に戻って来た。
「そりゃどうも。」
そう言われても直樹は動じることはない。

「でも…一つ疑問があるんですけれど。」
直樹からもらった菓子をまた頬張りながら、お琴が疑問を口にした。
「何だよ、お前は。」
直樹が面倒くさそうにお琴を見た。
「何だい、お琴ちゃん?」
直樹とは反対に渡辺屋はいたって親切な態度を崩さない。
お琴はきちんと製本された直樹の新作をめくりながら、
「どうして師匠の書くお話は、いつも悲しい結末なんです?」
と尋ねた。

入江直樹の作品は、江戸中の女性を虜にしていると言っても過言ではない。
その秘密は、物語の結末にある。

「今度のお話も、大吾とお絹の二人が最後、結ばれないからと崖から身投げしているし。この前の忠三郎とおりんのお話も引き裂かれておしまいだったし。」

直樹の書く話の特徴。それは主人公の二人は決して結ばれないことであった。

「なぜですか?」
「確かに。お前の書く話で登場人物が幸せになったものは一冊もないな。」
渡辺屋も理由知りたいらしい。

「…ばからしい。」
直樹はお琴から自分の本を奪った。
「世の中、全てが丸く収まるってもんじゃないだろ。」
「そりゃ、確かにそうだけどさ。」
「物語の人物全てが幸せに終わるなんて、現実離れも甚だしい。」
直樹はポンと本を畳に置いた。

「でも、そこが物語のいいところじゃありません?」
お琴が口を挟む。
「絶対あり得ない話が読める。それが物語のいい所だと思うんですが。」
「分かったようなことを。」
直樹はお琴に反論する。
「世の中皆が幸せだったら、嫁と姑のいさかいも起きない。世継ぎ争いなんてことも起きない。もっといえば、お家の取りつぶしなんてこともない。」
「…どんどん話を広げますね。さすが師匠です。」
お琴が変なところに感心した。
「だけど、世の中がそんなことだからこそ、人々は物語に幸福を求めるんじゃないかと…。」
「ああ、はいはい。お前の意見はそういうことだと聞いておくよ。」
これ以上付き合ってられないと言わんばかりの直樹。

「じゃあ、優秀な弟子であるお琴に聞く。」
「優秀」という部分に嫌味を込めて、直樹はお琴に訊ねた。
「今回の話、お前だったらどう結末をつけるんだ?」
「私ですか?」
「待ってました」というかのように、お琴の顔がパッと輝いた。
「うん。僕にも教えてよ。お琴ちゃんだっていつかは入江のように本を出したいんだろ?」
渡辺屋が笑顔をお琴に向けた。

「ええと…まず、二人は崖から飛び降りるんですけれど。」
直樹と渡辺屋の視線に半ば照れつつ、お琴は自分の考えを話し始める。
「飛び降りた時に、白い大きな鳥が飛んでくるんです。」
お琴は自分の両手を鳥の羽根のように広げてみせた。
「そして、二人は鳥の背中に受け止められて。そのまま遠い国へと…。」
お琴はもう、自分の想像の世界の中へと飛びだってしまったようである。

「…あれで作家をめざすなんて、へそが茶を沸かす。」
まだ想像の世界から戻って来ないお琴を横目に、直樹が呆れた声を出した。
「…まあ、まあ。でもお琴ちゃんの気持ちも分からないでもないさ。」
渡辺屋が直樹を宥める。
「いつかはお琴ちゃんもお前を超える作家に…。」
「絶対ならねえよ!」
直樹の声で、お琴は現実に引き戻された。

「とにかく、たまには師匠も『めでたし、めでたし』のお話を書いてみたら…。」
「絶対書かねえ!」
お琴の勧めにも直樹は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。



「おい、入江。」
帰る二人を見送りがてら、渡辺が直樹を呼び止めた。
「何だ?」
渡辺は直樹を手招きする。お琴は店内の本を見ていて二人に気が付いていない。

「お前、お琴ちゃんに何か買ってやれよ。」
「は?何で、俺が?」
直樹は眉を潜めた。
「あんなにお前のことを考えてくれているんだぞ?家のことも任せているし。」
「それが弟子の役目だ。それにあいつの後始末を俺が片付けているという状況をお前も良く知っていると思うけれど?」
「知っているよ。でもさ、たまには何か買ってやれって言ってるんだ。お前はどうも口が悪いから俺は心配なんだよ。」
「別に心配される覚えはないね。」
直樹はまともに取り合おうともせず、「帰るぞ」とお琴に声をかけるとさっさと渡辺屋を出て行ったのだった。



そして直樹は、また新作の執筆に取り掛かっていた。
今度の話は成金の年寄りに無理やり嫁がされた女性と、幼い頃から彼女を見守っている男性の悲恋である。
筆が乗り、暫し夢中で机に向かっていた直樹だったが喉の渇きを覚えた。
机の上の湯呑茶碗は空だった。

「お琴!お茶!」
直樹はお琴を呼ぶ。しかしお琴は姿を見せない。
「お琴!」
もう一度呼んでみたが、お琴は出て来なかった。
「ったく、あいつはどこへ行った?」
直樹は立ち上がり、部屋を出た。

「こんな所にいやがった。」
お琴は縁側に干された布団の上で、気持ちよく寝息を立てていた。
どうやらいい塩梅に干された布団に御機嫌だったらしい。

あまりに気持ち良く寝ているので、お茶くらいで起こすこともないかと直樹は思った。
そしてその体になにかかけてやらないと、風邪をひくと思う。

「師匠…。」
その時、お琴が寝言で直樹を呼んだ。
「何だ、お前。夢の中でも俺の世話を焼いているのか。」
これには直樹の口元も綻ぶ。
直樹は押し入れを開け、布団を手にする。

起こさないようにそっとかけてやろうと直樹は思った。
渡辺屋の言うとおり、確かにお琴が来てくれてから直樹は前より筆が進むようになっている。
たまにはこうやって昼寝をするのも悪くはない。

「師匠…。」
お琴がまた直樹を呼んだ。直樹はまた笑う。
「…だめですよう。それは落ちてしまったんだから。」
「何だ?」
直樹の口から笑みが引っ込んだ。
「…師匠、だめですって。拾い食いなんてお腹壊します…。」
「こいつ…!!」
自分がお琴の夢の中でかなりひどい扱いを受けていることを知り、直樹は優しくかけてやるつもりだった布団を乱暴にお琴の頭の上に落とした。



しばらくした後、
「苦しいっ!!!」
という声とともに、お琴が起き上がった。
「やだ!布団が頭まで!!」
どうりで苦しいはずだと、お琴は思う。だがふと気付く。
「布団なんてかけて寝てたっけ?」
自分は干してあった布団のあまりの気持ちよさに寝てしまったはず…となると、この布団は…。



「師匠!!」
「うるさい。」
襖を開けて飛び込んできたお琴を見ようともせず、直樹は冷たく注意する。
「師匠がお布団、かけてくれたんですね!」
「別に。風邪引かれて俺にうつされたら困るから。」
直樹は相変わらず背中を向けたまま答える。
「ありがとうございます、師匠!!」
お琴は感激して、直樹の首に抱きついた。
「おい、暑苦しい!!」
身をよじって、お琴から逃れようとする直樹だが、お琴は離れようとしない。
「こんなに優しい師匠の弟子にしてもらえて、嬉しいです!!」
「離せ!!」
何度直樹がそう言っても、お琴は離れようとしなかった。



直樹は相変わらずお琴を女性として見ていなかった。
しかし、その態度に変化が現れたのは、それから数日経った時だった。



「ああ、疲れた。」
その日、学問所で机を並べた学友たちが集まる会があり、直樹も渡辺屋と共に参加した。
予定以上に宴が長引いてしまい、直樹が戻ったのは夜も更けた頃だった。

お琴はもう寝ているだろうと、音を経てずに玄関に上がる。
そして足音を経てないよう、そうっと風呂場へと直行した。
風呂場の戸を開けた時である。

「うわっ!!!」
「きゃあっ!!!」
声がぶつかりあった。

そこには、何一つ身に纏っていないお琴がいたのだった ――。









あまりに何も起きないと、せっかく読んで下さっている方を退屈させてしまって申し訳ありませんので…。
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*Comment

★楽しみにしてます!

更新ありがとうございます。
いつも楽しく読ませて頂いてます。
やっぱり、何時の時代でも「直琴」健在ですね!二人ともカワイイ!
やっと「師匠」と「弟子」から「愛弟子」に変わって行くのでしょうか?
夏バテや夏風邪、体調不良に気を付けて頑張って下さい。
続きを楽しみに待ってます。
REE |  2011.07.06(Wed) 09:45 |  URL |  【コメント編集】

★No title

めでたしめでたし♪
とってもいい響き!!
入江君と琴子ちゃんもめでたしめでたし
と、なってくれることを期待しています♪
あ~~琴子ちゃんかわいい!!
直樹さん嫁入り前の琴子ちゃんのお姿を・・・・・・めっ!!

水玉さん♪あまり無理しないでくださいね♪
健康第一!!です♪でもでも続きも読みたいよ~
ゆみのすけ |  2011.07.06(Wed) 13:47 |  URL |  【コメント編集】

★REEさん、ありがとうございます

こちらこそ、読んでくださりありがとうございます。
いつの時代も直琴健在とのお言葉、とても嬉しいです。

入江くん、お琴ちゃんをそろそろ女性として意識し始めるような感じでしょうか?←ちょっと早すぎかなとも思いましたが(笑)

REEさんもお体気をつけて下さいね!!
今年の夏も暑くなりそうですね。
水玉 |  2011.07.07(Thu) 12:21 |  URL |  【コメント編集】

★ゆみのすけさん、ありがとうございます。

めでたし、めでたしっていいですよね。
この時代HAPPYENDという言葉がなかったので、こういうタイトルにしてみました。

ゆみのすけさんの「めっ!!」がとても可愛い~私、デレデレになってしまいましたよ!

お気づかいありがとうございます。
かゆみはまだ出ませんが、なんか引きつりはじめたのと巨大化して、すごくぷにぷにしていて母に「いや~痛そう!!」と怖がられている日々なんですが(笑)

でもこのやけど以来、お湯を沸かすことが怖くて…。
水玉 |  2011.07.07(Thu) 12:24 |  URL |  【コメント編集】

★拍手コメント、ありがとうございます。

拍手コメント、ありがとうございます。

紀子ママさん
入江くんが作家だったら、何か普通の話って絶対書かないような気がして(笑)
入江くんがコッテコテのラブストーリーを書く姿が想像できないんですよ(笑)
あのひねくれた性格だと、わざと登場人物をこれでもか、これでもかと苦難に陥れそうな気がしてそういう設定にしました。
純粋なお琴ちゃんがこれから、入江くんをどう変えていくのか…既に変えつつありますけどね!!

佑さん
あられもない姿を見られちゃったんですよ~。
全く入江くんたら、お嫁入り前の大事な体を!
さすがの入江くんもこれには動揺せざるを得ないでしょう。

Foxさん
ありがとうございます。
今回お琴ちゃんは私にしては珍しく、元気いっぱいのキャラにしてみました。
いつも結構大人しい感じなので(笑)
入江くんに全く負けていない感じが、自分でも気に入っております。
私も書いていてとても楽しいです。

りーさん
ありがとうございます♪
あちらもチェックして下さっていたんですね。すごく嬉しいです。
平穏な日常もいいのですが、やはり読んで下さる側を考えると、ちょっとはドキドキもあった方がいいのかななんて思ってしまったり。
だけどいざ書いてみると、予定よりも少ない話数で終わってしまいそうで…!
続きを読みたくてというお言葉、ありがとうございます。復帰してよかったなあと心底思います!

いたさん
ただいまです!!
あの時計、気づいて下さりありがとうございます。
なかなか、ゴルゴは生きていく上で役に立つことが多く書かれていますよ(笑)
時間を守るのはゴルゴを依頼するにあたって、必ず守らなければいけないことですので。ちなみに上着のボタンをとめない人物をゴルゴは信用しないそうです。
おっといけない、いけない。ついゴルゴに触れていただけて調子に乗りました。
今回のお話は最後まで頭の中では出来上がっているんです。
でも実際書いてみると、話に膨らみが足りないのが分かり…どう膨らませようかと頭を悩ませております。
水玉 |  2011.07.07(Thu) 12:34 |  URL |  【コメント編集】

★激変?

   こんにちは
 渡辺さんって・・・親戚のおばちゃんが入ってる様ナァ・・・←すいません。 ほんとに親身に二人を心配して直樹に色々伝え・・・

 でも直樹のお話しの結末には何かがあるのかなぁ? ロマンチック琴子も見せて頂けて嬉しいです。

 ギャホォ~・・・  お互いにどうするぅよぉ・・・。
吉キチ |  2011.07.11(Mon) 16:55 |  URL |  【コメント編集】

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