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2011.06.01 (Wed)

月読みの光に来ませ 21


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琴子が邸に戻って、早一か月が過ぎようとしていた。
その間、琴子は一度だけ参内した。
鴨狩帝に、突然消えてしまったことと尚侍を辞めることを自分の口できちんと説明したかった。
帝はあの夜のことには触れることなく、逆に一言「申し訳ないことをした」と謝ってくれた。
尚侍の件は、自分とのことはなかったことにしてでも続けてほしいと帝は願ったが、今はしばらく何も考えずに自分の時間がほしいと琴子は話し、納得してもらった。

そして琴子は、直樹と共に義両親へ挨拶へも出向いた。
直樹からすると、少しでも琴子の気分を和らげてほしかったからであるが、琴子は直樹が自分を引き留めるための手段と考えているのだろうと思っている。

「…何か話せよ。」
実家へ向かう車の中にて、空気に耐えきれなくなった直樹が口を開いた。
「別に…何も話すことなどありませんもの。」
ツンとしている琴子はとりつくしまもない。
直樹は自分と目を合わせようともしない妻の顔を眺める。
今まで「お兄様、あのね」とまとわりついていた時も鬱陶しいと口では嫌がりつつ、その無邪気さに愛情を感じていた。
あの頃の面影は、今の琴子からはすっかり消え失せていたが、こうやって冷たい素振りを見せる琴子もやはり嫌いにはなれない。

―― すっかり惚れ込んでいるんだな。
つくづく、自分の琴子への想いを知らされ、そしてそれをどうして素直に口にできないのかと思う。
今頃口にしたところで、琴子の凍りついてしまった心は溶けることはないのだ。



実家で琴子は、心配をかけたことを義両親に詫びた。
紀子は琴子が直樹と共に戻ったことを知り、起き上がれるようになったものの、まだ完全な回復とまではなっていなかった。
それでも、琴子が髪を下ろすことなく、こうして戻って来てくれたことを喜ぶ。
重樹もそれは喜んでくれたが、息子夫婦の仲がしっくりいっていないことを心配していることは、目にも明らかだった。

琴子は義両親に心配をかけてしまったことは辛く申し訳ないと思っていた。
あまり母の顔を覚えていない琴子にとって紀子は実の母も同然である。だから紀子を甲斐甲斐しく世話した。

暫く話をした四人であったが、紀子は少し休みたいと言い部屋へと下がった。
「直樹さん。」
部屋に戻る際、驚くことに紀子は直樹を呼んだ。手を貸してほしいということだったが、直樹一人に話があることは一目瞭然である。
直樹もそれが分かっており、紀子に従った。



部屋には重樹と琴子の二人きりとなった。
「姫や。」
重樹は優しく琴子に声をかけた。
「…すまないね。本当にあのような息子で。」
「お義父様。」
琴子は重樹の優しさに、今まで耐えてきたものがふっと切れてしまうことを感じる。
「そんな…至らないのは私です。」
義両親に心配をかけたくない一心で、琴子は泣くことを堪えていたのだが、やはり涙を押さえることはできなかった。

「いいんだよ、思いきりお泣き。」
重樹は嫁でもあり、そして娘でもある琴子の肩に優しく手を置く。
「本当に…辛かっただろう。」
何があったかは敢えて聞こうとは重樹は思わない。
だが、琴子の心がここまで追い詰められてしまったことは紛れもない事実である。そしてそれが直樹に原因があることも気が付いていた。


「姫はわしの大事な親友の忘れ形見であり、大事な娘でもある。」
泣き続ける琴子の肩を抱き、重樹は話す。
「幸せにすることを、わしは親友に誓った。」
琴子は答えることもできず、泣いている。
「だから、不幸だと思うのなら…。」
それから先は重樹は口にはしなかった。
琴子がこのままでいると不幸だというのであれば、直樹と別れてもいい…重樹が言わんとしていることは琴子にも伝わる。

琴子は琴子で、こうして引き取って育ててくれた上に、実子と養女が結婚するということを快く許してくれた重樹と紀子に申し訳なさでいっぱいだった。

「勿論、どの道を姫が選ぼうと、姫がわしたちの大事な娘であることは変わりないから。今後どうなっても、面倒は見るから安心するがいい。」
重樹は最後まで琴子に優しかった。



「…よかったわ。姫がとりあえずは髪を下ろすことを考え直してくれて。」
夜着の中から紀子は安堵の声を漏らした。
しかし、すぐにその顔は険しいものへと変化する。
「謝ったの?」
紀子は直樹に確認する。
「…一応は。」
「一応って何ですか!」
思わず怒鳴ってしまった紀子。
「お体にさわりますよ、母上。」
直樹は冷静さを保ち、紀子の体を気遣う。
「気遣う相手が違うでしょうが!!」
紀子はその直樹の手を払いのける。
「大体、あなたは誠意が足りないのです!姫が自分に夢中だからと安心しきっていたのではないのですか?」
図星である。
だから今だにどう気持ちを琴子へ打ち明けていいか分からない直樹であった。

「父上様は覚悟をされておいでのようです。」
紀子は悲しげな顔を浮かべた。
「覚悟?」
「…あなたと姫が別れることです。」
そして紀子の目に涙が浮かぶ。
「そうなったら…何てことでしょう。どうしてあの可愛い姫がそんな辛い目に遭わねばならないのか。」
泣き出した紀子に、直樹は何も言えないままだった。



その後も直樹と琴子の中はしっくりといかないままだった。
それまでは二人揃って寝殿で暮らしていたというのに、今では直樹がそのまま寝殿、琴子は正室ということで北の対で暮らすようになっていた。

琴子が直樹を誘うことは全くなかった。
日中、琴子は暇を持て余していた。
庭をぼんやりと眺めるか、好きな『源氏物語』を読むか。
今の琴子は『源氏物語』を読むたびに、浮かない表情を浮かべる。
「紫の上も結局は…悲しい最期なのよね。」
夫は他の妻を迎え、出家も許されず、亡くなる紫の上…あんなに憧れた女性が今では何と気の毒にうつることか。
そして琴子は自分もいつかはこうなるのではないかと思い始めていた。

「お兄様は、結局のところ、義父上様と義母上様のために私と結婚していたいだけなのかもしれない…。」
もう直樹の愛情は自分にはない。直樹は意地で結婚生活を続けようとしているに違いない。

直樹が官位を辞してしまったことも、琴子が苦しむ原因の一つだった。
それを知った時、琴子の衝撃は図り知れなかった。
自分は何のために宮仕えに出たのだろうか。
結局のところ、直樹の役に立つどころか、直樹を表舞台から引きずりおろすようなことになってしまったのだ。
直樹は琴子のせいではないと言ったが、琴子はそうは思えない。

このような自分と結婚したままで、直樹に幸せが訪れることなどあるはずがない。



「満月か。」
夜空に浮かぶ月を見上げ、直樹は呟く。
以前は琴子と共に眺めていた月をいつから一人で眺めるようになったのか。

ふと思い、直樹は琴子を訪ねることにした。

琴子は相変わらず直樹と目を合わせようともしない。
寺から戻ってから、ずっとこうである。
色々話題を見つけては振ってみるのだが、一向に琴子は話に乗って来なかった。
そのような態度を取られても、直樹は琴子の顔を見に足を運ぶ。
そして今日も同様だった。

琴子は琴子で直樹への申し訳なさや、その心が見えないこと、自分がどうしたらいいのか分からないことからそのような態度を取ってしまうのである。
しかし、直樹はそれに気がつくはずがない。

結果として、二人の間の空気は重いものとなったままであった。
その空気の中、女房たちは、直樹と琴子が再び仲睦まじくなってくれることを願っている。

「頭が痛みますので、下がります。」
とうとう琴子が耐えられずに立ち上がる。
「女房たちとお話をされたらよろしいかと。」
自分はいなくなるが、ごゆっくりと言わんばかりに琴子は下がってしまった。



―― もう自由にしてやったほうがいいのだろうか。

月に問いかけても、答えてくれない。
直樹は一人でぼんやりと月を見上げ、そんなことを考え始めていた。










コメント、拍手を本当にありがとうございます!!

帝と琴子の間に何もなかったことにしたら、「散々気を持たせておいて!」と怒られてしまうかなと実は心配でした(汗)
すみません、たまにはドキドキして頂きたいなと思ってかなり焦らしてしまいました。
ツンツン琴子ちゃん、いかがでしょう?
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*Comment

★逃げるな直樹

        こんばんは
  ツンツン琴子好きですよぉ・・・。 だって偶には直樹にお灸すえないと・・・。  でもでも寂しさとか申し訳なさとか愛されてないとかが頭から離れなくて辛い日々ですよねぇ・・・。
 ただツンツンしてても良いと思うけど ヤッパリできいないよねぇ・・・まだ、たぶん好きだから・・・って思いたいです。

 やっぱ素直さ欠ける直樹が一番悪い!!!。ここまできたのだって直樹が悪いんだし・・・本心言わへんしぃ、直樹が素直になればなのに、自由だってさぁ・・・それも愛情かも知れんけど、自分の気持ちから逃げてるだけじゃん!!!。
吉キチ |  2011.06.02(Thu) 20:16 |  URL |  【コメント編集】

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