日々草子 月読みの光に来ませ 18

月読みの光に来ませ 18






「ここから先にはお通しできないことは、中納言様もご存知でしょう。」
夜の清涼殿を護衛する者たちは当然のごとく言い放った。
「しかし、火急の用件にて。」
直樹は護衛の間を通り抜けようとする。が、護衛たちは直樹の前から動こうとしない。
「お戻りを、主上は既にお休みでございます。」
「そこを何とか。」
護衛たちは困り果てた。
公達の中でもいつも冷静沈着である中納言直樹がここまで無理を通そうとすることは、珍しい。余程の重要な用件があるのだろうか。

しかし決まりは決まりである。いかなる用件があろうとも休んでいる帝を叩き起こすようなことはできない。

琴子がここに向かったと聞いた直樹は、どうしても止めたい一心で清涼殿に駆け付けた。しかし護衛が直樹の前に立ちはだかった。

「今宵は主上はお一人でお休みではございませぬゆえ…。」
ここまで口にすることは憚られたが、そうでも言わないと直樹は引き下がりそうもない。
「一人で休んでいない」、その言葉が直樹の胸を突き刺す。
護衛の者たちは、帝の夜伽の相手までは知らない。知っていたら…尚更邪魔をするだろう。

「悪いが時間がない。」
直樹は両肘で、護衛たちの体を動かすように間を抜けようとする。
「なりませぬ。」
「無茶を仰らないで下さい。」
「どけ!」
直樹は怒鳴った。この声を聞いて琴子が思いとどまってくれないだろうか。
しかし、清涼殿はしんと静まりかえったままだった。

「頼む、責任は全て俺が取る。」
直樹は護衛たちに懇願した。
「…諦めて下さい。」
護衛たちはその一点張りであった。
「これ以上、無体を働かれるのであれば…。」
護衛は外へ顔を向けた。外を守る武士たちを呼ぶという意思表示だと直樹には分かった。

武士を呼ばれたら、騒ぎが大きくなる。
直樹自身はもうどれほど噂になろうと怖いものはないが、帝と琴子が夜を過ごしていることまで明らかになってしまう。
いつかは後宮から表へ噂になることは間違いないが、このような形で明らかになってしまうことは琴子にとっては恥以外の何物でもないだろう。

直樹は下がるしかなかった ――。


藤壺に戻ると、留守番の女房たちが悲しげな顔で直樹を迎えた。
直樹は何も言わず、暫く一人にしてほしいとだけ告げる。

ふと見上げると、月が輝いていた。それはいつか、琴子と一緒に眺めていた月と何一つ変わらない。
「変わったのは、俺たちか…。」
どうにもならないもどかしさを一晩中直樹は抱えて過ごした。



「尚侍様!」
女房たちの声が聞こえた。琴子が戻ってきたらしい。
外はまだ朝もやに包まれている。
直樹は琴子が部屋に入って来るのを、緊張の面持ちで待ち受けた。

「お兄様…。」
部屋に入って来た琴子は、そこに直樹がいたことに驚いた。
直樹は何も言わず、琴子の様子を見た。どこか疲れているように見えるのは…その理由は考えたくない。

「…なぜ、ここに?」
琴子は座ることもせず、立ったまま直樹を見つめていた。
「琴子…。」
何から話せばいいだろうかと、直樹は迷う。言いたいことは山のようにあるのに、言葉にできないもどかしさ。

琴子は直樹から顔を背けた。
「お帰り下さい、お兄様。」
そしてその口から、今まで聞いたこともない冷たい台詞が発せられた。
「琴子、話をしよう。」
直樹はそれだけを何とか口にする。だが琴子は繰り返す。
「お帰り下さいませ。お兄様。」
「琴子…。」
直樹も立ちあがり、琴子の体に手をかけようとした。が、琴子はその直樹の手を乱暴に払いのけた。かつて直樹が琴子にそうしたように。
そして琴子は直樹の顔を見る。その目には涙が浮かんで、そしてかすかに怒りが込められていた。
「今、私はお兄様にお会いしたくはないんです。」
「琴子。」
「帰って!!帰って!!」
琴子は今まで見たことがないように、乱暴に直樹の体を押す。そして叫んだ。
「誰か!誰か来て!!」
その声に女房たちが飛んできた。

「どうされました?」
琴子の尋常でない様子に、女房たちは心配になる。
「お兄様がお戻りよ。早くお送りして。」
「待ってくれ、琴子。話を…。」
「早くお送りして!!」
直樹に話をさせないかのように、琴子は女房たちに命じる。
女房たちは琴子の言うとおりに、
「直樹様、お戻りを。」
「尚侍様はお疲れのご様子です。」
と、直樹を強引に部屋から連れ出した。
「琴子!」
連れ出されながら、直樹はその名を叫ぶ。しかし琴子は最後まで直樹の方を振り返ることはしなかった。



「お怨み申し上げます、直樹様。」
帰り際、女房たちが恨みを込めて直樹に告げた。
「どうしてもっと早く、尚侍様のお気持ちを理解されなかったのですか?」
女房が主人に対してこのような口をきくことは、通常では許されないことである。それは皆も分かっている。しかしそれでも女房たちは直樹にそう言わずにいられなかった。
「今は尚侍様…いえ、姫様をそっとしてさしあげてくださいますよう。」
彼女たちも忠実な女房なのである。琴子のことをそれだけ慕ってくれているのだと直樹も理解している。
直樹は後悔を抱き続けながら、自邸へと戻ったのだった。



琴子は尚侍の地位についたまま、帝の寵愛を受ける形になるのだろうと、直樹は思っていた。そして子供ができたら…その際には女御となり、生まれた子が男御子であったらやがては国母、中宮に立后することになるであろう。
女性の幸せを一身に受けることになる…琴子の前途は洋々である。
それが琴子にとって幸せなのかどうかは、直樹にはまだ分からないが…。

だが、直樹の耳に驚くべきことが飛び込んできたのは、琴子から追い返された日から数日後のことだった。

琴子がいなくなったというのである。

「どこに消えた?」
使いの者に問いただしても、分からずじまい。直樹は急いで内裏に向かった。

琴子はごく少数の女房を連れ、夜中に出て行ったのだと、残された女房は涙ながらに直樹に語った。
実家かとも思い、直樹は使いを向かわせる。しかしそこにも琴子は戻っていないという。

探さないと…直樹は何があっても琴子を見つけ出そうと心に決めていた。
一度、自邸へ直樹は戻り束帯を脱いだ。
そしてその束帯と冠を直樹は使いへ持たせる。
怪訝な顔をする使いに、直樹は告げた。
「中納言の官位を辞し、無位無官となると主上へ申し上げよ。」
「そんな!!」
「いいか、一字一句間違えずに申し上げるよう。」
これは自分ができる唯一の帝への抗議である。臣下でなくなれば、もう何も怖いことはない。
位と琴子、どちらが大事かと言われたらそんなことは聞かれるまでもない。



「そうか…。」
鴨狩帝は、直樹の束帯と冠を前に一言だけ呟いた。
直樹がこういう行動に出ることは分かっていた。そして琴子が消えたことにも驚きはしたが、いずれそうなる予感もしていたのである ――。

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ああ…

帝は琴子ちゃんに手出しできなかったに違いない!と信じております(><)
でないと、でないと…私……!うわーん、水玉さん、この寸止めS過ぎますよ~(涙)!!
正座も痺れ過ぎて感覚なくなってきてしまいましたし、どうか、一日も早くラブラブ見せてください。お願いします~!
あ、でも。
琴子ちゃんが直樹の手を振り払った時、ちょっとスッキリしました(笑)いつも振り払われるのは琴子ちゃんだったから、こういうのもなんか新鮮で。そうよ、そうして反省しなさい!なんて思っちゃったのです。
にしても…琴子ちゃん、どこに行ってしまったんでしょう。
荒れ果てていたお屋敷か、大穴で女御の実家!…とか?すぐ見つかるのか、それとも2話3話と跨ぐのか。
もう色々気になって眠れそうもありません~。


…とはいえ、お忙しい中の更新が大変なのは重々承知しておりまして。
水玉さんが楽しく続けられるペースが一番ですし!ああでも、このままだとポックリ寺に逝ってしまいそうですが…(笑)

今回は鴨狩帝の寵愛を受けて過ごす琴子ちゃんでもいいかなぁ
直樹よ、不貞を悔やんで苦しみ続けろ
って思ってたんですが‥
展開がわからなくなりました。

なぜかブーリン家の姉妹(映画)の
メアリー(結婚してるケド皇帝に気に入られてブーリン家の発展のために皇帝に差し出されて男児を生んだ人、妊娠中にお姉さんアンに皇帝を取られちゃいますが‥一番穏やかな人生を歩んだかなぁって感じの人)と琴子ちゃんが重なってます。

琴子は何処へ??

水玉さん、おはようございます。
更新ありがとうございます。

琴子は、帝と関係を持ったから、直樹を傍に寄せ付けなかったの。
まさか、直樹を裏切る行為は無いと想いたいのですが。
直樹を二人に逢わせたら、間に合ったのでは??
その件が有って、琴子が姿を消したようですね。
直樹を裏切ったと思ったから??
その直樹が中納言の官位を辞し、無位無官となるという事を帝に
伝えるようにと、束帯と冠を添えて。
帝にも琴子が居なくなった時点で、直樹がこのような行動をお越しだろうという事が、お判りに成っていたようですね。
だったら、なぜ琴子を呼び寄せるような行動を??

琴子が心配

                 こんばんは
       水玉さんへ お忙しい中に更新ありがとうございます。

 琴子を嫉妬からの言動なだけどに、直樹の後悔は後悔でスマズにバカたれ直樹・・・ 時遅し???【←琴子が思いとどまり何も無かったと願いたいがぁ・・・】で向き合おうなんて、遅すぎやって

 自分の気持ちに素直になるんに、どんだけかかって、どんだけ人に聞かないと気づけないのか?バカたれがぁ・・・。自分一人傷ついたと思い・・・嫉妬にくれ・・・後の祭り。

 バカたれ直樹より 琴子が心配・・・出た時は一人でないけど・・・一人で行動してなかったらよいんだけど・・・腹立っても救えるのはバカたれしか おらんのやから しっかりしろバカたれ直樹。

 琴子と直樹の決意 帝にはどう映り、どう今後対応するつもりなんでしょうねぇ。

ピッタリ!

    こんばんは
 書き忘れで戻ってきました・・・。
ブログデザインが・・・このお話しにピッタリで素敵です。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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