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2011.05.27 (Fri)

月読みの光に来ませ 17


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「兄上…。」
紀子が帰って暫くした後、今度は直樹の弟裕樹がやってきた。
「何だ、お前まで来たのか。」
相変わらず何をするでもなく、ぼんやりと庭を眺めていた直樹は笑った。
「兄上が心配で。」
そろそろ裕樹も童姿は卒業だろう。座る祐樹を見ながら直樹はそんなことを考えた。
「お前が…元服したころには、一体どうなっているんだろうな?」
「え?」
「いや、何でもない。」
元服前の弟に酒を飲ませることはできない。
直樹は女房に命じ、適当な菓子を運ばせた。

「本当に…琴子以外の女の人と?」
出された菓子をつまむこともせず、裕樹は単刀直入に訊ねて来た。
「お前の耳にまでそんなことが?」
直樹はクスッと笑う。
「子供にはそんな話題、まだ早いぞ。」
先程まで元服をと考えていたくせに、直樹はこのような時には子供扱いをした。
「だって、皆が噂しているから。」
「そんなに噂になっていたか。」
噂になるのも無理はない。
これまで直樹は言い寄る女性たちは完全無視、持ち込まれた縁談も適当に断ってきたのだ。
そう、琴子と出会うまでは ――。

「…あいつは何か言ってたか?」
「あいつ?琴子?」
「ああ。」
「…別に。でも…相当悲しんではいるみたいだけど。」
「そうか。」
少しは悲しんでくれたのかと直樹は思った。

「で、噂は本当なの?」
裕樹は話題を元に戻した。
「お前は俺がそんな男に見えるか?」
直樹は裕樹を見る。
裕樹は黙って首を横に振った。

「…誰でもよかったんだ。」
直樹はポツリポツリと話し始めた。
「適当に殿舎をめぐって、俺に関心を持っていそうな女を見つけて…朝まで一緒にいる。その繰り返しだった。」
「それじゃあ…。」
はっきりとしない兄の態度に、裕樹は顔色を変えた。
直樹はその弟の頭を優しく叩き、微笑んだ。
「…ここから先は、大人の話。お前にはまだ早いさ。」
「ずるい。子供扱いして!」
裕樹は叩かれた頭に手を置き、口を尖らせた。

直樹が余程心配らしく、裕樹は今日はこの邸に泊って行くと言った。
「兄上。」
「ん?」
「…僕は兄上の味方だからね。たとえ母上がどんなに怒っても。」
どうやら紀子の怒りは相当なものらしい。
「ありがとう。」
結局、直樹は噂が本当なのかどうかは裕樹には答えなかった。
「でもさ。」
裕樹は付け加える。
「…琴子も可哀想だよ。ずっと家で泣いているんだ。」
直樹の脳裏に、泣き続けている琴子の顔が浮かぶ。最近琴子の顔を浮かべると、いつもそれは泣き顔だ。
「だから早く…仲直りして、ね?」
裕樹は直樹と琴子、両方が好きなのである。
直樹は曖昧に微笑むだけだった。



左大臣家に宿下がりをしている琴子の元には、再三鴨狩帝から戻るようにとの使いが来ていた。
琴子は「気分がすぐれない」「日が悪い」と適当な理由をつけては、宮中に戻る日を伸ばしていた。
それに比較して、直樹からは何も連絡が来ない。
琴子がここにいることは分かっているというのに、迎えも寄越さなければ文一つ寄越そうとしない。
紀子はカンカンに怒り、何度も使いをやっているようだったが、琴子はもう諦め始めていた。



琴子が宮中にいた時から、直樹は様々な女性と夜を過ごすようになっていた。
直樹が浮気をする日が来ようとは…貴族の男性たるもの、妻を一人しか持たない、浮気もしないということはまずないとは分かっている。
しかし直樹は例外だと、琴子はずっと思っていた。
しかしそれはもう過去の話である。
今の直樹の中には、自分はもう存在していないということだろう。

―― どうしてあの時…直樹しか見ていないとはっきり言わなかったのか。

帝に口づけをされたことが直樹にばれてしまった時、謝ればよかったのだろうか。
だが帝がそこまで自分に本気だとは、あの時は思ってもいなかった。
自分は尚侍という宮中の女官である。下手に帝の名前を出すことは避けたかった。



「こういうのを、冷え切った夫婦関係っていうのかしらね。」
琴子は一人呟いた。
最近は女房たちも遠ざけ、一人部屋に籠るようになっていた。誰にも会いたくない。

そしてこの冷え切った夫婦関係は、優しい義両親にまで迷惑をかけていることが琴子には心苦しい。
紀子は琴子の味方である。それ故、実の息子である直樹に腹を立てている。その紀子と直樹の関係を、きっと重樹と裕樹は辛い思いで見ているに違いない。

「…せっかく引き取っていただいて、お兄様と結婚までさせていただいたのに。」
恩を仇で返すというのは、まさしくこのことを言うのだろうと琴子は思う。
自分のせいで、幸せな家族を台無しにしてしまった。



巷の姫君のような教養もなければ、美しさも備えていない。そんな自分にできるのは…。

顔を伏せ、悩み続ける琴子の耳に蘇るのは、あの直樹の一言だった。

―― 皇子でも産めば、俺も父上も安泰…。



「突然お呼び立てして、申し訳ございません。」
「いえ。」
直樹は承香殿の女御の前で、怪訝な顔をしていた。
女御から突然「会いたい」と連絡が来たのである。

「一体、何の用でしょう?」
「…尚侍様が主上のお傍に上がるお話を聞きました。」
成程、それで自分を呼んだのかと直樹は合点した。
女御はずっと琴子を目の敵にしていた。その琴子が帝の傍に上がるという話は穏やかではない。
直樹の口から琴子に断るように言ってほしいとでも思っているのだろう。

「残念ながら、私の一存では…。」
だがもう直樹の届かないところまで話は進んでいるようである。
なにしろ、琴子とは顔を合わせることすらない。琴子からも文一つ来ないのだから。

「尚侍様は、いつでも中納言様一筋かと思っておりました。」
女御の口から出た言葉は、意外なものであった。
「それなのに、なぜゆえここまでお返事を伸ばされるのか…それが私には解せないのです。」
女御の口ぶりは、自分の競争相手がやって来る危惧は感じなかった。むしろ、琴子を心配しているかのようである。
「天下人からあそこまで望まれるのです。どんな女性すら心が揺らぐというものでしょう。」
「嫉妬ですか?」
またもや女御は意外なことを口にした。
「嫉妬…?」
「私の目には、中納言様が主上に嫉妬されておいでのように見えます。」
女御に言われ、直樹はフッと笑った。
嫉妬、確かにそうかもしれない。

「醜い感情ですね、嫉妬というのは。」
そして直樹はそれを認めた。

「醜いでしょうか?」
女御は直樹に訊ねた。
「醜いでしょう。嫉妬して妻に当たり散らして。」
不思議なこともあるものである。
あれほど、琴子をいじめた女御にこうして本音を話している自分に直樹は驚いていた。

「嫉妬…一度はしてみたいものです。」
「は?」
女御の言葉に直樹の眉が潜められる。こうして苦しんでいるというのに、どうしてそのようなことを口にできるのか。
勝手な女性だと、直樹は思った。

だが次の女御の言葉に、直樹は愕然とする。

「嫉妬をするということは…それだけ尚侍様を愛しておいでなのでしょう。」

「え…?」
呆気に取られる直樹がおかしくなったのか、御簾の向こうから女御の笑い声が聞こえた。
「おかしなことですわね。中納言様のような優秀な公達が…そのようなことに気が付いておられなかったのですか?」
「いえ…。」
口では否定しているが、女御の言うとおりだった。
自分の中に次々とわき出てくる醜い感情。こんな醜い気持ちが自分の中のどこに潜んでいたのか。
直樹はそれに気付かされ、苦しめられ…そしてそれは全て琴子のせいだと思って、当たり散らしていたのだ。

「…女人と遊ばれるのも結構ですが、御自分のお気持ちを…素直なお気持ちを尚侍様に言われたことはありましたか?」

―― ない。

直樹は琴子が自分を愛しているという証拠を見せてくれないと怒っていたが、自分も琴子にそれを示したことがないことに気がついた。

―― 帝の件で一番傷ついているのは琴子だったのに。

直樹は挨拶もそこそこに、承香殿を飛び出した。
まだ間に合うかもしれない。



琴子は宮中へ戻って来ているはずである。
藤壺へ直樹は飛び込んだ。
「琴子は?」
息を切らせて琴子を探す直樹。だが女房たちは重い口を開いた。

「…清涼殿の…夜の御殿に…。」



帝の寝所である夜の御殿は帝と琴子以外は誰もいなかった。
琴子はいつもの屈託のない笑顔ではなく、不安そうにうつむいている。
これから、どうなるのか…それが分かっているからである。

そして鴨狩帝は、その琴子を見て考える。
我ながら汚い手を使ったような気もする。権力をかざして人妻を手に入れたのだから。
だが、琴子に最初に目をつけたのは自分である。
宮中の外で、あの時…琴子と出会ってしまった。
その後、入内を断られてもどうしてもあきらめることができなかった。
せめて女官として傍にいてくれれば、話相手として…そう思い尚侍としての出仕を勧めた。

しかし、実際傍に琴子を置くと、ますます手に入れたいという願望は強くなる一方だった。
琴子を愛してからは、帝であることに初めて感謝した。
自由もなく、愛してもいない女性と夜を過ごす。全て世継ぎのため。諦めかけていた人生に、漸く光が差しこんできたかのように思える。



「…!」
帝の手が琴子の肩に置かれた。琴子は怯える。
だがすぐに、落ち着くよう自分に言い聞かせた。
男性を知らないやんごとなき姫君ではなのである。

―― 私にできることは、主上に愛されてお子を産んで…お兄様のお役に立つこと。

琴子は目を閉じて何度も繰り返す。

目を閉じている間に、着ていた衣が一枚、また一枚と脱がされて行くことを感じる。

そしていよいよ単だけになった時…琴子の体が不意に動かされ、気が付いたら夜具の上に寝かされていた。
そっと目を開けると、帝が優しく微笑んでいる。

琴子は再び、目を閉じた。
帝の唇が自分の鎖骨に触れることと同時に、腰紐に手がかけられることを琴子は感じていた ――。











コメントありがとうございます!!
韓国版の放送の影響か、はじめましての方もおいでくださり、本当に嬉しいです。

それなのに…すみません!!
そろそろ毎年恒例の更新停滞期間がやってまいりました。
ただ、この話を書き上げるまでは頑張りたいので!(そうしないと、私もすっきりしないのです。)

だって、この17話でお休みします~となったら、私もかなり中途半端でたまりにたまりますもん!

で、大変勝手なことを申し上げます。
しばらくコメントのお返事はできないことをお許し下さい。
本当、記事を更新しておいて返事ができないって何!!とお怒りになられると思いますが!

コメント欄を閉鎖することも考えましたが、やはり一言でも感想をいただきたいなあというわがままな感情もあるんです。
お返事なくてもいいよ、という方がおいででしたら、どうかお気軽に感想を一言残して下さればと思います。

本当にごめんなさい!!
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19:20  |  月読みの光に来ませ  |  TB(0)  |  CM(8)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

水玉さんいつもありがとうございます。
毎年恒例のご多忙期に突入なのですね。
お体に十分気をつけがんばってください!!!

琴子ちゃんが絶体絶命の危機になっていますが
どのようなことになっても、素直になった直樹さんが
琴子ちゃんの心を救ってくれると信じています!!
↑さんざん直樹のお馬鹿!!と叫んでいながら
素直になったとたんに、直樹さんがものすごく優秀で
色っぽく見える私は、現金なやつ!!

さぁ直樹さん急ぐのよ!!
琴子の心はいつも直樹さんでいっぱいですよ♪
ゆみのすけ |  2011.05.27(Fri) 19:49 |  URL |  【コメント編集】

忙しい中、更新ありがとうございます。
琴子だったら、やっぱりそう考えちゃうんですよね、心は直樹だけなのに…。
あー、間に合ってくれると信じてますが、続き気になって今夜も眠れません!
カルメン |  2011.05.27(Fri) 20:48 |  URL |  【コメント編集】

★楽しみにしています。

更新ありがとうございます。
いつも楽しみにして、毎日のぞいてたりします。
コメントの返事は要らないので気になさらないでください。
ただ私みたいに楽しみにしている人がいるよとお伝えできればと。
早く早く早く仲直りしてラブラブなところがみたいです。
でもこうやってすれちがうシーンが多ければ多いほど、盛り上がるんですよね。ジレンマ。(笑)

梅雨にも入りました。寒暖の差が激しく体調崩しやすい季節です。
ご無理なさいませんように。
菜の花 |  2011.05.27(Fri) 21:41 |  URL |  【コメント編集】

★やっぱり……

やっぱり私の思った通りになってしまった゚。(p>∧<q)。゚゚直樹のばかもう間に合わないよ。琴子が帝の所に行ってしまった。この後はどうなってしまうの?気になって今日は眠れないかもです。早く2人のラブラブが見たいです。宜しくお願いします。
ちあき |  2011.05.27(Fri) 22:43 |  URL |  【コメント編集】

ドキドキしながら読みました。
直樹は間に合うのか!!
続きが続きが気になり過ぎです。
早く早く読みたいです。
でも、あまり無理しないで下さいね。
ミーポック |  2011.05.27(Fri) 23:40 |  URL |  【コメント編集】

★間にあって

こんばんは
 お忙しい中の更新ありがとうございます。
ウワァ~なヤバヤバ展開・・・琴子は自分から思いとどまるか?バカたれを悟らせてもらった直樹が間にあうかが気になります。  直樹は裕樹が味方の言葉は嬉しかっただろうけど、間にあって欲しいなぁ・・・ 女御・・・大人の女性で直樹を見抜いてたのはサスガのようなぁ。
吉キチ |  2011.05.28(Sat) 01:31 |  URL |  【コメント編集】

★え~~っ!!

直樹!!結局イタしたの?どうなの??
琴子絶体絶命の危機なのに、一番気になるのはそこかよっ(-_-;)

もとい...琴子ならそう考えるとは思っていましたが...
帝の寝所に中納言が踏み込んだりできるものなのでしょうか?!
時代が時代だけに...お互い過ちはあったけど水に流すというパターンもありなんでしょうか??
水玉様、どうかどうか、直樹のバカたれを間に合わさせて下さい。
直樹は自分が悪いんだから何があっても受け止められるだろうけど、
琴子は耐えられないと思います。直樹の元に戻るなんてできなくなっちゃう...
ぴろりお |  2011.05.28(Sat) 10:58 |  URL |  【コメント編集】

★間に合って、直樹~~~~

水玉さん、こんにちは。
大変お忙しい時に、お話更新ありがとうございます。

直樹、嫉妬という言葉に反応を。
やっと今、気がついたのですね。
琴子の想いに、急がないと琴子は帝と・・・
直樹、間に合いますよね。
あなたが、ちゃんとした態度を取らなかったから、凄い言葉を琴子に
発したから、琴子はあなたと父上の為に、自分の身を帝に。
オオバカものです、直樹あなたは。
琴子は、あなたの為に、一生懸命尽くしてくれていたのに。
女遊びに乗じて、琴子をないがしろにして。
もう反省をしないと。でも間に合うかなぁ??
tiem |  2011.05.28(Sat) 11:08 |  URL |  【コメント編集】

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