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2011.05.20 (Fri)

月読みの光に来ませ 13


【More・・・】







鴨狩帝の唇が離れた後も、琴子は微動だにしなかった。
帝はそのまま手を琴子の肩へと滑らせ、袿の上で止まった。
琴子は人形のようになって固まっている。その肩から帝は袿を静かに下ろした。
単姿になっても、琴子は何が自分の身に起きているか分かっていない。
声を上げようにも、どうしていいのか分からないままである。

帝は琴子の肩に手を置いた時、琴子が震えていることが分かった。
「…今日はここまで。」
まるで悪戯が見つかった子供のように帝は笑った。
そして琴子の手を取り、そこに口づけを落とすと立ち上がり、夜の御殿を出て行った。



「…一体何を考えておいでなのかしら?」
藤壺に戻った後、琴子は考えていた。
「今日はここまで」とは一体どういう意味なのだろうか。今日はということは、これから先もあるという意味なのか。
「…まさか、ね。」
自分は人妻である。いくらなんでも帝もそこまで無茶はしないはず。

「きっとからかわれたんだわ。」
帝ともあろう人間が、人妻を本気でどうこうしたいなんて思うはずがない。琴子は固く信じている。
時には人をからかいたくなる日だってあるだろう。その相手に自分が選ばれただけ。
だが…。
「あの目は…。」
袿を脱がせた時の帝の目が、琴子は今でも忘れられない ――。



そして女房たちは琴子と帝の間に何もないと分かっても不安が募っていた。
「主上は本気で尚侍様を…。」
女房たちは皆そう思っていた。琴子自身が気付いていないだけなのである。
あそこまでされて、どうしてまだ気がつかないのか。
それとなく琴子にほのめかしてみたものの、
「そのようなことは主上に失礼です。」
と叱られてしまう始末。
琴子本人は自分が帝の気を惹くほど魅力的であると思っていないのだから無理もない。

「直樹様にばれないようにしないと。」
このことが直樹にばれたら、どんなことになるか。
琴子が鈍感過ぎるくらい鈍感であるがゆえ、直樹の嫉妬心はすざましいものがある。
周囲が気付いているのに、琴子本人がそれに全く気が付いていないのである。

「女官には?」
鴨狩帝が琴子を抱き上げた時には、女官がいた。その女官たちの口から噂が出るのではと女房たちは心配する。
「お二人の間には何もなかったことは、出て来た尚侍様のご様子を見れば分かる筈。」
「お顔だって普通だったし、お召し物も乱れてはいなかったし。」
「何よりお二人で過ごされていた時間は短かったから…。」
そこまで口にした時、女房たちの顔は赤くなった。時間が短いなどと、はしたないことを考えてしまったからである。

しかし、そこは恐ろしい場所、後宮。
女官の口からやはり鴨狩帝と琴子の一件は広まってしまったのだった ――。

琴子は噂をしたい人間には勝手にそうさせておけばいいと思っていた。
「何もなかったのだから、すぐに消えるはず。」
そう思って、いつもどおりの生活を琴子は送っていた。

その噂は帝の妃たちの耳にも届いた。勿論、承香殿の女御の元にも。

「…くだらないこと。」
しかし意外なことに承香殿の女御は噂を本気にしなかった。
「いくらなんでも、主上がそのような真似をされるわけがないでしょうに。」
確かに鴨狩帝の琴子に対する寵愛の深さはよく分かっている。しかし琴子は人妻。帝は人妻相手にそのような無体を働くような人間ではないことは女御も分かっていた。

「しかし、尚侍様の方もはしたのうございます。そう思われませんか?」
そう言うのは相模の君である。
「そのような噂を本気にして騒ぐこともはしたないことでしょう。」
気位の高い女御は、醜い嫉妬心を見せることはしなかった。



だが、本気にせず、放っておくようにと言う女御の態度を相模の君は受け入れることができなかった。
先日の直樹から言われたことといい、仕える女御が帝から相手にされていないことといい、腹が立つことばかり起きている。
何より、当代の貴公子二人に思われている琴子が平然としていることが一番許せない。

数日後の夜。
相模の君はかねてより自分に想いを寄せているとある公達と会っていた。
勿論、遊びである。

「…面白いお話を聞かせてあげましょうか?」
相模の君は口角を吊り上げた。
「面白い話?それは何?」
相模の君は宮中でも賢い女房として有名である。公達は興味を持った。
「それは…。」

こうして、鴨狩帝と中納言直樹の奥方、尚侍琴子の噂は瞬く間に表に広がった――。



直樹が藤壺へ琴子を訪ねて来たのは、それから数日経った日のことだった。

「お兄様!」
ここ数日は公務で忙しかったのか、その姿を見ていなかった琴子は大喜びで直樹を出迎えた。
「…。」
直樹は琴子を見つめる。
「どうかされました?お疲れですか?」
直樹の様子がおかしいことに、琴子はいち早く気がついた。
「珍しいお菓子がありますから、ご一緒に食べましょう。」
琴子は女房に命じようとした時である。

「…全員下がれ。俺と琴子を二人にしてほしい。」
直樹の低い声が室内に響いた。

琴子も女房たちも動きが止まる。

「お兄様?」
「聞こえなかったのか?全員下がれと言っている。」
直樹は傍に控えている女房たちを睨んだ。
女房たちは言われた通りに、部屋から出て行った。

「どうされたのですか?」
ただならぬ直樹の様子に、琴子も不安になり始めた。
「琴子。」
直樹は琴子の名前を呼んだ。それはいつものように愛情込めた呼び方ではなく、どこか冷たさを感じるものだった。

「はい?」
「単刀直入にきく。主上との間に…何かあったのか?」
「え…?」
突然の問いかけに、琴子の顔は固まった。
それを見ていた直樹の顔も険しくなる。

「あ、あの…それは…。」
「あったんだな?」

直樹の耳にも噂は届いていた。
参内したら、日頃から直樹の優秀さに嫉妬している能力のない公達から聞かされたのである。

―― 帝に奥方を差し出さなくとも、中納言殿の実力でしたら出世も思いのままでしょうに。

琴子を帝に差し出すことで出世しようとしていると、直樹をバカにしたのである。

―― それは主上への大変な侮辱だろう。

直樹は言い返した。しかしいつもはそれで引き下がる愚か者たちが、今日は違った。

―― 知らないのですか?

―― 何を?

公達は笑いながら、直樹に告げたのである。

―― 主上はかねてよりご寵愛の尚侍殿を、とうとう夜の御殿に連れ込まれたと女官たちが見たそうです。

ここ数日、自分に対する視線がどこかおかしいことに気がついてはいた。
直樹は漸くその理由を知った。そしてその足で、藤壺へやって来たのである。



「お兄様…それはその…主上のお戯れです。」
琴子は否定しなかった。直樹はそれに衝撃を受ける。
「お戯れ…か。具体的に言えよ。」
直樹は続きを聞くのがこれほど怖いことはなかった。まさかとは思う。まさか二人が…。
しかし琴子は世間知らずである。そこが怖い。

「それは…。」
そして琴子は思い出した。
夜の御殿に抱き抱えられて連れて行かれたこと、袿を脱がされたこと、そして…。

思わず琴子は自分の唇に手を添えてしまった。
鴨狩帝から唇を奪われたことを思い出したのである。

そして、その琴子の行為を見て直樹は全てを悟ってしまった。

バシッ!!

乾いた音が部屋に響いた。
気が付いたら、琴子の頬を直樹は叩いていた。

「…何をやってるんだ、お前は。」
直樹の目は怒りに燃えていた。
「お兄様…あの…。」
琴子は叩かれた頬を手で押さえ、直樹を見る。その目は涙でみるみるうちにあふれていく。

「お前、自分が結婚しているって忘れたのか?」
「忘れてなんて…。」
「それじゃ、どうしてそんなことになった!!え?」
直樹の怒声が響く。

「そんなことって、お兄様、何か誤解を…。」
琴子は何も言っていない。直樹は深いところまで誤解してしまっているに違いない。

「宮中に上がって、欲でも出たか?」
直樹の低い声が琴子の体を突き刺した。
「欲…とは?」
叩かれた頬の上を涙が伝う。それを拭うこともせず琴子は直樹を見ている。

「お前は主上直々のお声がかりで、入内を促されていたもんな。今回宮中に入って、本当は自分もこのようなきらびやかな世界にいるはずだったって後悔したんだろ?」
「違います!そんな私は…。」
琴子は懸命に否定した。
「どうだか。」
直樹は聞く耳を持たない。
いじめられていたことを自分に隠していた琴子。夫である自分には打ち明けてくれなかったのに、どうして帝には打ち明けたのか。
それは直樹の誤解なのだが、知る由もない。

「お兄様、私の話を聞いて!」
「聞きたくもないね。」
そして直樹は手を出した。
「俺がやった扇、返せ。」
「嫌です。」
「返せよ!」
直樹の怒声に琴子はびくっと体を震わせた。そして…震える手で扇を渡す。
直樹はそれを受け取った。

バキッ!!

扇は直樹の手により、真っ二つに折られた。
直樹はそれを庭へと放り投げた。

「…お前のこと、信じていたのに。」
最後にそう言い残し、直樹は出て行った。

「お兄様、待って!」
琴子は後を追いかけたが、足がもつれてその場に転んでしまった。
転んだ琴子を振り返ることもなく、直樹は歩いて行ってしまう。

「お兄様…!」
琴子は立ち上がる気力すらなく、庭に捨てられた無残な扇を見つめ、その場に泣き崩れてしまったのだった。










嫉妬直樹、まだ物足りないでしょうか…?
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Comment

★拍手コメントありがとうございます!

拍手コメントありがとうございます。

紀子ママさん
あ~琴子ちゃん大好きな紀子ママさんに、入江くん可哀想と言われる日が来ようとは…。
ちょっと叩かれるのは可哀想と私も思ったのですが、ここは琴子ちゃんを可哀想だととことん、皆さんに思っていただきたくて!
心を鬼にして書いてみました~。

ひろりんさん
まだまだ直樹の嫉妬は続きます~。
皆さんに鬼と言われようが、何と言われようが…だって絶対それが楽しみだと思っているでしょう?
この先はちょっと「こんなことあり得ない!!」と突っ込まれることを覚悟の上で、考えてみようかなと思います。
オタク部、頑張って下さい!期待して待っています♪

あけみさん
そうそう。事実は消せない…。
琴子ちゃんもなまじ正直だったがためにこんなことに…涙
でも隠してしまったら、もっと大変なことになっていたような気もします。
帝の軽はずみな行為でとんだことになってしまいましたが、でもそれが許されるのが帝ってものなんでしょうね。

まあちさん
「NO~!!」という叫びに爆笑!!!
いや、本当にまあちさんがパソコンの前で叫んでいる様子が目に浮かぶようです。
私もそれを待っていたふしがあるような(笑)
今日はここまで…本当にそれじゃ明日は何をやるつもりなんだろうか、帝よ?
そして久々に聞きました、青木マジック!!
帝役、青木にすればもっと面白くなったかも…いや、それだったら琴子ちゃんは宮中に上がることはないわね…そして帝の愛を巡る争いも存在しないわね…。

はるさん
ありがとうございます。
咳が未だ止まらず…でも本当、少しずつ減ってきています!!
琴子ちゃんもかなり鈍感ですよね~。
でもそこがまた可愛いところでもあったりするのですが、入江くんにしてみたら気が気じゃないでしょうし、腹は立つだろうし。
「少しは自覚しろ」というのが、入江くんの本音かもしれませんね。
本当に前回のラブラブはどこへ…あのラブラブは、しばらく緊迫した雰囲気が続くから、今の内に心を休めるために書いておいたものです。
少しの間、ご辛抱下さい。

rinaさん
本当に緊迫してます。
今まで書いた話の中で一番そうかも。
そして結構続く予定だったりします…。

Foxさん
ああ!!このお返事を書きながら、サインを出すのをすっかり忘れておりました!!
でもFoxさんはきっと大丈夫だと。
今頃、テーブルの上に甘いお菓子をわんさか積んで「やれやれ、今日も水玉の三文小説読んでやっかあ!」とiPadに向かっておいでではないでしょうか?
それにしても、iPad…最近CMでやたらと見かけて興味が募っております。

祐樹'Sママさん
そうなんですよ!!
私も色々読んでみて、平安貴族の男女関係の乱れっぷりに「はあ~」と溜息ついてしまいました!!
実話らしいんですけれどね。藤原道長の妹で東宮の妃になった人がいたんですけれど、その人が男と密通している疑いが出て、道長が東宮の命令で確かめに行ったとか。その確認方法が、突然妹の胸を出させて、胸を握ったらお乳が出たから(つまり妊娠していた)、やっぱり密通してましたって。すごいなあと思いました!!まあ、驚いたのが確認方法ではありますが、お妃でも密通してしまうんだなあと。

うちの琴子ちゃんはそこまで行かないまでも、色々大変ですけれどね。
でも一人しか妻を持たない平安貴族は本当、滅多にいなかったでしょうねえ…。

佑さん
あ、やっと佑さんの口から琴子ちゃん可哀想の言葉が聞けた!
よしよし、もうちょっとだ。
でも佑さん、もしかして私が喜ばないようにと、わざと言わないようにしてません?(笑)

るんるんさん
本当に入江くんの豹変ぶりがまあ見事…。
この間までの優しい入江くんこそ、いずこへ?
琴子ちゃんも自分は疑われるようなことはしていないだけに、辛いですよね…。

水玉 |  2011.05.23(月) 22:30 |  URL |  【コメント編集】

★優しさの裏返し・・・

     こんにちは
 やっぱりねぇ・・・尾ひれが付いた噂に直樹もマンマと引っかかってしまった・・・。琴子だけが悪いなんて悪態付いてるけど、総ては主君と直樹の嫉妬が嫉妬を呼び込み琴子を巻き添えにしたのに、直樹の、言いざまは腹立ちます。

 今までも、特に直樹を思い 偶に主君を思い・・・愛情はゼロなんですがねぇ・・・。主君は自分に愛情が無いのは気づいてるけど、直樹は勘違いしてるし・・・一途な思いで直樹を思い心配させたくない気持ちを誤解された琴子が不憫すぎますって・・・水玉さん。
吉キチ |  2011.05.25(水) 15:13 |  URL |  【コメント編集】

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