日々草子 月読みの光に来ませ 10

月読みの光に来ませ 10







「「猫が入ってきていた?」
清涼殿から戻った琴子は留守番の女房から話を聞いていた。
「おそらく、弘徽殿の女御様の飼い猫ではないでしょうか?」
後宮で猫を飼っている人間は彼女しかいないという。
「そうだと思います。チラリと見ましたが首にきれいな紐を巻いておりました。」
「猫ちゃんだってお散歩したいのでしょう。」
大した問題ではないと、琴子は笑う。
「それが…。」
「何かあったの?」
女房達の様子がおかしい。
「尚侍様の大事な貝のお道具を散らかしてしまったようで…。」
「まあ!」
それは大変なことである。
「片付けたのですが…。」
「まだ何か?」
「…一つ貝が足りないのです。」
「ええ!」
琴子は青ざめる。
「よく探したの?」
「はい。このお部屋の中だけじゃなく、藤壺中を捜しましたが、どこにも。」
「猫が持って行ってしまったのでしょうか?」
琴子は命じて貝桶を前に持って来させた。
確認すると本当に一つだけない。
「探さないと。」
あれは亡き両親の大事な形見の品である。そして直樹との思い出の品でもあった ――。



もう一度琴子たちは藤壺の殿舎の中をくまなく探した。しかし貝は見つからなかった。
もしかしたら猫がくわえて…と思い、女房たちが藤壺を出て探した。しかしそれでも見つからない。

「何を探しているの?」
懸命に探す女房たちに声をかけたのは、登花殿という殿舎の女房だった。いつの間にか探しているうちに登花殿まで来てしまっていたらしい。
この登花殿にいる女御は承香殿の女御と違い、それほど琴子に対する態度は厳しいものではない。だからそれに仕える女房たちも琴子付きの藤壺の女房たちとうまく付き合っていた。
女房は猫を見なかったかと訊ねた。
「弘徽殿の猫かしら?」
「ええ、そうなの。」
「それならあちらで見かけたわ。」
登花殿の女房が指をさした方向を見て藤壺の女房たちは「げっ!!」と思わず声を上げそうになった。
それは承香殿の方向だったのである。
しかし今貝の行方を一番知っている可能性があるのは、その猫なのである。
藤壺の女房たちは登花殿の女房に礼を言い、承香殿に向かった ――。



「あった?どこに?」
戻った女房たちの知らせを聞き、琴子の顔が輝いた。
「それが…。」
目配せする女房たちに、琴子は不安になる。
「承香殿のお傍近くの…池のほとりでございます。」
「承香殿…。」
それはまた…女房たちが言葉を濁す理由も分かる。
「どうして拾ってこなかったのです?」
兵部の君が叱りつけた。
「何だか怖くて…。」
探しに行った女房たちは、最近琴子の元へ仕えるようになった新参者ばかりだった。
これが慣れた女房たちだったら、うまいこと拾ってきただろう。
しかしこの間の藤壺と承香殿のいさかいで、すっかりこの新参者たちは怯えてしまっていた。
「私が行きましょう。」
女房たちの気持ちを理解した琴子が立ち上がった。
「いいえ、尚侍様が行かれるなんて!」
女房たちが止める。
「でも、私の大事なものだもの。自分で引き取りに行かなければ。」
「しかしあちらは…。」
「大丈夫よ。女御様だって理由をお話すればきちんと分かってくださるわ。」
貝の一つくらい拾わせてくれるだろう。
琴子はそう思い、承香殿へと向った。



「なぜ承香殿にあなた様の貝があるのです?」
承香殿の女御は相変わらずの態度で琴子を睨みつけた。
「それがよく分からないのですが…。」
迷惑をかけて申し訳ないと、琴子は頭を下げた。猫の仕業かどうかは証拠がないので分からない。下手に猫の話を出すと飼い主である弘徽殿の女御にまで迷惑がかかってしまう。

「あなた様のことなのだから、そちらで始末をつけて下さい。うちの女房たちの手は煩わせないように。」
「それでは探すことを許して下さるのでしょうか?」
「勝手になさればよろしいでしょう。」
「ありがとうございます。」
琴子は礼を述べた。

庭先に下りて行く琴子を見ながら女御は、
「全く、ここに落ちていたなんて腹が立つこと。」
とぼやいている。
女御は相模の君が企んだことなどとは全く知らないのだから無理もない。
「自分から探しに来るなんて、本当にはしたないこと。」
深窓の姫君育ちの女御には、わざわざ自らやって来た琴子の行動が理解できない。
こんな行儀の悪い娘に鴨狩帝の心は傾いていることも腹立たしくてたまらなくなる。



「あちらでございます。」
琴子は女房の先導で池へと向う。
貝は確かにあった。しかしそれは池のほとりもほとり。池を囲んでいる石の上に置かれていた。
「ああ、よかったこと。」
喜んでその場所へ琴子が向おうとした時である。

「きゃあ!」
琴子たちは袖で顔を覆った。
突然、強い突風が吹いたのである。

「ああ、貝が!!」
女房の悲鳴が上がった。
貝が今の風で池の中央まで飛ばされてしまった。
「…。」
琴子はじっと池を見つめた。

「フフ、いい気味だわ。」
女御と共にその様子を見ていた相模の君はそっと笑う。ああなることを予測して、わざとあそこに置いたのである。さも猫が運んだかのように思わせるために、承香殿まで猫を連れて来たのも彼女の仕業であった。

「尚侍様!!」
池のほとりから声が上がり、承香殿の女御も相模の君も目を見張った。
琴子が袿を脱いだのである。
「まさか…。」
相模の君は目を疑う。
そのまさかで、琴子は池の中に足を入れた。



「おやめくださいませ!今、人を!人を呼びます!」
「大丈夫よ。深い池ではないから。」
琴子は女房たちを安心させるように笑顔を見せた。誰か呼んでいる間にまた貝がどこかへ流れてしまうかもしれない。
ズブズブと音を立て、琴子は慎重に足を運ぶ。池の深さは琴子の腰辺りまであった。思っていたより深い。
想像以上に袴や髪が水を吸い、重くてなかなか前に進まない。
やっと目指す場所まで来て、琴子は手を水の中に入れた。
「あった!!」
琴子は貝を拾い上げた。
「よかった…。」
袖でそれを拭き、胸に抱きしめる。
そして戻ろうと体の向きを変えた時である。
袴と髪が水に取られ、琴子の体が傾いた。

「尚侍様!」
「姫様!」
女房たちが叫んでいる声を遠くに聞きながら、琴子の体が池に沈む。足を池の底の泥に取られてしまったのである。

「そんなに深くないはずなのに…。」
手を池の底につけようとするが、なぜだか水の中をさまようばかり。
それでも琴子は貝だけは離さない。
「苦しい…!」
髪の毛が顔にまとわりつき、息もできない。
息を吸おうとすると、口の中に水が入り込む。
「やはり無理だったのかしら…。」
あれだけおしとやかに、姫君らしくと直樹に叱られていたのに、それに従わずにいたから…その罰が当たったのかと琴子は後悔し始める。

「尚侍様!」
半泣き状態の女房たちの中をすり抜けて行った人物がいた。
「あれは…。」
女房たちの声を後ろに、その人物は池の中へと突進していく。



「…一体どういうことなんだ?」
聞こえた声に、女房たちは振り返った。
「一体何が起きているんだ?」
そこには鴨狩帝が立っていたのである。

先日の蹴鞠の会での自分の行動が、琴子に対する風当たりをますます強くしたということを反省し、たまたま今日、承香殿の女御の機嫌伺いに来たのである。
承香殿の女御も女房たちも突然の帝の来訪に驚いた。そして何と間の悪いことと思った。
落ち着かない彼女たちに気がついた帝が庭に目をやると…池でおぼれる琴子が目に入ったのだった。



「琴子!琴子!」
池の中に入って琴子を助け出したのは、直樹だった。
何度も琴子の名を呼び、その顔を叩く。
「あ…。」
琴子の目が開いた。息が吸えるようになっている。
しかし疲労が出たのか、そのまま直樹の腕の中で意識を失ってしまった。自分を助けたのが直樹だと分かったのだろうか。

直樹は琴子の元を訪れ、ここ承香殿に向かったことを聞いた。
一刻も早く琴子に会いたいと思い、途中まで迎えに来た時にこの騒ぎを聞きつけたのである。

一体何が起きていたのか、最初は分からなかった。
しかし琴子が池の中に沈んで行く様子を目にした時、もう何も聞こえないし見えていなかった。
ただ琴子を助けなければ…その一心で池の中へと入って行ったのである。

「琴子は無事か?」
琴子を抱いて戻って来た直樹に、帝は訊ねた。
「尚侍」ではなく「琴子」と呼んだ帝。おそらく無意識だろうが直樹の心はざわめく。
「恐らく。息はしていますから。」
こうして耳元で話しているのに、琴子の目は開かない。
直樹はすぐに藤壺へと運び込みたい。

帝が両手を差し出した。
「琴子をこの腕に。お前もかなり濡れているし。」
このままでは直樹も風邪を引くと思ってくれたのだろう。
しかしそれだけだろうか?
今ここで琴子を渡したら、もう返してもらえないのでは…直樹の中に猜疑心が芽生える。

「お召し物が汚れます。」
直樹はやんわりと拒否する。
「構わない。」
帝は手を引っ込めようとしない。
周囲の者がハラハラしながらその様子を見ている。

「琴子は私の妻です。私が連れていきます。」
「誰にも渡さない」、そう言っているように聞こえた。
「琴子」と呼ぶその声に力が籠っていた。それは誰にも渡さないと宣戦布告するかのように。
その迫力にさすがの帝もこれ以上逆らえないと思ったらしい。
素直に手を引っ込めた。

直樹はしっかりと琴子を抱えた。水を吸った衣装や髪の重みがその腕にのしかかる。

琴子を抱く直樹に、鴨狩帝も女房たちも声をかけることができずにいる。
これだけの人間が周囲にいるというのに、まるでそこには二人しかいないかような世界が広がっていた。

直樹は琴子の額にはりついた前髪を優しく払ってやる。それでも目を覚まさない。
落ちないよう体をしっかりと抱きしめる。冷たさが直樹にも伝わる。
その冷たさを感じながら、直樹は承香殿を後にした――。








今さらなんですが、描写が下手で申し訳ありません。
他の方の文章を読んで勉強しているのですが…そんな簡単に身に着くはずもないですね。ええ、本当に。
あと言い回しとかも稚拙だなあと恥ずかしくなります。
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直樹でよかった

はじめまして。毎日、イヤイヤ、日に何度も、upしていただいてるかなぁ…と、お邪魔しています。直樹が、はっきりと帝に言ってくれて、ほっとしました。もう琴子は早く直樹の邸に戻ってほしいし、帝も、ちょっかい出さないで!!と、ア~次が待ち遠しいです!!

カルメンさん、はじめまして!!

はじめまして!!
ありがとうございます、コメント、本当にありがとうございます!!
この話は本当に自分でも上手く進めることができずに…「これ読んで下さる方いるのだろうか。」といつも思っていたので、楽しみにしているというお声を頂戴するたびに「ありがとうございます~!!」と、皆様を抱きしめたい気持ちでいっぱいです!!
琴子ちゃん、本当にもうお役辞退すればいいのに…と私も思います。
でも途中で投げ出したりしないんだろうな。
ぜひこの先も楽しんでいただけたらと思います。
また来て下さいね~!!!!!

拍手コメントありがとうございます。

本当にいつもコメントをありがとうございます!!
このようなお話を読んでいただいていいのだろうか…と日々その悩みが深まる一方でして。
最初の偉そうな態度を恥じております。本当に申し訳ないです。

今回コメントで琴子ちゃんを助けたのが入江くんでよかったというご意見をたくさん頂戴したのですが、実は最初は鴨狩帝の予定でした。
でも「ここで入江くんのかっこいいところを見せないとまずいな」とさすがの私も気が付きまして(笑)
この後おそらく入江くんは評判を落とすことになるので、この辺でいい思いをさせるかと思ったんです♪


hirominさん
いえいえ。
本当にある程度の描写は必要なんだなあと思いつつ、でもそれをどう書けばいいのか悩んでいる最中です。
本当でしたら、衣装の色とかも具体的に表現するべきところなのでしょうが、どんなふうに書いたらいいのかもわからずにぼかしております。お許しを。
入江くんも確かにこのことがきっかけで、琴子ちゃんの後宮での立場を理解することにはなるかと思います。
この後、結構「え?んなバカな!!」とhirominさんが思うようなことになるかもしれませんが、それでもお付き合いいただけたらと思います。


Foxさん
ありがとうございます。
Foxさんや皆様のコメントを拝見して、助けたのを入江くんにしてよかったなと思いました。
そうでなかったら私が立ち直れなかったかも(笑)
さてさてこの後はFoxさんが「ああ、甘いものを用意しておいてよかった!」と思っていただけたらいいなと思います♪

あけみさん
いやいや、よかった~。
やっぱり入江くんにした方がいいと思った私の勘は正しかった(笑)
この凛々しい入江くんを覚えておいていただけたらと思います。
でもこれで負けるような帝でもないでしょう。ますます恋心に火がついた、ライバルへの対抗心が芽生えたのではないでしょうか?

紀子ママさん
あの衣装じゃ確かにおぼれるでしょう!!
重すぎて膝で歩いていたとかいう話を小耳にはさみました。
うちの入江くんは原作のプライドはどこへやら、本当に毎回毎回情けない男に成り下がっているので…ここらでちょっとかっこいいところを見せようよと思いました。
ただ琴子ちゃんが気を失っているのが残念ですけれどね。
これを知ったらきっと大感激するでしょうね!

佑さん
あ、出た!!「私の琴子ちゃんを…」の発言!!
それそれ!!それを待っていたのよ~!!嬉しい!!
やっぱり琴子ちゃん大好きな方に怒ってもらえると、なんだか私も燃えます!!

まあちさん
ありがとうございます。
ここであきらめたらお話が終わってしまいます(笑)
もうちょっと帝には納豆のネバリよりも強いネバリを見せていただかないと…。
そして直樹さんももうちょっと出番を増やしてあげないとね!!

追い風

こんばんは
 いけずな、引っ掻き回し女猫のおかげで・・・琴子が・・・だったけども、逆にそれがあったからこそ、直樹も意地を張らずに琴子しか考えられずに突き進み助け、帝にも周囲にも『私の妻』と牽制も出来るきっかけになりましたねぇ。
 こんなとこで意地はっても何もよい結果なんてあらへんすねぇ。

 琴子が必死に握り締めた貝に込めた思い・・・直樹も気づいたよねぇ

おひさ~です♪
直樹と琴子ちゃんの様子がギクシャクしていたので
心配でしたが
直樹が琴子ちゃんを助けてくれてよかったです。

直樹!!琴子ちゃんの本当の気持ち気づいてよ!!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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