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2011.04.30 (Sat)

父遠方より来る 中


【More】

「…ナオキヴィッチよお。」
シゲオの低い声がナオキヴィッチを呼ぶ。
「…おめえ、どんだけ男を好きになれば気が済むっぺ?」
「へ!?」
これに驚いたのはシップである。

「お義父さん、誤解です。」
きっとそう言っても無駄になるとはわかりつつ、しかし言わずにいられないナオキヴィッチ。
「何が誤解だっぺ!!」
シゲオは激昂し、テーブルから立ちあがった。
そしてシップを指さした。
「何だっぺ?お前は変な場所にシップを貼らせた男をこうやって雇って!」
「シップは名前です。」
「はあ!とうとう名前までシップに改名させたっぺか!どんだけシップ・プレイが好きなんだっぺ!!」

「も、もしかして…。」
シップは絞り出すように口にした。
「奥様のお父様は、私と旦那様を…あらぬ関係だと誤解を?」
「嘘!!」
キッチンからタオルと布巾を手に戻ってきたモッティが目を見張る。
「な、何がどう考えればそう…。」
「しかも、男一人を傍に置くだけじゃ満足できんかったっぺか!え?」
シゲオはモッティを見た。
「この…マツコ・デラックスやミッツ・マングローブの仲間まで引きずりこんだっぺ!!」
「マ、マツコ…ひどいっ!!」
「うわあん」と泣いてシップにすがるモッティ。
「せめて…せめて百歩譲って、はるな愛にしてほしいっ!!」
「フン!どっちにしたって、ついているもんは同じだっぺ!!」
シゲオは完全にナオキヴィッチとシップ、モッティの仲を誤解している。

「お義父さん、それは違います。」
真っ青になっているシップと泣きわめいているモッティを横目に、ナオキヴィッチが口を開いた。
「何が違うだっぺ。」
「モッティは違います。マツコやミッツと同じ仲間ではありません。」
「旦那様…!!」
モッティが一筋の希望の光を見つけたように、両手を組んでナオキヴィッチを見る。
「モッティは…。」
「モッティは?」
シゲオはナオキヴィッチの答えを待つ。それはコトリーナ達も同じである。

「モッティは…間違えて男に生まれてしまった女なのです!!」
「旦那様!!」
モッティは感激のあまりナオキヴィッチにすがりついた。
「そうなんです!それこそが私が長年求めていた答え!このミステリアスな性別を説明する理由なのですわ!!」
「…何だか無理がありますよね。」
ずり落ちていたメガネをクイッと持ち上げ、シップは呟く。

「それに…。」
ナオキヴィッチはまだ何か言おうとしていた。
「それに?」
シゲオはナオキヴィッチを疑い深く見つめる。ナオキヴィッチはその視線に負けることなくはっきりと告げた。
「マツコ・デラックスはともかく、ミッツ・マングローブの肩書は女装家です。そこが違います。ミッツはまだ男であることを自覚していてモッティとは大きく違っていますから。」

―― その訂正、必要でしょうか!?

コトリーナとノーリー夫人、シップ、モッティは同じことを心の中で叫んだ。

「ふん!俺が頭が悪いからって馬鹿にしやがって!!」
シゲオは謎めいたナオキヴィッチの説明を聞いても、まだ腹を立てたままだった。

「お父さん、先生はお父さんのことをバカにしてないわ。」
コトリーナがシゲオをとりなす。
「奥様まで…。」
モッティは感激の涙を拭った。
「確かにエフ村みたいな田舎には、モッティさんのようなオカマは珍しいけれど。都会ではきっとこれが普通なのよ。」
「奥様…オカマって…。」
「お前、フォローになってないだろ…。」
モッティとナオキヴィッチはがっくりと肩を落とす。今迄頑張った自分たちの努力が消えてしまうではないか。

「それに何をどう考えたら、先生とシップさんがそんないかがわしい関係だと思うの?」

「お前が家出した時に変な理由を言ったからだ!」と心の中で突っ込むナオキヴィッチ(しつこいようだが、詳しく知りたい方は『公爵夫人の家出』を参照していただきたい)。

「シップさんは執事として、このお家で働いてくれる立派な方よ。」
「奥様、ありがとうございます!!」
シップは感激のあまり、コトリーナに抱き付く。それをベリッとすかさず剥がすナオキヴィッチ。
「それにね、お父さん。確かに先生はとっても素敵でモテモテよ。でも…。」
「でも?」
ナオキヴィッチは嫌な予感がした。
「…男の人で先生に本気になったのは、ダイ・ジャモリさんくらいよ!!」
コトリーナはなぜか誇らしげに叫んだ。
それを聞いたナオキヴィッチは両手で頭を抱え込んだ。

「ナオキヴィッチ!!」
シゲオは叫んだ。
「お前…お前…シップ貼りやらミッツやらだけじゃなく…蛇遣いにまで手を出したっぺか!?」
ダイ・ジャモリの名前から蛇遣いと勝手に職業まで連想したシゲオの想像力にまたナオキヴィッチは驚く(ダイ・ジャモリの本当の職業が何であるかを、どうしても知りたいという方は『私の愛する先生』を参照のこと)。

「コトリーナとお腹の子、山田くんをどうする気だっぺか!ええ?ててなし子にする気か!」
シゲオはナオキヴィッチの襟首をつかみ、揺さぶる。
「…山田くんは座布団運びです。落語家ではありません。」
揺さぶられながらも、細かい訂正は忘れないナオキヴィッチ。
「うるさい!この屁理屈が!!」
興奮してもう誰も止めることができないシゲオ。



「お父さん、落ち着いて。」
しかし唯一止めることができる人物がいた。娘のコトリーナである。
「だども、コトリーナ…。」
「ねえ、お父さん。」
コトリーナはシゲオの手を取り、そっと自分のお腹に当てさせる。
「ここにいるジュゲムちゃんは、先生と私の大事な大事な赤ちゃんなの。先生がお父さんの誤解しているような人だったら、ここにジュゲムちゃんはいないでしょう?」
「コトリーナ…。」
シゲオはコトリーナのお腹の上に乗せられている自分の手を見つめる。この中には自分の孫…初孫の命が宿っている。
「そうだっぺ…ホモに子供は作れんぺさねえ…。」



「何て…御立派な…奥様!」
シップはメガネを外し、涙をぬぐった。
「本当に…何て素晴らしいお話を、コトリーナちゃんは!さすがだわ!」
ノーリー夫人も目頭にハンカチを当てる。
「もう誰も変な誤解はしないですわ。」
モッティも感激している。
ナオキヴィッチは妻の見事な説明に満足して微笑んでいる。



「そうだっぺ…コトリーナの言うとおりだっぺ。」
シゲオは恥ずかしそうに頭に手をやり、ナオキヴィッチを見た。
「すまんかった。お前のことを勝手に誤解して。」
「いいんです。分かっていただければ。」
ナオキヴィッチは安堵する。そう、誤解さえ解ければいい。
「モッティさんとシップさんにも悪いことを。この通り、許してくれ。」
シゲオは二人にも頭を下げた。
「いえいえ。」
「大丈夫ですから。」
二人も気のいい性格なので、怒ってなどいない。


このまま、ふんわりとした温かい空気がこの場を包むだろう…誰もがそう思っていた。しかし、そう物事はうまく運ばないのが世の常である ――。

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