日々草子 おだんごとモミアゲ 5

おだんごとモミアゲ 5






琴子は真っ直ぐ医局へ戻らず、人の少ない通路を選びながら歩いていると、正面から親子だろうか、母親に手を引かれながら小さな女の子が歩いてきた。
すると、
「あ、先生だあ!!」
と、その女の子は琴子を指さして叫んだ。
「先生!?」と琴子は心臓がドキリとした。間違いない。今「先生」と呼ばれるのは大蛇森の姿をしている自分だけ。

「ど、どうしよう…。」
ここで背中を向けて逃げたら、絶対に怪しまれる。
「先生、先生!!モミアゲの先生!!」
女の子は母親の手を振りほどき、琴子に駆け寄った。そしてその白衣の裾をしっかりと掴んだ。

「先生、今日は診察してくれなかったね。」
女の子が頬を膨らませる。どうやら彼女は大蛇森の患者らしい。服装はパジャマではない所を見ると、外来の患者であろう。
「あ、う、うん。ごめんね…今日はちょっと用事があったから。」
琴子は慎重に答える。
「すみません、大蛇森先生。」
女の子の後を母親が小走りに追いかけて来た。
「この子ったら、すっかり先生に懐いちゃって。」
「懐く!?」
思わず琴子は素っ頓狂な声を上げた。
「え?」
母親がその声に驚く。
「あ、いえ。すみません。」
琴子は小声で謝った。この小さな可愛らしい、5歳くらいの女の子が大蛇森に懐いている!?

「本当にこんなに元気になりました。」
母親は目を細め、白衣の裾で遊ぶ娘を見た。
「これも全て先生が手術して下さったおかげです。」
「いえ…。」
「この子が髪の毛を剃るのが嫌だから手術は絶対しないって言って。」
「ああ…。」
大蛇森は脳外科医である。この少女の頭の手術をかつて手がけたのかと琴子は知る。
そして頭の手術は髪の毛を剃らねばらならない。小さいとはいえ、女の子には過酷なことになる。

「でも先生が、“手術したらすぐに髪の毛が伸びるよ”って言って下さって。それも毎日毎日、病室に足を運んで下さって。大きな病院の先生はお食事する時間も取れないって伺っているのに、本当に毎日…。」
「…。」
あの大蛇森にそんな一面があったとは。
「“先生みたいにモミアゲもすぐにできるよ”って仰られた時、この子、病気になって初めて笑ったんです。“それはいらない”なんて言い返して。」
その時のことを思い出したのか、母親はクスクスと笑った。
「先生、髪の毛伸びたでしょ?」
女の子は自分の髪の毛を引っ張って見せた。髪の毛は肩につくくらいまで伸びている。
「うん、そうだね。」
琴子はしゃがんで、その子と視線を合わせた。
そして優しく笑いながら、
「可愛い、可愛い。ね、先生の言ったとおりでしょう?」
とその頭を撫でた。女の子はにっこりと笑った。



親子と別れた後、琴子は窓にまた、自分の姿を映した。
「…結構いい所、あるんじゃない。あの先生もこのモミアゲも。」
モミアゲをくいくいと引っ張りながら、琴子は呟いた。



「検温と血圧を測りますね。」
大蛇森は男性患者の腕に手際よくカフを巻きつける。
「ん?」
カフ圧をかけながら、大蛇森はその患者の目に広げられていた本に目をとめた。
それは高校の数学の教科書だった。
「あ、俺が勉強しているの、珍しいんでしょ?」
男性患者は照れながら大蛇森を見る。
「受験生だっけ?」
大蛇森は訊ねた。
「そうだよ、何だよ、忘れた?」
男性は「しょうがないなあ」と笑う。

「せっかく、入江さんのおかげで勉強に目を覚ましたっていうのにさ。」
「…私?」
男性患者は頷く。
「入江さん、言ってたじゃん。旦那さんを追いかけて看護学科に入り直したって。」
「入り直した?」と聞き返しそうになり、大蛇森は口を噤んだ。ここでそれを出してしまうと、ばれてしまう。
「入江さんは文系だったけど、どうしても看護師になりたくてなりたくて、それで苦手な数学や生物とか勉強して入ったって。入った後も、看護学科の勉強はすごく難しくて何度も挫折しそうになったって。」
あの何も考えていなさそうな琴子が、そんな努力をしていたとは。大蛇森は意外な琴子の一面を知った。

「それだけじゃないんだよね?」
同じ病室の患者がニヤニヤしながら、二人の話に加わる。
「琴子ちゃんは、入江先生をゲットするためにすごく苦労したんだよな?」
「苦労?」
「やったことないのに体育会系のテニス部に入ったり、同じバイト先に押し掛けたりさ。」
「とにかく、そんな入江さんを見てたら、俺も勉強しようかなって思ったんだ。」
男性患者は、大蛇森に体温計を渡して、教科書を開く。
「うんうん。琴子ちゃんってさ、見ているだけでこっちも頑張ろうって気になるんだよな。不思議だよ。」
「…。」
大蛇森は黙って病室を出て行った。二人の患者はきっと照れてしまったのだろうとその態度に疑いを持たなかった。



「あの小娘がねえ…。」
カートを押しながら、大蛇森は考える。
のほほんと生きているのだろうと思い、うまいこと直樹を手に入れたと思っていたが…。

「文系が理系に転向するっていうのはかなり大変だっただろうに。」
大蛇森は医者である。医大に入るくらいなので小中高と勉強はトップクラスではあった。
あまり苦労したという覚えもない。
だからあまりに出来の悪い琴子を見ると、苛立つのである。
だが、その彼女もかなりの努力をしていたのである。それも大蛇森が想像もつかないほどの…。
だからこそ、毎日叱られても失敗しても辞めないのだろう。

「…このおだんごの中に、どれだけの根性が詰まっているんだろうな。」
大蛇森はおだんご頭をチョンチョンと突くと、「検温ですよ」と次の病室へと入って行った。



「あ…入江くん。」
医局に戻ると、そこには直樹しかいなかった。
直樹は先程まで琴子が座っていたソファに横になって、寝息を立てていた。
「疲れているんだろうなあ…。」
疲れている医者は直樹だけではない。西垣も船津もそして大蛇森も。
琴子は目を覚ます気配のない直樹の傍にしゃがみ込む。

「入江くん…お昼、おいしかった?」
お昼に見た目は自分だが中身は違う自分と、楽しそうに食事をする直樹を思い出す。
「あたしも…入江くんと一緒に食べたいよ。」
起こさぬよう、直樹の前髪をそっと払いながら琴子は呟く。
「もう無理なのかなあ…。」
このままの状態がどれだけ続くのか。永遠に続くのだとしたら…もう二度と、直樹と一緒に暮らせない。

「入江くん…。」
もう一度その名前を琴子が口にした時、直樹の目がうっすらと開けられる。
起こしてしまったかと琴子は焦った。
直樹の目が全て開かれ、その視線と琴子の視線がぶつかった。

「大蛇森先生…?」
直樹の口がその名を呼んだ時、琴子は今までにないショックを受けた。
直樹の目の前にいる人間は、琴子ではない。大蛇森なのだ。
中身が琴子でも、そんなこと直樹は気がつかない。

「大蛇森先生?」
直樹は慌てて身を起こす。
目の前の大蛇森の目から大粒の涙がボロボロと零れているのである。
「先生…一体…。」
「…。」
大蛇森 ―― 琴子は涙を拭くことなく、立ち上がった。そしてドアへ向かって走り出す。

「大蛇森先生?」
丁度入って来た西垣と琴子はぶつかった。しかし、琴子は謝ることもせずに医局を出て行った。

「どうしたんだ?一体…。」
西垣は直樹に訊ねる。直樹はソファに座りこんで呆然としていた。
「まさかお前、本気で振ったとかじゃないだろうな?」
「冗談もいい加減にして下さい。」
直樹はムッとして西垣に言い返す。
「あの先生、今日はおかしいんだよ。」
西垣はコーヒーを淹れ始めた。
「おかしい?」
おかしいのはいつもじゃないかと言いたい所を直樹は堪えた。
「ああ。手が震えて診察できないからって代診頼んだり。」
「何です、それ。アル中じゃあるまいし。」
「家に帰って休めって言ったら、何て言ったと思う?」
直樹の分のコーヒーをその前に置きながら、西垣は笑いかけた。
「さあ?」
「家に霊がいて、霊媒師に来てもらっているから帰れないとかって。」
「どこまで冗談なんだか」と西垣は自分のコーヒーを手に、机の前に座った。

「で、さっきは泣いてただろ?情緒不安定なのかな?でもこの忙しさじゃ、そうなっても不思議じゃないよな。」
最後は少し真面目な口調で言うと西垣は欠伸を一つし、また書類作業へと没頭し始めたのだった。








☆あとがき
大蛇森先生、すごくいい人っぽく書いてしまった…。
でも悪い人ではないと思うんですよね。
ただ入江くんが絡んでいるから、琴子ちゃんを恨んでいるだけで。
と、琴子ちゃんファンに殺されるようなことを言う私。
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はじめまして。

はじめまして。
菜の花と申します。
最近イタキスを久しぶりに読み返し
どうしても二人の子供がみたいなぁと
ここ一か月はじめて二次小説をさがしまくり(笑)
たどりつきました。
本当に楽しませて頂いております。
ありがとうございます。
いつもなら読み逃げなのですが、
このモミアゲの話がツボに入り
どうしても一言お礼が言いたくて足跡残しました。
この後どうなるんだろうと心待ちにしてました。
多分入江君には、琴子が入れ替わってるとわかるの
でしょうね。ああ、早く読みたいです。
はじめましてなのに、すいません。
失礼しました。

誤解されて・・・

   こんにちは
お互いに見えてなかった内面が患者様通して・・・認めのようなぁ思いがチョッピリですねぇ。

 でも琴子だけが今の所辛い思いが多すぎてかわいそうです。
心まで入れ替わってないから・・・琴子の直樹への思いをモミアゲが思いを寄せてに思われ・・・涙でちゃうよねぇ・・・。 直樹がいて頑張れる琴子には辛いよねぇ・・・・。

 直樹が やっぱ一番に気づてあげて欲しいなぁ。

見直したかな?

大蛇森先生の意外(スイマセン)な一面。直樹よりもモミアゲ命な大蛇森先生に琴子も見直したみたいですね。そして大蛇森先生も琴子を見直して、ちょっと良かったかな?でも、直樹に触れられない琴子が可哀想。きっと直樹が気付いてくれて何とかしてくれると、信じてます。

NO TITLE

わかったことその②
大蛇森も意外とやるじゃん♪

大蛇森先生が変だよ~
きづいてほしいよ~直樹に!!
琴子ちゃんがかわいそうで!!
なんだか片思いをしているときの切なさがこみ上げてきました。
頑張れ琴子ちゃん!!

菜の花さん、はじめまして。

菜の花さん、はじめまして。
うちのブログに来て下さりありがとうございました。

二人の子供が読みたい…あ~よく分かります!!
すみません、うち…そっちのネタは少なくてm(__)m

そしてこのモミアゲの話を気にいって下さりありがとうございます!
うちのメイン、こういう変なネタばっかりですから(笑)
こんな変なネタにお礼だなんて…申し訳ないです。
このお話は私も書いていてとても楽しくて!
だからその楽しさが読んで下さる皆さんに少しでも伝わってくれたらいいなと思っています^^

またお気軽にコメント残して下さると嬉しいです!!
ありがとうございました!!

吉キチさん、ありがとうございました。

なんか、今回はけっこう琴子ちゃんがかわいそうコールが多くて驚いています!←何て言い草
二人がお互いを認め合いつつ…でも琴子ちゃんは入江くんに「あたしが琴子よ!」と名乗れず…
うん、確かに可哀想かも←なんて奴

モミアゲに思いを寄せて…って、なんだか笑っちゃいましたよ~!!
どんだけそのモミアゲに深いものが込められているんだか(笑)

祐樹'Sママさん、ありがとうございます。

そうそう、入江くんよりもモミアゲ命みたいな感じになってしまいました、大蛇森(笑)
でもちょっと彼の医者らしいところ(?)も書いてみたくて。
そしたら、やたらといい人になってしまいました!
入江くんに触れられない琴子ちゃんがどうなるのか、ぜひ続きを楽しんでいただけたらなあと思います♪

ゆみのすけさん、ありがとうございます。

そう、やるのよ、大蛇森先生も!!
入江くん以外の人間にもちゃんと興味を持つんだってば!!
今回大蛇森先生の意外な一面をゆみのすけさんに分かっていただけてよかった~♪

大蛇森先生が変なのはいつものことだから、気がつかない入江くん(笑)
早く気がついてくれるといいんだけど…。

拍手コメントありがとうございます。

拍手コメントありがとうございます。

Foxさん
大蛇森先生ファンとしては、たまには彼のいい人な所を描きたかったんですよ~♪
そう、悪い人ではないのです!!ただちょっと横道にそれているというか、報われない恋に身を燃やしているだけなんですよね。何て可哀想な…。
お互いいい所を見つけられたら、少しはマシな関係になるのではないだろうかと思うのですが…無理でしょうね(笑)

水玉さんのファンさん
すみません。↑を書くこと、すごく恥ずかしかったです(笑)。でもそうお名前の所に書いてあったのでその通りにしました(笑)
とんでもないです。こちらこそ好き勝手に書かせていただいているのですから、どうぞ気にしないで下さいね!
『円舞曲』は…あれはかなり力を入れて書いた話でした。『万華鏡』を含めて初めてのパロディだったこともあるのですが、本当に思い入れがあります。
読んで下さりありがとうございます。
ぜひ『月読み…』も読んでいただけると嬉しいです。
コメントをありがとうございました!

紀子ママさん
そうかあ…琴子ちゃんファンには何ともいえない話なんですね^^;
でも入江くんへの純愛は琴子ちゃんにも勝るかと思います。
きっと最初で最後の彼の幸福なので、温かい目で見てあげて下さい(笑)
入江くんと大蛇森先生のカップリング…うん、ちょっと怖いかも(汗)

あけみさん
そうなんですよ、すごくいい人に書いてしまって!!
でもイタキスの登場人物って悪い人はいないから、こういうのもありかなと思って♪
確かに何も知らない入江くんが可哀想といえば可哀想ですよね(笑)
琴子ちゃんは自分じゃない自分が入江くんとイチャついているのを見てちょっと辛いかもしれませんね。

佑さん
そう、お互いのいい所が分かってよかった!
これで二人は新しい関係を…ってうまくいくわけなーい!!
笑いだけではなく、こういうエピソードも入れてみるのもいいかなと思って!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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