日々草子 新妻の幸福 3

新妻の幸福 3

すみません、長くなってしまい上中下で終わりませんでした…。




「いーりーえーくーん!」
暢気な声に、昼食へ向かおうとしていた直樹はゆっくりと振り返る。
「やだなあ、今日もここに皺、いっぱい寄せちゃって。」
呼んだ西垣は、自分の額を指した。
「何か用ですか?」
「お昼、おごって上げようかなって思って。ほら、僕って優しい先輩だから。」
自分で自分を優しいという人間ほど、信用はできないと直樹は思う。
「結構です。」
「まあ、そう言わずにさ。」
嫌がる直樹の腕を引っ張り、西垣はいつもの店へと向う。

「何にする?」
西垣は直樹にメニューを渡した。
直樹はチラリと西垣を見て、
「カレーうどん、大盛りで。」
と即答した。
西垣はおろしたてのネクタイを即座に外した。

「やもめ暮らしは慣れた?」
ざるそば(大盛り)をすすりながら、西垣は直樹に訊ねる。
直樹は無言でズルルとうどんをすすった。ピンとカレーのつゆが跳ねる。西垣は慣れた様子でそれから身を守った。

「ところで、今夜空いている?空いているよね?だって奥さんに逃げられちゃったんだもんね。」
飛んで来るカレーつゆから避けながら、西垣は笑う。
「空いているからって何ですか?」
直樹は暇であることを否定はしなかった。
「いや、ちょっと合コンでもしないかなと思ってさ。」
「しません。」
「場所はさあ…。」
「しない」と答えているのに、西垣は直樹が行くものだと思い話を進める。

「…よくもまあ、そんなに女の尻ばっかり追いかけていられますよね。」
早々にうどんを食べ終えた直樹は、手帳を広げている西垣に呆れる。
「失礼な。向こうから近寄ってくるからさ。」
「書売新聞の女性記者は?」
「ああ、書売ね。あそこの女の子はさ、おしゃれで結構ノリがいいんだよね。」
「翌日新聞は?」
「翌日は、学生時代はまじめに過ごしてましたって感じの子が多くて。服も地味なんだけど、でもその中身が…。」
「世界経済新聞は?」
「あそこさ、お堅いイメージじゃない?でもね、すごいんだよ。ベッドの上では…って、お前、何を評価させているんだ!」
「よくもまあ次から次へと。」
「ああ、あとね、エブリースポーツの子はすごいよ!パンツまで虎の縞模様でさあ…。」
やっぱりこの男は信用できない。直樹はそう思い先に席を立った。

「ごちそうさまでした。」
「本当に奢らせるんだ。」
「そう言ったのは西垣さんでしょ。」
「まあ、いいよ。今夜付き合えよ。」
「はいはい。」
店を出て行く直樹の背中を見て、西垣はニヤリと笑った。



そしてその日の夜。
直樹は西垣と並んで座っていた。
「入江くん、皺、皺が目立ってるよ。」
西垣は直樹の眉間を指す。
「本当に合コンなんですか?」
二人の目の前には、やはり二人分の席が用意されていた。
「だからそう言ったじゃない。あ、来た来た。」
西垣は立つ。
「お待たせしてすみません。取材が長引いてしまって。」
若い女性二人がやってきた。若くなかなか可愛らしい。
「いやいや大丈夫だよ。」
同業者なのかと直樹は思いながら、二人を見る。
二人は直樹を見て顔を見合わせる。
「どうしよう」「うれしい」と囁く二人。直樹はそんなことを言われても嬉しくはないので無視を決め込んでいた。
「入江、こちらはね…。」
西垣が女性二人の紹介を始めた ――。



「何ですか、その格好は!!」
トンブリ大使館に、女官長サシミの怒声が響き渡った。
「王女様、これからトンブリ新聞とトンブリ国営テレビの取材を受けられるんですよ!」
「知ってるわよ。これからその会場に向かうんじゃないの。」
琴子は機嫌が悪かった。

「だから、そのような格好で人前に出るというのは…。」
サシミは琴子が着ているシャツを見る。
「何よ、これのどこが悪いのよ。」
琴子はシャツを引っ張って見せた。
そのシャツには大きく『男はつらいよ』の主人公、車○次郎の写真がプリントされている。

手ぶらで大使館に来てしまった琴子は着替えがなかった。なぜか大使館に置いてあったこのシャツを仕方なく着ているのである。

「大体、その男は誰なんですか。新しい再婚相手ですか?」
「誰でもかんでも再婚相手にしないでよ!この人はね、この人はね…。」
何事かと大使夫妻と職員が様子を見に来る。
琴子はサシミに絶対、自分が困っている様子を見せたくない。
「この人は…日本のジョニー・○ップよ!!」
「ジョニデ?あれが?」
これには大使たちが目を丸くする。日本滞在が長い分、シャツの人物が誰だかは分かっているのである。
「日本のジョニー・○ップを馬鹿にしないでよね!」
サシミにきつく言い渡すと、琴子は取材会場の部屋にと向った。

「いいわよ、どうせ離婚発表会見になるんだから。」
何を着たって構うことはない。琴子は自棄になりながら会場の部屋のドアを開けた。

「え…?」
中に入った琴子は驚いた ――。



「この度は取材に応じて下さり、ありがとうございます。」
中で待っていた記者は…直樹だったのである。

「え?何で?」
呟きつつも琴子は座った。琴子が座らないと記者も座れない。
「トンブリ新聞の記者の入江直樹です。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします…。」
そして直樹は、琴子のシャツに目を止めた。
「変わったシャツですね。」
「え?」
琴子は自分が着ているシャツを見る。突然恥ずかしくなり、慌ててバッと腕を前で交差させた。
「王女様は渥○清がお好きで?」
「いや、好きというわけでは…。」
「そうですか。」
何でこんなものを着てしまったのか。しかも下はジャージ(白いライン入り)である。

「日本での生活は慣れましたか?」
あくまで新聞記者として質問をする直樹。琴子もそれに応えようと顔を引き締めた。
「はい。もうすっかり慣れました。」
「困っていることなどは?」
「いいえ。分からないことも多いですがその都度、入江…主人が教えてくれますから。」
「主人」という部分を琴子は強調した。
「主人はとっても優しいんです。仕事が忙しくて疲れていても、私が困っているといつも助けてくれます。」
訊かれてもいないのに、琴子は直樹のことを褒める。
「そうですか。」
自分のことを言われているのにもかかわらず、直樹は表情一つ崩さない。

「主人はプレゼントをくれました。」
「プレゼント?」
何か琴子に上げたことがあっただろうかと、直樹は思い返す。
「あの、私がすごく参考にしている本があるんですけれど。」
「本?」
「はい。その本、二冊あって。それを主人は探して買ってきてくれました。」
「あの“よき妻となるために”シリーズか」と直樹は合点した。
「主人が私のために探して来てくれた本だから、すごく大切にしています。」
「それは…御主人も喜ばれることでしょう。」
「今度はもっとましなプレゼントを」と密かに思いながら直樹はメモを取った。

ここまでは、事前にトンブリ王国のマスコミが用意していた質問事項だった。
まだ質問は全て終わっていない。
直樹は暫くそのリストを見ていた。そしてそのメモをポケットにしまった。
琴子は怪訝な顔をする。



「率直な所を伺いたいのですが。」
何も持たずに、直樹は琴子の顔をじっと見つめて口を開いた。
「はい。」
「王女様は今まで広大な宮殿でお暮らしになっていましたよね?」
「はい。」
直樹はそこで息をつく。琴子は黙って待つ。
「…御主人がサラリーマンだと、宮殿と同じくらい広い住居で暮らすことは難しいかと思うのですが。」
「だから?」
琴子が聞き返す。
「現在の暮らしで満足していらっしゃいますか?」
直樹がその問いを口にした。
するとすぐに、
「もちろん!」
という琴子の答えが返ってきた。
直樹はその早さに驚く。琴子はニコニコと笑っていた。

「部屋はワンルーム、お風呂もその…ダイコン洗い場でも?」
「はい!」
琴子は力強く頷く。
「狭いでしょう?窮屈じゃありませんか?」
「全然!だっていつも主人と一緒にいられるんですよ?」
琴子は嬉しそうに答える。
「部屋が複数あったら、主人は仕事をしている時は違う部屋に行くでしょう。その間離れ離れになっちゃうじゃありませんか。」
「いや、そんな大邸宅では…。」
「いいえ!」
琴子は直樹を遮る。
「いつも主人の顔を見ていられるんです。それが何よりも幸せです。」
直樹は黙って琴子を見ていた。

「お風呂だってそうです。広いお風呂だったら洗うのが大変だわ!」
主婦らしい発言に直樹の頬が緩みそうになった。
「毎日毎日、愛しい旦那様のために心をこめてお風呂を洗って。そのお風呂に気持ちよさそうに入っている主人を見ているのが、今の私の一番の幸せなんです。」
うっとりとしながら答える琴子の目に、嘘はなかった。

「ワンルームで暮らしていることをお父様に言わなかったのは?」
琴子から目をそらしながら、直樹は引っかかっていたことを訊ねた。
答えがどう出るのかが怖い。とても琴子の顔を見ることはできない。
「それは…父にワンルームで暮らしていることを話したら、きっと広い所へ引っ越せと言うから。」
琴子の答えを聞き「やっぱりそうか」と直樹は思った。
しかし、次に琴子が言ったことに直樹は驚く。
「さっきもお話したように、私はワンルームのこの幸せを大事にしたいんです!だから誰にも邪魔されたくないんです!」
「恥ずかしいからお父様に話せなかったのではないのですか?」
「まさか!どうして恥じなければいけないのですか?」
真顔で琴子が聞き返す。
「私は今の暮らしを誇りに思っています。誰にも恥じる必要はないと思っています。」
きっぱりとした琴子の答えに、直樹の心はもやが晴れていくことを感じた。

「だから…。」
琴子の口が止まった。
直樹は顔を上げた。
「だから…。」
琴子の大きな目から、大粒の涙がぽろぽろと零れ出していた。
「だから…家に帰りたい。入江くんと一緒に暮らしたい…。」
ひっく、ひっくとしゃくり上げながら、琴子は涙を拭う。
「入江くん…。」
直樹に迷いはもうなかった。泣いている琴子の体を直樹は抱きしめた。

「うん…分かった。」
「入江くん…入江くん…。」
泣き続ける琴子に、直樹は優しく話しかける。
「うん…帰ろうな…。」
「帰ろう…私たちの家に…あのマンションに…。」
「ああ、帰ろう。俺たちの家に。」
琴子は直樹の返事を聞いて安心する。そして直樹の背中に手を回した。

「…最後にもう一つ質問させて下さい。」
琴子の涙を拭きながら、直樹はその顔を覗きこんだ。
「…王女様は御主人を愛していますか?」
直樹の質問にキョトンとした琴子だが、その顔に満面の笑みを浮かべて答えた。
「愛してます…世界中の誰よりも。」
そして琴子が聞き返す。
「入江くん…ううん、記者さんは奥さんのこと、愛してますか?」
直樹も笑顔で答えた。
「愛してます。世界で一番誰にも負けないくらい、愛しているよ。」
そして二人は固く抱き合った。

関連記事
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
リンク