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2011.03.02 (Wed)

R-NAOKI 上


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「…湯沸かしポットが壊れた。」
黄原が鬱陶しく伸ばしている前髪を息で吹きかけながら、呟いた。
「とうとうお湯も飲めなくなったかあ。」
白山が青白く尖った顎を、山のように積み重ねられたアニメ雑誌の載っているテーブルに乗せ、溜息をついた。
「部員は集まったってのに、何で金がないんだろう…。」
そして青木は、更に肥えたために壊してしまったパイプ椅子を、ガムテープで補修していた。

斗南大学アニメ部はこの春、『ラケット戦士コトリン』効果でかなりの新入部員を集めることができた。
しかし…アニメ部入部希望という人間はほとんど、いや全て…オタクである。
オタクといえば、ゲーム、マンガ、フィギュア、コスプレ…その他色々なものに全財産をつぎ込んでいる人間である。そんな人間が多額の部費を出す余裕があるだろうか。
…あるわけがない。
故に部員が集まったというのに、相変わらずの貧困部なのであった。



「やあ、やあ、やあ。」
仕方なく水道水で喉を潤していた三人の前に現れたのは、いつもの唐草野郎だった。
「矢野さん!」
三人はこのOBを歓迎した。社会人の矢野なら自分たちより金銭的余裕があるはず。

「ああ、もう参ったよ!」
青木が補修したばかりのパイプ椅子に矢野はその巨体を下ろした。補修のガムテープがべリリッと剥がれ、椅子が傾いたが鈍い矢野は気がつかない。
「どうしたんです?」
それでも先輩をもてなそうと、青木は水を出した。
「いやあさ、今月、ほら、新作ゲームが5本出ただろ?それ全部買ったら金欠でさ!」
そう言って矢野は水をゴクリゴクリと音を立てて飲み干した。
先輩の話に、後輩たちは顔を見合わせ落胆の表情を浮かべた。どうやら部費の寄付は望めそうもない。

「何だよ、しけた顔してさ。ところで俺、気がつかない?」
「え?」
後輩たちは矢野の脂ぎった髪の毛から、もう十年以上は履いているであろう、真黒に汚れた靴のつま先まで見る。
「もう、鈍い奴らだなあ!これだよ、これ!」
矢野は着ていたトレーナーを引っ張った。
「新しいトレーナーさ!お・ニュ・ウ!!」
「ああ!」
後輩たちは同時に手を叩いた。

「ここ、ここの刺繍がちょっと凝っているんだ。」
「本当だ!」
「唐草模様に艶がある!」
「この唐草模様の色合い!これが似合うのは世界で矢野さんだけです!」
「いやあ、お前ら、相変わらず褒め上手だなあ。」
謙遜しつつも満更でもない矢野は今日も「げへへ」と笑う。
…そんな模様が似合うと言われ喜ぶのは、世界中でこの男だけだろう。



「部費が足りない?」
後輩たちからアニメ部の窮状を聞き、矢野は眉を潜めた。
「はい…。」
「ったく、お前らは本当にしょうがない奴だな。新入生から部費も取れないでどうする?」
「でも…。」
「彼らもアニメに費やしているわけで…。」
「ううむ。」
矢野は太い腕を組んだ。

「そうだ!」
そして矢野はまたよからぬ…いやいい考えが浮かんだらしい。
「アニメ部なら、アニメ部らしく金を稼げばいいんだよ!」
「アニメ部らしく?」
青木は太い首を傾げた。
「ああ。俺たちには最強の武器があるじゃないか!俺たちのこの体で…稼げばいい。」
「か、体?」
途端に青木たち三人は、胸の前で手を交差させて隠す仕草をした。
…一億積まれても、見たいという人間はおるまい。
「ああ、まったくお前らの脳みそはどんな脳みそだよ!」
…アニメにしか興味のない哀れな脳みそである。

「二次創作だよ!!」
「に、二次!」
「ああ。」
矢野は得意気に立ちあがった。その拍子にパイプ椅子のねじがまた一本飛んだ。
そして矢野は、もう汚れ過ぎて落とすことができないブラックボードならぬ、ホワイトボードに大きく『二次創作』と下手な字で書き殴った。

「俺たちにはあれがいるだろう?」
そして今日もフィギュアの染色で汚れた指を突き出す。突き出された方角を青木たちは見た。
そこには『コトリン』の等身大パネルがあった。

「コトリンの二次!」
「そうだ、製作者のお前らにしか作れない二次だ!」
「それを…。」
「ああ、コミケなんかで売りさばけばいいんだよ!!」
「さすが矢野さん!」
青木たちは盛大な拍手を矢野へ贈る。
「アニメ部らしいアニメ部なりの稼ぎ方!!」
「もう俺、一生矢野さんに付いていきます!!」
「もうお前ら、マジで褒めすぎなんだってば!」
矢野はゲヘヘとまた気味悪い笑い声を立てる。

「で、どんな感じする?」
早速青木が紙を机に広げた。
「コトリンの恋愛とか?」
白山が至極まともなことを口にした。
「学園ドラマなんかどうだ?」
黄原が鉛筆を握った。

「ちがーうっ!!!!!」
盛り上がる後輩たちに、矢野の怒声が上がった。

「え?」
三人は矢野を見る。
「ど、どうしました?矢野さん。」
黄原がオロオロと矢野に訊ねた。

「お前ら…そんなもんで儲かると思ってるのか!!」
「だ、だって矢野さんが二次で儲けろって…。」
「違うだろ!正攻法でいくなんて誰が口にした!」
矢野は叫んだ。あまりに口を大きく開け過ぎたため、そのガサガサに荒れた唇が切れ、血が滲んだ。

「…Rだよ、R。」
「あ、アール?」
青木たちはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ああ、R12、いやR18だ!!」
「すげえ!!」
たちまち青木たちのテンションは最高潮となった。
「コトリンでR18…最高だ!!」
「よし、やるか!!」
三人はまた頭を突き合わせた。
「コトリン、実物はナインペタだからなあ。」
「そこがまた、マニア受けするだろう。」
「表紙どうする?色は?普通の肌色でどうだ?」
「いやいや、もうちょと白くした方がリアルじゃね?」
「露出はやっぱ高めがいいよな。」

盛り上がる後輩たちに矢野は大満足の笑顔で頷いていた…。



「…二次創作?」
「ああ。結構出回っているらしくてな。」
そう言って重樹はテーブルの上に数冊の冊子を置いた。どれも表紙は『ラケット戦士コトリン』である。だがそれぞれ製作者のオリジナル色が出ていて、完全なコピーというわけではないようだった。
「どうしたもんかと思って。」
「中は見たの?」
そのうちの一冊を手に取り、直樹はページをパラパラとめくった。内容的にはコトリンを主人公に妄想を描いたものである。
「まあな。」
「見た限り、そんなに問題にしなくてもいいとは思う。」
「そうか?」
頼もしい息子の声に、重樹の顔が輝く。
「だってこういうのが出回るということは、コトリンに人気があるという証拠だし。何も知らずに買った人間が、もしかしたらゲームに手を伸ばすかもしれないし。結果的に売り上げに貢献するだろ?」
「そうか、そういう考え方か。」
「ああ。内容もどれも健全そうだし。そんな目くじらを立てる程でもないさ。」
「そうか。お前がそう言うなら安心だ。」
重樹はいつもの温和な笑みを浮かべた。

「勉強の邪魔をして悪かったな。」
重樹は冊子を抱え、書斎を出て行った。
が、後に残った直樹は嫌な予感を覚えた ――。
「もしかして…。」



「やあ、やあ、やあ。」
矢野が手を上げて部室へと入って来た。
今日は青木たちが作ったコトリンの同人誌が完成する日だった。
「矢野さん!」
「見て下さい、この出来栄え!」
早速青木が冊子を抱えて、矢野の近くに駆け寄る。
「タイトルは矢野さんへの尊敬を籠めたものとさせていただきました!」
「どれどれ。」
矢野はこの間よりもガムテープで頑丈に補強されたパイプ椅子に腰かけた。ガムテープがまたベリリッと剥がれた。

「…うほほほほ!!」
読み始めた途端、矢野の口からゴリラの発情期かと言わんばかりの悲鳴が漏れた(ゴリラが発情期にどんな悲鳴を上げるかは謎だが)。
「何だよ、何だよ!すごいじゃないか!」
興奮してガサガサに荒れた唇をベロリと舐める矢野。一応イチゴのリップクリームをつけているのだが意味はない。
「いや、これかなり…ギリギリラインじゃない?タイトルも最高だし!」
「そうですかあ?」
惚けた返事をする青木。だがそれは自分でもそう思っている。
青木も白山も黄原もいつもドロンとした目が、更に今日はドロンと重い。その下にはこれまたドス黒いクマが出来ていた。
「かなり頑張ったな。」
後輩たちの顔に表れている(無駄な)努力のあとを見て、矢野は労った。
「だが、その分すごい。これは…売れるぞ!!」
「そうですか?」
「ああ。間違いない。数カ月後のお前らはこんな汚い部屋なんかじゃなく、高級ホテルのスウィートルームにいるはずだ!」
「すげえ、俺たち!」
「オタク、最高!!」
青木たちは拳を天へと突き上げた ――。



「…スウィートルームね。」
オタクたちの天下は、わずか5分で終了した。
三人の歓喜に水を差す、冷たい声が汚い部室に響いた。
「本当に世間を知らないというか、何というか。」
「…入江直樹!!」
ブルブルと荒れた唇と、出っ張った腹と、ささくれ立った指を震わせながら、矢野が叫んだ。

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