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2011.02.20 (Sun)

オタクたちの饗宴 上


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春である。
希望と少しの不安を胸に新入生が斗南大学の門をくぐってくる、春である。



「いやあ、今年は入部希望者が過去最大だ!!」
外に咲き誇る桜と同じ、ピンク色に包まれていたのはオタク部…もとい、アニメ部であった。
昨年末に発売され、現在もヒットを続けているゲームソフト、『ラケット戦士コトリン』の影響である。
その開発のために卒業を遅らせた…じゃない、元々単位が足りなくて卒業できなかった青木、白山、黄原の三人はホクホクであった。

「この分だと、合宿も例年よりいい場所に行けるかも!」
「いやいや、この部室だってもっときれいな日当たりのいい場所に…!」
部費も集まるだろうと、笑いが止まらない三人。

「やあ、やあ、やあ。」
そこへまた現れたのは彼である。
「矢野さん!!」
「何、すごかったじゃない?見てたよお、見てたよお!!」
と、ニヤつきながら矢野はいつもの指定席、長年重い体を支えてきたために歪み始めたパイプ椅子にドスンと腰を下ろす。
「これも、矢野さんのおかげです!」
青木はお湯を差し出した。とうとう緑茶を買う金も底をついたのである。

「ところで…今のところはまだ希望なんだろ?」
矢野は入部希望者の名簿を見ながら訊ねる。
「はい。この中から何人が残ってくれるか…。」
「一応、コトリン効果だから結構期待していいかと思うんですけれど。」
「甘いっ!!」
矢野はドンと拳でテーブルを叩いた。その拍子に上に乗っていたコトリンのフィギュアの首がコロンと転がった。

「甘いんだよ、お前たち!!」
「あ、甘いです…か?」
青木はコトリンの首を慎重にくっつけながら、矢野を見る。

「いいか?今どきの若者はそんな簡単にこっちの思うつぼにはいかない!」
また矢野が拳でテーブルを叩く。
青木たちはまた首がもげないよう、三人でコトリンのフィギュアを押さえながら、
「え?そ、それじゃあ、どうすれば…。」
と矢野に訊ねた。
「フフフ…。」
矢野はそんな不安に襲われている後輩たちに不気味な笑みを零す。

「…その対策を練るんだろ?」
「対策?」
「そう。俺とおまえらで対策を練ろうじゃないか!!」
「矢野さん…!!」
後輩たちは目を輝かせ、救世主と言わんばかりに矢野へ向かって両手を組んだ。

「でだな…。」
矢野はささくれ立った太い人差し指をチョイチョイと動かす。青木たちは耳を矢野へと差し出した。
「…え!!」
青木たちは一斉に大声を上げた。そして、
「そ、それは…いいアイディアです!!」
と興奮する。
「さすが矢野さん!!」
「考えることが違う!!」
「フフフ…お前らとは生きて来た年数が違うんだよ。」
…大して変わるまい。

「ビバ!矢野さん!!」
「矢野さん、バンザイ!!」
「Y・A・N・O、やーのっ!!」
「Y・A・N・O、やーのっ!!」
野太い声の矢野コールが、部室内を覆う。
「よせよ、お前ら。」
そう言いつつも、矢野は満更でもない顔をしていた ――。



「はあ…。」
外に咲き誇る桜の色とは正反対の、灰色のオーラを漂わせながら琴子は何度目かの溜息をついた。
理由は…直樹に構ってもらえないからである。
「もう、ちょっといい加減にしてよ。」
目の前でラーメンをすすっている理美がうんざりした様子で話す。
「そうよ。おいしい食事がまずくなる。」
じんこもAランチの唐揚げを口に入れながら、琴子を睨んだ。
「あんたたち、親友が悩んでいるっていうのに、何でそんなに食べられるのよ。」
琴子はムッとして二人を見た。
「だって、そんなの深刻な悩みじゃないわよ。」
「そうよ。こっちは就職の内定がもらえるかって憂鬱だってのに。」
結婚した今、卒業後の心配がない琴子の悩みなど、二人にとっては大したことはないのである。
「ひどいなあ…。」
そして琴子は、また何度目かの溜息をついた。



「あれ?あんたの先輩じゃない?」
ラーメンを食べ終えた理美が琴子の後方を見た。
「やだ、須藤さんかなあ?」
また松本裕子に何か便宜を図れとか無理難題を押し付けられるのではと、琴子は身構えながら、振り返った。
「うげっ!!!」
そして琴子の口から悲鳴が上がった。



「やあ、やあ。」
「どうも、どうも。」
現れた琴子の先輩と言うのは、テニス部の須藤ではなく、アニメ部の三人組だった。
そして三人組…青木たちは図々しく、琴子を挟むように両隣に座った。
「何ですか?」
ただでさえ憂鬱な気分だというのに、更にそれを増長させる人間が現れて琴子はうんざりしている。
「つれないなあ。」
「そうだよ、先輩だってのに。」
「ついでにおたくの旦那の恩人ってことも、お忘れなく。」
勝手な青木たちの言い分に、
「冗談じゃない!私はアニメ部の部員でもないし、入江くんはあなたたちの恩人なんかじゃないです!あなたたちの恩人が入江くんっていうのが本当でしょ!」
と、琴子は言い返す。

「まあ、まあ。」
青木はプリプリ怒っている琴子をいやらしく宥めた。
「今日はさ、お知らせがあるんだよね。」
「お知らせ?結構です。」
琴子ははねつける。
しかし、
「いやね、今度の金曜日に飲み会があるんだ。われらアニメ部の結束を固める飲み会。」
「あ、そうですか。どうぞご自由に。」
琴子は無視する態度を崩さない。
「いや、おたくも参加してもらうから。」
「何でよ!!」
琴子はもう敬語など気にせずに叫んだ。
「だってアニメ部員だから。」
「だから違うって!」
「まあ、まあ。」
興奮する琴子を青木はまたもや、宥める。

「今回の飲み会は…いつもと一味違うんだよね。」
青木はこれまたいやらしく、舌舐めずりをしながら琴子に囁く。
「…コトリン製作のねぎらいも兼ねて…何と、スペシャルゲストが登場するんだ!」
「…スペシャルゲスト?」
「そう。それはもう豪華な…おたくが喜ぶスペシャルゲスト!!」
「私が喜ぶ…?」
琴子は考えた。自分が喜ぶスペシャルゲスト…しかもアニメ部関連…。

―― まさか…入江くん!?

『ラケット戦士コトリン』の製作のねぎらいも兼ねている飲み会…そう考えると、スペシャルゲストというのは直樹以外に考えられない!!

―― そうだわ…最近、忙しい、忙しいって言ってたのは…これを隠すためだったのね!!

きっと直樹は、突然宴の席に現れて、琴子を驚かせるつもりに違いない。

琴子は妄想…いや、想像する。
二人でこの連中の前に登場し、「お似合い」「さすがコトリンの製作者とモデル!」と褒め称えられる様子を…。

「いやあ…そんなあ…そりゃあ、お似合いですけれど…グフフフフ。」
すっかり妄想の世界の住人となった琴子を見て、理美とじんこは顔を合わせる。
「あれ、絶対自分に都合のいい妄想をしているわね。」
「今までの妄想がその通りになったことがったか、少しは振り返る必要があるわよね。」
結婚しても相変わらずな琴子に、理美とじんこは溜息をついたのだった。

そして、琴子は飲み会参加を了承したのである。



「俺、今度の金曜日は遅くなるから。」
「金曜日!?」
鏡に向かって、懸命にスキンケアをしている琴子は直樹が驚くくらいの素っ頓狂な声を上げた。
「何だよ?」
「いや、別に。うん、私も遅くなるから。」
「ふうん。」
そして琴子はまた、肌にパタパタとコットンを叩き始める。
その琴子を見て、
―― 一体、何でそんなに一生懸命なんだか。
と直樹は不審に思う。
琴子は琴子で、
―― やっぱり…スペシャルゲストは入江くんなんだ!!
と、確信した。スキンケアにも力が入るというものである。これも全て金曜日に備えてのことである。
「ムフフフ…ムフフフフ…。」
鏡に向かい不気味な笑い声を上げる妻を、直樹は胡散臭そうに眺めていた ――。



そして、金曜日の夜 ――。

「あれ?あの…スペシャルゲストさんは?」
飲み会の会場である居酒屋の個室に着いた琴子は、そこにいるのがいつものアニメ部メンバーであることに不思議な顔をした。
「ああ、ちょっと遅れるって。」
黄原が答える。
「忙しい人だからね。」
白山も補足する。
忙しい人…やはりスペシャルゲストは直樹だ。
琴子の顔に笑みが浮かぶ。この日のために可愛いワンピースを着て来た。念入りなスキンケアの甲斐あって肌の状態もすこぶる良好である。

「先に始めてようか。」
音頭を取ろうとした青木が、琴子を見て「あ、そうだ。」と、薄汚い、これまた何年も使い込まれ角が破れている手提げの紙袋の中をゴソゴソとあさった。

「これ、着て。」
青木が出してきたのは…コトリンがプリントされたトレーナーだった。
見ると青木たち全員はそれを着ている。
「えーっ…。」
琴子は露骨に嫌な顔をした。
「…スペシャルゲストも喜ぶよ?」
青木の言葉に、またもや琴子は妄想の世界へと飛び立つ。

『琴子!』
遅れてやってきた直樹が、琴子が着ているトレーナーに目を止める。
『お前…そんなにコトリン…“ラケット戦士コトリン”を気に入ってくれたのか!』
『当たり前じゃない!入江くんが作ったコトリンよ!』
『琴子!』
『入江くん!』
固く抱き合う二人。その二人を邪魔する人間は、この世にはいない…。



「おっ、似合うじゃん。」
下手ゆえに、音が鳴らない口笛を吹き琴子を囃し立てるオタクたち。
「…。」
琴子は着たコトリントレーナーを見下ろす。これも直樹に喜んでもらうためである…。



「…それでね、×××のあのシーンなんだけど。」
「いやいや、それなら○△△の第21話の方が!」
青木たちは琴子そっちのけで、アニメの話に夢中になる。
話にも入りたくない琴子は、食事に箸を伸ばす。が、見た目からは想像もつかないオタクたちの食い意地から来る、その素早い箸の動きに負けて、先程から軟骨の欠片とか、サラダのキュウリの切れ端くらいしか食べられずにいる。

料理を運んで来る店員の視線が痛い。
「…。」
琴子が着ているトレーナーに気が付き、すぐに見てはいけないものを見てしまったという顔をして店員は個室を出て行く。他の三人はいかにも、その筋の人間という感じでトレーナーを着ていても違和感を持たないらしいが、琴子はやはり違うらしい。

そして琴子はアニメ話で盛り上がるオタクたちの中から抜け出し、トイレへと立った。
トイレの前で、中から出て来た女性客とすれ違う。
「…。」
店員同様琴子のトレーナーに気が付き、こちらは笑いを堪えて立ち去った。
きっと席に戻ったら、話題にするに違いない。

―― 我慢、我慢。入江くんが来るまでの我慢なんだから。

琴子はひたすら視線に耐えていた…。



そんな時間が過ぎて行く中…。
個室の障子が開いた。
―― やっと来てくれた!!
琴子がそう思うと同時に、
「本日のスペシャルゲストのご到着!!」
という、青木の声が個室内に響いた。



「どうも、どうも。」
現れた人物を見て、琴子の目は驚きのあまり点になった。
そこにいたのは、直樹とは似ても似つかない男だった ――。

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