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2011.02.16 (Wed)

はじまりはダンス、そして… 6


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琴子は入江家で唯一、「地獄の大魔王」こと直樹に立ち向かえる人間だということが段々と家人に周知され始めた。

「あの…相原先生。」
若い女中が困ったように琴子を見る。その手には手紙。直樹宛のようである。
「新参者でして、とても直樹様のお部屋になぞ…。」
何か粗相があったらと、怖くて入れないのだという。
「ああ、それじゃ私が届けておくわ。」
受け取りながら、琴子は初めて会った直樹の顔を思い浮かべる。
―― 確かに、ありゃ第一印象で損するわね。
黙っていれば綺麗なのに、口を開くととんでもない。

琴子は直樹の部屋に向かった。

「あら?」
ノックをしたが返事はない。もう一度琴子はノックをした。しかしやはり同じ。
「…直樹さーん?」
そっとドアを開け、中を窺う。中は無人だった。
「困ったわ。」
あの女中に手紙を戻したら、きっと先輩女中たちに怒られるに違いない。新入りはこっそりと琴子に頼んだに違いないのだから。
「ま、置いておけばいいか。」
すぐに戻ればいいと思い、琴子は直樹の部屋に足を踏み入れた ――。

「はあ…本だらけ。」
壁を覆い尽くしている書棚には本がびっしりと並んでいる。
「ん?何だ、これ?日本語じゃない。」
背表紙を眺め、琴子は読めない文字に目を白黒させる。

―― ここで直樹さんがお仕事したり、読書をしたり…。

その様子を想像したら、不思議なことに顔に火照りを感じ始めた。
「あ、暑いわね!」
琴子は誰もいないというのに、一人そんなことを口にする。
最近、直樹の顔を思い浮かべたり、直樹のことを考えたりするだけでこの状態である。

手紙を早く置いて部屋を出ようと思い、机に手を置いた時である。手を置いた位置が悪かったのか、積み上げられていた本が床に落ちてしまった。

「いけない!」
慌てて琴子はしゃがみ込んだ。急いで元に戻さないと部屋に入ったことがばれてしまう。
拾おうとしたその手が止まった。

「…医学書?」
それは医学書のようであった。中に人体図など細かく描かれている。それも一冊ではない。
落としてしまった本は全て医学関連の書籍のようであるし、よく見ると本棚も一段、医学関連の背表紙に埋め尽くされているようだった。
「これもお仕事…?」
不思議に思っていた時、目の前の本が宙に浮いた。

「あ…!」
「何だよ、人の部屋で。」
見上げると、直樹が琴子を睨んでいる。
「ごめんなさい。」
琴子は立ち上がり、手紙を届けに来たら本を落としてしまったのだと説明した。
「ったく。」
直樹は本を机の上に置く。

その時、琴子の勘が働いた。

「もしかして…お医者になるの?」
これだけの医学書、ただの趣味で集めているとは思えない。

「…だとしたら?」
間があった後、直樹の静かな声が返ってきた。
「いや、まあ…意外かなあって。」
と、思わずまた本音を琴子はこぼす。
「意外…ね。」
―― あれ?
琴子は思った。
―― 今、直樹さん…笑った?
気のせいか直樹の口の端が少し上がったように見えた。

「ま、お前に向いてないと言われる覚えはないし。」
「うん。」
「向いてなくたって、もう学校に通い始めているし。」
「うん…って、ええ!?」
琴子は驚いて直樹を見た。直樹は平然としている。

「が、が、学校って…お医者様の?」
「医学部の他に、どこに行けば医者になれるってんだ。」
「それはそうだけど、でもお仕事だって…。」
今だって朝には仕事に出かけている直樹である。いつ、学校へ通う暇があるのか。
「運転手には歩いて行くと言って、途中で車から降りて学校に向かっている。」
その琴子の疑問に答えるかのように、直樹が話した。
「でも、お仕事は?」
「勿論、きちんとこなしている。今はまだ編入したばかりだから勉強もそんなに大変じゃないから、帰りに会社に寄ったり、夜に持ち帰ったり。」
「そんなことしていたら、体がもたないじゃない!!」
琴子は本気で直樹を心配した。一体いつ寝ているとういのか。

「…もしかして、医学部に入ったこと…ご家族には?」
「言ってない。裕樹にも言っていない。あいつがこの部屋に来る時はこの辺りをサッと隠しているし。」
直樹は医学書が並んでいる書棚を手で示す。
「それに誰かさんと違って、俺がいない間に部屋に忍び込むような無粋な真似はしない奴だしね。」
直樹は琴子を睨んだ。琴子は小さくなってしまう。

「仕事も誰にも文句を言わせないようにしているし。」
「でも…。」
「親父が旅行中に会社を預かっている身だしね。それに…。」
「それに?」
直樹は医学書を空いている場所に並べながら言った。
「…学費くらいはきちんと働いて稼ぎたい。」
「学費…。」
金持ちの息子なのに、自分で働いて稼ぐとは。また琴子はそんな直樹に驚かされる。

「とにかく、親父たちが帰ってきたら話すかどうするか決めるつもりだから、お前はこのこと、絶対言うなよ。」
「わかった。」
琴子は頷いた。
「…私の条件を受け入れてくれたら。」
「お前の条件…だあ?」
直樹は眉を潜める。
「何だ、条件って。」
琴子は「ムフフ」と不気味な笑い声を立てた。

「あのね、ピアノを弾いてほしいの。というか…直樹さんがピアノを弾いている時、私はいつでもあの部屋に入って音色に耳を傾けていいって許可がほしい。」
「断る。」
間髪入れずに直樹が断った。
「冗談じゃない。寝るような奴を誰が。」
「あ、そ。分かったわ。」
直樹に断られた琴子は、つかつかと窓辺に歩み寄った。
そして窓を大きく開け放ち、身を乗り出すようにして叫んだ。

「入江さんちの直樹さんは、医者…。」
「おい、やめろ!!」
慌てて直樹が窓を閉めた。
「お前、さっき黙っているって…。」
「だから条件を受け入れてくれたらって言ったじゃない。」
琴子は引き下がらない。

「それにいつも私、直樹さんに行儀が悪いだの何だのと文句ばかり言われているんだもの。」
「それは事実だからだ。」
「私だって直樹さんの弱みを握りたいわ。」
どこの世界に、「あなたの弱みを握りたい」と言う人間がいるのだろうか。普通はそんなこと、堂々と口にしない。

だがあっけらかんとしている琴子を見て、直樹はまた何も言えなくなる。
確かに琴子も卑怯な手を使っていると、自分でも思う。
しかし、それでも…それでもあのピアノをもう一度聴きたい。毎日でも聴きたい。一度聴いたあの音色を忘れることができないのである。
正攻法で頼んでも絶対直樹は首を縦には振るまい。それならば、今、この状況を利用するしかない。

「…分かった。」
溜息とともに、直樹の声が発せられた。
「お前の条件をのもう。」
「本当?」
「ああ。」
「嬉しい!!」
琴子は手を叩いて喜んだ。が、すぐにその喜びがひっこめられた。

「あの…でも…やっぱりいい。」
「何だよ、ピアノを聴かせろ、やっぱりいいだのって。」
直樹は眉をまた潜める。
「だって…考えてみたら、ピアノは直樹さんが嫌なことを忘れるために弾いているのよね?」
最初に裕樹に教えられた理由を琴子は思い出したのである。
「そういう時って、一人がいいに決まっているわ…。」
今までの態度はどこへやら、琴子はすっかりしおらしくなっている。

―― 何だ、こいつは?
そんな琴子に呆れる直樹。だが…そう琴子に言われて、意外にもがっかりしている自分に内心驚いている。

「…別に気にするな。」
自分でも驚くくらいの優しい言葉が、直樹の口から飛び出した。
「一人になりたい時ははっきり言うし、それに…。」
「それに?」
不安気に琴子は直樹を見つめる。

「…お前は俺が一人になりたい時を察してくれる気がするから。だからその心配は必要ないと思う。」
話しながら、直樹は自分の口を塞ぎたくなった。

―― 俺は…何でこんなことを、こいつに?

「…ありがとう。」
琴子は明るい笑顔を見せた。
「そう言ってもらえると…嬉しい。」
「…いや。」
「直樹さんの信頼に応えられるよう、大人しく聴かせてもらうね。」
「…ああ。」
そして琴子は、
「それじゃ、勉強頑張ってね。」
と言い残し、直樹の部屋を出て行こうとする。

「おい。」
その琴子を直樹はなぜか呼び止めた。
「なあに?」
「…ピアノ、今から弾くけど?」
これまた思いがけない言葉が直樹の口から飛び出す。

「え?それって…やっぱり私との会話が不愉快だったってこと?」
青ざめる琴子に、
「いや、そうじゃなくて。」
と、直樹は手を振って否定する。
「それじゃ、何で?」
「…別に不愉快な気分ではないけど、弾いてみたくなったんだよ。」
ポカンとしていた琴子だったが、忽ち笑顔が戻った。
「聴く!!」
「ったく、現金な奴。」
直樹もそんな琴子に苦笑する。

ピアノの部屋に向かいながら、直樹はなぜ今、弾く気分になったかを考えていた。

―― そうか…。
後ろをついてくる琴子の気配を感じながら、合点する。

―― 一人で抱え込んでいた秘密を…共有する人間ができたからか。

今まで誰にもばれないようにしていた医学部に入った秘密を、一緒に守ってくれる人間が現れた。それだけでも心は大分軽くなる理由に値するが、何よりも…。

―― その相手が、こいつ…琴子だったからか…。

そう考えると、自分の胸にじんわりと温かい物が広がって行くことを、直樹は感じていたのだった ――。










☆あとがき
すみません!!
別に引っ張っているわけではないのですが…書きたいことを書いていくとこんな感じに。
ちょっと穏やか過ぎて退屈だとは思うのですが…もう少し御辛抱下さいますようお願い申し上げますm(__)m
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*Comment

★んーいい感じ

この先楽しみー!

ラヴラヴのラウまできたかな?



kobuta |  2011.02.17(Thu) 05:48 |  URL |  【コメント編集】

★優しい時間

穏やかで優しい雰囲気!
素敵ですね~ ゆっくりゆっくりお互いに惹かれていく様子が、ホンワリ暖かくてなんかよいわ~
この青さに妙にドキドキしてしまいました。
nomari |  2011.02.17(Thu) 06:51 |  URL |  【コメント編集】

★小鳥

    こんにちは
 今までに出さなかった感情がポロッと琴子の前で零れてきたみたいで・・・恋の予感・・・まだ早すぎかなぁ・・・でもでも捨てがたい・・・

 医師になりたい思いを鎧で周囲に隠し続けたけど、隠さなくてよいヒトトキが出来て心ニッコリみたいです。知らない間にピーチクパートクさえずりながら入り込んできたんだもんねぇ。

 ところで・・・琴子はお手紙渡したの?
吉キチ |  2011.02.17(Thu) 10:19 |  URL |  【コメント編集】

★No title

少しずつ、近づいていく二人の気持ちの変化が、
お話から(1話~~~)伝わってきて素敵です!!

ところで、あとがきを深読みすると~!?
ラブラブ~♥まで一山ありそうな~!?

どんな展開が待っているのかな!?(わくわく)
楽しみです~~~♪
あお |  2011.02.17(Thu) 17:52 |  URL |  【コメント編集】

★kobutaさん、ありがとうございます。

ラウ…(大爆笑!!!)

すみません、「″」があと足りないんですね???(笑)
その「″」に重要ポイントが含まれいるんですね!!

残りの「″」に全力を尽くしますっ!!
水玉 |  2011.02.17(Thu) 23:19 |  URL |  【コメント編集】

★nomariさん、ありがとうございます。

ありがとうございます~。
そう言っていただけて安心しました!!

でもその優しさに甘えないよう、サクサク(久しぶりに使いました、この言葉)と進めますね!!!
どうも私は二人が惹かれていく過程に時間をかけすぎる傾向があるような…。
水玉 |  2011.02.17(Thu) 23:20 |  URL |  【コメント編集】

★吉キチさん、ありがとうございます。

ずっと隠し続けていたことを、隠さなくていい人が現れて…それだけでもう、救われる気持ちですよね!!
どんなに入江くん、琴子ちゃんの存在に助けられているか。

それに吉キチさんが言うとおりピーチクパーチクさえずりながら、そして無理矢理心の鍵を壊してきたわけじゃなく、自然と入ってきた琴子ちゃん…。
特別な存在になったことは間違いないでしょう!!

そして琴子ちゃんのお手紙(笑)
どさくさにまぎれて、ちゃんと机の上に置いてきたと思いますよ♪
水玉 |  2011.02.17(Thu) 23:23 |  URL |  【コメント編集】

★あおさん、ありがとうございます。

おーっっと!!
さすがあおさん!す・る・ど・い!!
あとがきでそこまで嗅ぎつけるとは…!!
確かに一山用意はしております♪

一話から伝わってくる…ありがとうございます。
一話で何ともなく、二話で突然両想い立ってのはさすがにまずいかと思い、そこを丁寧に書いていたら…かなり時間をかけすぎてしまいました。

水玉 |  2011.02.17(Thu) 23:24 |  URL |  【コメント編集】

★拍手コメントありがとうございます。

みづきさん
秘密の共有って、好きな人が相手だったら本当に嬉しくて、でもドキドキしますよね。
甘酸っぱい感じとのこと、ありがとうございます!!
本当にじれったい二人ですが、どうか見放さずお付き合いいただけると嬉しいです♪

佑さん
裕樹くんが出て来ないことを喜んでいるの?(笑)
いや、たまにはお休みさせないと、疲れちゃうし。子供だし(笑)
やっと接近と呼べるところまで、二人も近づきました♪

がっちゃんさん
とんでもないです!!私の方もお邪魔しているのにコメントせずに…申し訳ございませんm(__)m
お忙しい中来て下さり、ありがとうございます。
ほっこりして下さりありがとうございます。ちょっとテンポがゆったりめなのでそう言っていただけると私もほっこりします。
そして掛け軸…がっちゃんさんも気がついて下さって(笑)
お恥ずかしいです!

紀子ママさん
入江くん、本当に初めの頃とは大違いの素直さに^^
このまま素直になって、琴子ちゃんへの気持ちを認めてくれればいいのですけれど…でも琴子ちゃんもまだ自覚してなさそうですしね。
でも入江くんのことを一番理解しているのは琴子ちゃんに間違いないんですけれど♪

Foxさん
ありがとうございます!!
本当にFoxさんは私の心の叫びをいつもいつも感じて下さって(笑)
いつも私を慰めるように、優しい言葉を選んでくださいますよね♪そんな優しいFoxさんを私も見習いたいです^^
そしてお出かけなんですね。行ってらっしゃい!!気をつけて!!
お留守の間にサインを送っていたら…ごめんなさい←見習いたい相手に何てことを(笑)


水玉 |  2011.02.17(Thu) 23:58 |  URL |  【コメント編集】

★接近中

2人の仲がじょじょに縮まってきてますね。焦れったいような、でも2人らしいと言うか♪どっちが先に自分の気持ちに気付くのかな?それにしても琴子って凄い!堂々と直樹を脅したかと思えば直樹の気持ちを気遣ったり、こんな所に直樹の心は氷解していってるんですね。秘密を共有した2人の今後が楽しみです。
祐樹'Sママ |  2011.02.18(Fri) 05:32 |  URL |  【コメント編集】

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