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2008.12.05 (Fri)

秘密 (最終話)

「ほら。」
翌日、家で直樹は琴子の前に指輪を差し出した。

【More】

「え?何で入江君が?」
指輪を受け取りながら、琴子は驚いて訊いた。
「昨日の夜、水沢が届けに来た。」
「え?」
水沢の名前に琴子は更に目を丸くした。
「お礼、言っとけよ。」
直樹は事も無げに言った。
「うん…。」
「もっと大事に扱えよ。なくすなら閉まっとけ。」
「…それは嫌。もう絶対に落としたりしないもん。」
琴子は指輪を首につけながら言った。

そんな琴子の姿を見ながら、やれやれという感じで直樹は新聞を広げた。琴子は黙って直樹の背中にもたれかかるように、背中合わせに座った。
「重い。」
言っても離れないことは分かっていたが、一応直樹は言ってみる。琴子は何も返事をしない。
「何かあったのか?」
大体何があったのかは昨夜の琴子と水沢の様子から想像がついたが、訊いてみる。
「なあんにもないよ。」
背中から琴子の返事が返ってきた。
「嘘つけ。」
直樹はそう思ったが、口には出さなかった。
「ねえ、入江くん。」
琴子が話しかけた。
「何?」
「…大好き。」
「もう少し、表現のバリエーションをつけることを覚えろ。」
そう言いながらも、直樹の顔には笑みが広がっていた。

「この間は、指輪を届けてくれてありがとう。」
琴子は水沢に礼を言った。
「どういたしまして。」
やっぱり、この間のことが気になり琴子は水沢に会うまで緊張していたが、いつもと変わらない態度の水沢に会って、少し安心した。
「大事な物なんでしょう?」
「うん。そう。本当にありがとうね。」
そう言って、琴子は水沢の目の前から立ち去ろうとした。が、その時、
「相原さん。」
と呼び止められ、足を止めた。
「…この前、僕が言ったこと、本気だって言ったらどうする?」
「え?」
琴子の目には、いつもと違う水沢の表情が映った。

「気持ちは嬉しいけれど、それには答えられない。ごめんね。」
琴子が水沢の目を真っ直ぐに見つめて、答えた。
「だって、私、入江くん以外の人好きになれないもん。」
そう言って、琴子は微笑んだ。
「私ね、入江くんのお手伝いがしたくて、看護師になったの。」
琴子が話を始めた。
「バカな私が看護師なんて絶対無理だと、最初は思っていたんだ。でも、あの頭のいい入江くんが毎日毎日、お医者さんになるために勉強している姿を見て、私も頑張ろうって思ったの。」
琴子の話を、水沢は黙って聞いている。
「そして、入江くんってね、絶対私のことを隠したりしないの。いつでも、どこでも、誰に対してでも、絶対に私と結婚していることをきちんと話してくれるのよ。だから、私は入江くんが胸を張って紹介してくれるよう、頑張らないと。」
琴子は言った

「それにね、入江くんは頭も良くて、医者としての技術もすごいでしょう?これから絶対にあちこちから引っ張りだこになると思うんだよね。」
琴子が嬉しそうに話す。
「だから、私は入江くんがどこに行っても、付いていけるように頑張るの!私、馬鹿だから人の十倍、二十倍も頑張らなきゃいけないけどね。」
水沢は琴子の嬉しそうな顔を複雑な表情で見ていた。
「入江くんが例え無医村に行っても、孤島に行っても、アマゾンの奥地へ行っても、戦争が起こっている国に行っても、世界中のどこへ行っても、私は絶対、付いていく!あ、でも入江くんはきっとものすごいスピードで走って行っちゃうから、私は入江くんの白衣の裾に掴まっていないと振り落とされちゃうだろうな。」
そう言うと、琴子は笑った。

「…相原さんって、本当に入江先生が好きなんだね。」
「もちろん!」
水沢は琴子の笑顔を見て、自分の入る余地がどこにもないことを悟った。
「あ、私、そろそろ戻らないと!」
琴子は腕時計に目をやると、あわてて水沢の前から立ち去った。

「…出てきたらどうですか?入江先生。」
水沢が口にした。
「相原さんからは見えていなかったみたいですけれど、僕の方からは、そこの戸棚のガラスにバッチリ映っているんです。」
「…ばれてたか。」
直樹が水沢の前に姿を現した。

「いつも完璧な先生が、こんな凡ミスするなんて、余程相原さんのことが心配だったんですね。」
水沢が溜息をついた。
「変な男が、変な気を起して、あいつに手を出さないかが、ね。」
「もうしませんよ。あそこまで言われちゃうと。」
水沢はあきらめの表情で答えた。が、すぐに、
「でも、相原さんが先生の白衣の裾を離してしまった時は、分かりませんけどね。」
と、茶目っ気を浮かべて言った。
「…それはないね。」
「え?」
「あいつが、俺の白衣の裾を離しても、俺があいつの手を離さないから。」
そう言うと、直樹は微笑んで、立ち去った。
「…何だよ、それ。」
水沢は直樹の後ろ姿を見ながら、おかしくなって、笑い声を上げた。

水沢が広島の病院へ異動することが分かったのは、それからしばらく経ってからのことだった。
水沢のたっての願いで、琴子は直樹と一緒に、新神戸駅まで見送りに行くことになった。

「いろいろ、ごめんね。相原さん。」
ホームで水沢が琴子に言った。
「ううん。」
琴子は首を振った。
「いろいろお世話になりました。入江先生。」
「こちらこそ。」
「本当に行っちゃうんだね。」
琴子が寂しそうに言った。
「…神戸はいろいろ辛すぎてね。」
水沢の言葉に、琴子も直樹も何も言えなかった。
やがて、発車の音楽がホームに鳴り響いた。
「そろそろ乗ったら?」
直樹が言った。
「相原さん。」
水沢が琴子へ声をかけた。琴子が返事をしようとしたその時、水沢が琴子の腕をぐいっと引っ張った。
「!?」
水沢が琴子の頬にキスをした。
「これで、我慢しておくよ。入江先生と末永くお幸せに。」
水沢はそう言って、笑って、新幹線へ乗り込んだ。
デッキに立つ水沢の目の前の新幹線の扉が閉まった。
「これくらい、いいよな。」
水沢がつぶやきながら、琴子たちの方を見た。その時、水沢は目を丸くした。
…直樹が琴子と唇を合わせていた。
そして、そのまま、新幹線は動き出した。
「…本当、入江先生って、負けず嫌いなんだな!」
水沢は笑いながら、遠ざかっていく駅を見ていた。
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