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水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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「おはようございます。」
声をかけられ、山本夫人は門の前を掃除する手を止め、顔を上げた。
「おはようございます。」
山本夫人に声をかけたのは、隣に住む入江家の長男である。
彼女が毎朝掃除をする時間と長男が登校する時間は毎日同じであり、この挨拶も毎日交わされている。
「行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
そして長男は軽く会釈をすると、スタスタと歩いて行く。

しかし、今日はいつもと違っていた。
―― あら?
その長男の少し後ろから、髪の長い少女が歩いて行く。長い年月をこの家で過ごしているが、初めて見る顔である。

「あ…おはようございます。」
少女は山本夫人にぺこりと会釈をする。
「…おはようございます。」
そして余裕がないのか、少女はそのまま走るように彼女の前を通り過ぎた。

「誰かしらね?」
何だか入江家の長男と同じような制服のようだったが…。山本夫人は隣の入江家を見上げ、首を傾げた。



その少女が入江家の同居人であることを知ったのは、それから三日後のことであった。
「あーた!あーた!」
「あなた」と呼んでいるのだが、いつも興奮のあまりに真ん中の「な」が省略される呼び声に、山本は読んでいた雑誌から目を上げた。

「お隣の入江さん、年頃の女の子を同居させているんですって!!」
「親戚の子だろ?」
黙っていれば「上品な奥様」である妻をうるさそうに見つつ、山本はまた雑誌に目を戻す。
「違うのよ!!」
山本夫人はその雑誌を夫から取り上げた。夫は仕方なく妻の顔を見る。
「じゃあ、何だ?」
「ご主人のお友達のお嬢さんなんですって!!」
「ほう…。」
大して驚かない夫に妻は業を煮やす。
「ほうって、何なのよ。」
「だってそうとしか言いようがないだろうが。」
「どうしてそんなお嬢さんが、これまた年頃の男の子がいる家で暮らすのか気にならないの?」
「年頃…ねえ。」
山本は隣家の長男の顔を思い出す。
妻と違い滅多に顔を合わせることはないが、挨拶くらいは交わしたことがある。
本人には悪いが、愛想がいいとはいえない。あの顔で同年代の男の子と同じように女の子に興味を持つのだろうか?

「入江さんちのお兄さんと同じ年齢なんですって。まあ…でもうらやましいわよね。」
「うらやましい?」
山本夫人は最近、医者に食事制限を勧められている夫の全身を見て溜息をつく。
「だってそうでしょ?あそこのお兄ちゃん、ものすごく素敵なんですもの。…弟の裕樹くんはマトリョーシカみたいだけど。」
山本はリビングに飾られた、マトリョーシカを見た。…納得。

「でも今はマトリョーシカだけど、兄弟だから成長したらお兄ちゃんのようになるんじゃないのか?」
「ああ、奥さんに似たらそうでしょうね。でもご主人に似たら…。」
と、夫人はそこで口を止め、夫を睨んだ。
「そういう話題じゃないでしょ。」
「お前が振ったんだろ。」
山本は夫人から雑誌を奪い返し、ページを繰る。

余程隣家が気になるのか、山本夫人はリビングの窓から背伸びして入江家を覗こうとしている。
「なあ?」
その夫人の背中に、山本は声をかけた。
「もう、なあに?」
「…俺も趣味を持とうかと思うんだ。」
山本は手にしていた雑誌を掲げた。その表紙には『月刊・釣り人』と書かれている。
「あなたが釣り?無理無理。」
山本夫人は手を振る。
「まずは道具からだな。よし、ちょっくら専門店まで行ってくるか。」
山本は妻の前からそそくさと逃げるようにリビングを出て行ったのだった ――。



それから、1年と少しが経った。

「あーた!あーた!」
甲高い夫人の声に、
「何事だ?」
と山本は眉を潜める。
「お隣の入江さんち、改築してたでしょ?」
「ああ、そうだな。」
山本は立ち上がり、リビングの窓を開ける。
先日まで施工会社の大きな社名の入っていた白い幕に覆われていた隣家が、新しい姿を見せている。
「しかし見事なものだ。前もかなり大きな家だと思ったが、更に大きくなって。」
山本は感心する。確か入江家の主は一流企業の経営者だった。よほど景気がいいのか。
そんなことを妻に話すと、
「景気の良し悪しなんて分かりませんよ。でもご夫婦はとてもいい方ですけどね。」
という返事が返ってきた。
確かに妻の言うとおり、入江家の主は社長らしからぬ親しみやすさで、山本と顔を合わせるとお互いの健康談議に花を咲かせる。その妻はよほど家事が好きなのか、家政婦も雇うことなく一人で家事を切り盛りしている。そして山本の顔を見るとにこやかに話しかけてくれる。
隣との付き合いには恵まれている山本家であった。

「もう、また違う話題になりそうだったわ。そんなことじゃないのよ!」
妻の甲高い声で山本は引き戻される。
「どうして改築してたか、知ってる?」
「知るわけないだろ。よそ様の事情なんて。」
「…あのお嬢さんがとうとう、入江さんのお兄ちゃんと結婚が決まったらしいの。」
「へ?結婚?」
さすがに山本も驚いた。
「といっても、正式じゃないらしいんだけどね。」
それから山本夫人は入江夫人に聞いた話を夫へと伝えた。
将来、二人が大学を卒業したら結婚させるつもりだということ。そのために増築したということ。同居中の女の子の部屋は結婚後、若夫婦の寝室に変えられるようになっていること。そして二人に子供が生まれた時に備えて子供部屋まで用意されていること…。

「それは、入江さんちの奥さんの…。」
「妄想じゃないのか」と言いかけて、山本は口をつぐんだ。
「ええ、私も妄想だと思うわ。」
しかし妻は夫が遠慮した単語を堂々と口にした。

「だってお兄ちゃんの様子を見てたら、あの女の子が来た時と全く変化がないんだもの。」
この一年と少しの間、毎日二人を見て来た山本夫人は強調した。
「いつもあの子ね、“入江くん”って追いかけているのよ。あ、あの子がお兄ちゃんを好きだっていうのは一目瞭然なんだけど。でもお兄ちゃんは相変わらず相手にしてないみたいだし。」
「…それはもう諦めるべきなんじゃないか?」
一緒に暮らしていて、片方が想いを寄せているのに片方がそんな態度だということは、もはや脈はないに等しい。
「あ、でもね。」
山本夫人は続ける。
「その割には、お兄ちゃんとその子、よく連れ立って歩いているのよね。一緒に大学から帰ってきたり。そうそう、去年の9月だったかしら?ほら、あなたの脱ぼうず記念日!!」
「…。」
それは山本が初めて、獲物、しかも鯛を釣り上げた日であった。
「私服で二人並んでお出かけしてたのよ!もうお似合いでね!あの時、私のここがピーンと来たわ!」
山本夫人は自分のこめかみを突いた。
「お前の勘なんぞ、あてにならんわ。」
山本は「脱ぼうず記念日」に不快感を露わにしていた。
「この二人、うまくいくんじゃないかって!!」
「フン。未だに進歩なしなんだろ?」
「あら、そんなことまだ分からないじゃない。」
夫人は山本に反論する。
「確かに、お兄ちゃんは愛想ないし、弟はまだマトリョーシカのまんまだけど…もしかしたら、あのお兄ちゃんがスマイルを振りまく日も来るかもしれないし、裕樹くんがマトリョーシカからこけしになる日もくるかもしれないし。」
「どうだか。」
そして山本は、釣り道具の手入れを始めた。

「そういえば…あなたも獲物を釣り上げたのは、あの日が最初で最後だわねえ…。」
山本夫人は深い溜息をついた。
「最後かどうかなんて分からないだろ?」
釣り道具の手入れに余念がない山本はムッとして答える。
「…先のことなんて分からないし。」
「ほら、ごらんなさい!」
夫人は夫の傍に来てニヤリと笑った。
「あなたもそう言ったでしょ?先のことはわからないって。」
「…。」
山本は何も答えず、黙々と釣り道具の手入れを続けた。



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