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2011.02.11 (Fri)

はじまりはダンス、そして… 3


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今までのダンス教師とは違う何かを感じ始めていた裕樹であったが、だからといってそう易々と琴子の手中にはまるつもりはなかった。

「ま、これくらいで勘弁してやるか。」
そんなことを一人つぶやき、裕樹は舌を出す。



琴子は入江家に泊り込んでダンスを教えている。この夜も裕樹とやりあった後、
「やれやれ…疲れた。」
とベッドに潜り込んだ。

「ひぇっ!!」
潜り込んだばかりのベッドから、琴子は慌てて飛び起きた。明かりをつけ、布団をめくる。
「な、何、これ!!」
ベッドの中には…蛇がいた。
一瞬、震える琴子であったがよく見たらその蛇は動かない。それはおもちゃだった。



「…叫んでる、叫んでる。」
行儀悪く女性の部屋のドアに耳をそばだてて、裕樹は笑みを浮かべた。
「おもちゃにしてやっただけ、ありがたく思えよな。」
過去の教師たちのように、この家から追い出す気持ちまではないが、一向に上達しない稽古で裕樹は恥をかかされている気分でいっぱいである。プライドが高い裕樹はそれが我慢できず、あろうことか八つ当たりともいえる行動を取ったのだった。



それから数日後。
「うわーっ!!!」
裕樹の叫び声が邸内に響き渡った。
「どうした!」
直樹が慌てて部屋に飛び込む。その飛び込んだ先で直樹が見たのは…。
「に、兄様…。」
ガタガタと震えて、腰を抜かしている哀れな弟の姿だった ――。



「…。」
これ以上しかめられるだろうかと思うくらい、直樹は眉をしかめている。
その直樹を見て、
「…悪いのは僕じゃない。」
と切り出したのは裕樹である。
「何よ、最初に仕掛けてきたのはそっちじゃない。」
負けじと琴子も言い返す。

「だからと言って…。」
裕樹は琴子を睨み、叫んだ。
「…トイレにあんなもんをぶら下げるか!?」
―― 仕返しにと、琴子はトイレにお化けのような人形をぶら下げたのである。それを夜中に見た裕樹が腰を抜かしたのは無理もなかった。

「レディの部屋にあんなものを仕掛けた裕樹くんが悪いんでしょうが!!」
琴子は一歩も引かない。
「はあ!?誰がレディだ!え?どこにいるんですか?そんな“レディ”が!」
裕樹はわざとらしく、耳を澄ますふりをして見せる。
「んまっ、何ですって!」
終いには取っ組み合いを始めるのではないかというくらい、ギャーギャーと二人は騒ぎ出した。

「…黙れ。」
その声が、その騒ぎを一瞬にて沈めた。
「…子供の罵り合いだな。」
直樹の冷たく、蔑むかのような視線に二人は肩をすぼめた。

「おい、琴子。」
突然名前を呼び捨てにされ、琴子は驚いて顔を上げる。
「ちょっと!!」
「何だよ?」
「何、いきなり“琴子”って。礼儀知らずにもほどがあるわ!」
「お前に礼儀を語る資格はないと思うが。」
裕樹が声を殺して笑う様子が、琴子に伝わった。
「だからって、私は一応あなたの弟の先生なのよ?」
「俺は尊敬できる人間しか先生と呼ばない。」
どこかで聞いた台詞を、直樹は口にする。そして、
「雇い主に敬語を使わない人間なんて、尚更だ。」
と続けた。
琴子は、来た当初から直樹と堂々と敬語抜きで話をしているのである。

「お前もいい年して、裕樹と張り合うな。」
「ちょっと、弟だからって庇うわけ?」
「裕樹がトイレに行けなくなったらどうする?」
「…。」
確かに直樹の言うとおりだった。これが原因で裕樹に何か異常が起きたら…。琴子は黙り込んでしまった。
「教師として扱われたかったら、それらしく振る舞え。分かったな?」
「…はい。」
琴子は部屋を出て行った。



「兄様!」
自分の味方をしてくれた直樹が嬉しくて、裕樹は笑顔でその傍に寄ろうとしたが、
「お前もいい加減にしろ。」
という声で、動きが止まる。
見ると直樹が怖い顔で裕樹を睨んでいる。
「恥をかきたくなかったら、ちゃんと練習すればいい。」
裕樹の気持ちは直樹にお見通しだった。
「というより、踊れないから教師を雇っているんだ。踊れないことを恥じるのは間違っているぞ?」
「…はい。」
直樹の言葉に、裕樹は返す言葉もない。
「それに、お前も酷いことをしたことには変わりない。」
「…。」
「後であいつにちゃんと謝っておけ。分かったな?」
「はい、兄様…。」
直樹は片方だけ味方したわけではなかったのである。



「はい、1、2、1、2…。」
琴子の掛け声に合わせ、裕樹はステップを踏む。が、どうも足元がおぼつかない。
「大丈夫よ、慌てないで。」
そんな裕樹を琴子は優しく励ます。
あんな酷い悪戯をしたというのに、琴子の裕樹への態度は変わらなかった。それが裕樹を気まずくさせる。そして稽古は一向に進まないのだった。

「はい、そこでゆっくりと回って…。」
「ああ!」
裕樹は派手に尻もちをついてしまった。
「痛い…。」
痛みもさることながら、羞恥心をまた裕樹は覚えた。この間もここで間違えたのである。
―― 絶対、呆れている…。
裕樹はそっと琴子の顔を見た。
「大丈夫?少し休みましょうか?」
ところが、琴子の顔はいつもと同じ明るい笑顔だった。そして優しく裕樹の服についた埃を払ってくれた。

今までの6人の教師だったら、
「またここで間違えたのですか!」
「何度教えたら覚えるんですか!」
とわめき、挙句の果てには、
「入江家の恥です!」
と言われる始末。しかし、琴子の口からは一度もそのような言葉が飛び出したことはない。

「昨日…。」
琴子が口にしたその言葉に、裕樹は心臓がキリキリと痛くなった。
やはりそうだ。「昨日も教えたのに…」と続くに違いない。やはりここまで上達しないと、琴子でも呆れているのだろう。

「昨日より上手になっているわよ。」
ところが琴子の口から出たのは、裕樹の予想に反したものだった。
「嘘だ。」
ついそんな言葉が裕樹の口から出る。そんなこと信じられない。
「本当よ。ええとね、ここのステップ…。」
そして琴子は自分で踊って見せる。裕樹とは全く違う、軽やかステップはまるで蝶が舞うようである。
「…ここ、昨日はワンテンポずれていたのに、今日はちゃんと合っていた!少しずつだけど裕樹くん、上手になってきてるわよ!」
「…本当に?」
琴子の言葉に裏がないことは、裕樹にも伝わっている。しかしそう訊ねずにいられない。
「本当。琴子先生を信じなさいって!」
琴子はニコッと笑った。



―― あんな悪戯したのに…。

その笑顔を見て、裕樹の胸がまたもチクリと痛んだ。

「琴子。」
「ちょっと、裕樹くんまで呼び捨て?そんな悪い所はお兄様の真似しちゃだめでしょう?」
「…ごめん。」
「へ?」
これまた意外な言葉に、琴子が今度は驚く番だった。
「…この間、悪戯してごめんなさい。」
俯き加減なのは、琴子の顔をまともに見ることが出来ないからだった。だがその謝罪はとても真摯なものだった。

「私も悪かったわ。少しやり過ぎたわね。」
琴子は裕樹の頭をまるで小さい子にするかのように、撫でる。
「子供扱いするな!」
ムッとして裕樹がその手を払いのけた。琴子は笑いながらまた頭を撫でては裕樹に手を払われる。



―― 何だかんだ騒いでいる割には、相性は悪くないみたいだな。
二人の様子をそっと見ていた直樹の口元にも微笑が浮かんでいた。
この分だと、「8人目の教師」を探す必要はなさそうである。
あのまま裕樹が謝らなかったらどうしようかと思っていたが…結果としてお互い謝ることが出来て良かったと胸を撫で下ろす。

―― それにしても…。
直樹は不思議だった。
なぜあの時、突然「琴子」と呼び捨てにしたのか。確かに先生と呼びたくはなかったのは事実であるが…。今まで直樹は女性に対しそんな親しげな態度を取ったことはない。

琴子がこの屋敷に来てからは、裕樹だけではなく、直樹のペースも乱されっぱなしである。
琴子は、今までやって来た教師たちとは全てが違っていた。年齢だけではない。
雇い主を前にしたら、少しは遠慮や何かがあってしかるべきだろうと思う。今までの教師たちは皆、直樹を前にするとその威厳に怯えていた。それが琴子には皆無なのである。
それどころか、この屋敷にやってきて一週間足らずで、琴子は一体何度直樹を怒らせたことか。

屈託なく、人懐っこく、いや図々しいとも直樹には思えるくらいの態度で、琴子は直樹と裕樹に接してくる。
だが、その琴子の態度が直樹を不快にさせているかというと、決してそういうわけではない。
むしろ、それくらいの態度の方が居心地がよい。敬語なしで話しかけられることも、決して悪い気分はしない。
直樹は琴子という人間に振り回されるようになってから、自分のこれまでの日常が変化し始めていることに気がついていた。

「…変な奴を雇ったもんだ。」
一人呟きながら、直樹は賑やかな声が聞こえる稽古場からそっと離れたのだった ――。

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*Comment

★もう気になりだしたのかな?

裕樹も直樹も、琴子の裏表無い性格に気づいてきましたね?

どっちが早く、琴子の虜になるのかしら?

琴子がダンスが上手いなんて以外?不思議?

そして、タイトルのそして・・・・が気になるkobutaです。
kobuta |  2011.02.11(Fri) 00:32 |  URL |  【コメント編集】

★教え上手

水玉さん、こんばんは~
琴子ちゃんは、自分では気付いてないけど、結構先生むきですょね!
裕樹くん目線の悪戯にもきちんと付き合ってるし?~←アァ、意味が違うって(^。^;)
ナッキ― |  2011.02.11(Fri) 01:32 |  URL |  【コメント編集】

★呼び捨て♪

琴子と裕樹君、絶好調ですね。そして直樹。2人の言い合いにのけ者にされて、面白くなかったのかな、思わず「琴子」って呼び捨てして、私まだドキッとしちゃいました。琴子は違う勘違いをしてるけど、まだ直樹を好きになってない?直樹の方が先に琴子を気になり始めたみたいですね。それにしても、琴子は生徒の気持ちが分かる良い先生ですね。裕樹君も琴子に惹かれそう♪
祐樹'Sママ |  2011.02.11(Fri) 02:23 |  URL |  【コメント編集】

★kobutaさん、ありがとうございます。

そして…はあまり気にしないで下さい^^;
いや、もう皆さんったら!!

琴子ちゃんの性格が、この偏屈入江兄弟に何かしらの影響を受けることは間違いないですよね!
琴子ちゃんってテニスは下手でしたけど…走るのとかはそんなに遅くはないんじゃなかったような。
リレーのリーダーシップを取ってましたし(笑)
水玉 |  2011.02.11(Fri) 16:23 |  URL |  【コメント編集】

★ナッキーさん、ありがとうございます。

子供を子供扱いしない感じですよね。
子供相手にも本気になるし、バカにしないし。
ただ…言い方を変えれば精神年齢が子供と同じってことかな(笑)
水玉 |  2011.02.11(Fri) 16:24 |  URL |  【コメント編集】

★祐樹'Sママさん、ありがとうございます。

やっぱり入江くんには「琴子」って早々に呼んでもらわないと♪
それにしても、今のところ圧倒的に裕樹くんの出番が多いですよね。
入江くんに出番は来るのか…(笑)
変わった人間だけど、興味をそそられる…そんな感じなのかも、入江くん^^
水玉 |  2011.02.11(Fri) 16:27 |  URL |  【コメント編集】

★拍手コメントありがとうございます。

佑さん
そうですよ、ちゃんと踊れるんですよ、琴子ちゃん♪
この先の展開が分からないのは、私も同様です(笑)
4までは考えていたのですが…5以降が(汗)

あけみさん
「変な奴」が、いつか「愛しい奴」へと変わるんでしょうか?
変だ、変だと思うその心が恋の始まりなのかも♪
それにしても、この兄弟に少しも怯むことのない琴子ちゃんがすごいです!!

Foxさん
私も外出する気もなく、家の中にこもっています(笑)
寒い、寒い、寒い!!見ているだけで寒くなります!!
サインか…(笑)
では、私が頭に一度、腕に二度、お腹に三度触ったらその時が「この次から波乱万丈よ~」のサインとしますか?←見えないですね(笑)
考えておきますね!!
水玉 |  2011.02.11(Fri) 16:39 |  URL |  【コメント編集】

★無意識に“琴子”

~と、口にした直樹さん。
直樹さんの中で琴子ちゃんが気の許せる存在になりはじめているのね~♪
琴子ちゃんの“あなた”という呼び方がいつ変わっていくのか?~☆
~~~楽しみ~~です!!

裕樹くん今までの先生の言葉に心を傷つけられていたのね。
だから余計琴子ちゃんの優しさが分かるのね。

屈託が無くって明るく前へ~前へ~と前向きな琴子ちゃん可愛いです~☆

あお |  2011.02.11(Fri) 17:03 |  URL |  【コメント編集】

★魅力に気づく間近かなぁ

    こんにちは
 直樹にも裕樹にも・・・何時もと違う先生に 戸惑いながら呆れながらも認めつつある予感ですねぇ。

 琴子は 何があってもメゲナイ根性と優しさ持ってるから・・・
   やられたら・・・やり返す琴子だもんなぁ・・・裕樹も マイッタァ~ですねぇ
 
      直樹も裕樹も琴子の魅力にノックダウン間近かぁ・・・。
吉キチ |  2011.02.12(Sat) 14:41 |  URL |  【コメント編集】

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